今度は別の問題が発生した。
忍は柊から「後日二人に聞くことがあるから学校に来いと担任教師に言われた」と教えられたのだ。
実を言うと柊が自宅で暮らすようになって忍は学校から各種手続きのために即呼び出しを受けたことがある。
今思えば柊の父から多大な寄付金を受けているためだったのだろう。いざ部屋に案内されると柊のクラスの女性教師、学年主任、教頭、校長という錚々たるメンバーと圧迫面接が忍を待ち構えていた。その時の面接官、もとい教育者達の忍を見る厳しい目が彼は未だに忘れられないでいる。
一体そこでどんなやりとりを交わしたのかと言うと――――。
◇◇◇
「お名前、生年月日、ご年齢、ご住所、ご職業をお願いします」
「はい、伊泉寺忍、平成十五年九月二十四日生まれ、二十一歳、住所は……………町三丁目一四三番地、探偵事務所の所長をしております」
「ご年齢はお間違いないですか」
「間違いないです」
忍は就職活動をしたことがなかったので、面接とはこんなものだろうかとこの時点では椅子に座った状態で背筋を伸ばし、堂々と振る舞っていた。
「早速ですが、晦さんとの結婚のことで何点かお伺いさせていただきます。まず、結婚は彼女の保護者とよく話し合っての結果ですか」
「もちろんです」
「失礼ですが、彼女と知り合ったきっかけというのは?」
「彼女が落としたハンカチを偶然拾い、お礼として何度か会っていくうちに……」
「いつ頃の話ですか?」
「お恥ずかしながら去年、彼女が高校二年生の頃の話です」
「彼女はまだ前の住居で暮らすことが可能なんですよね。なぜあなたの自宅で生活しているのですか?」
「事務所のアルバイトでその、住み込み的な」
「結構」
明らかに忍の目線が泳いでいたのに気づいた女性教師が遮るように冷たく言い放った。
「では踏み込んだ話をしますが、彼女と既に関係を持っているのですか?」
この女性教師の鋭く切り込んだ質問には、他の男性教育者達も固唾を呑む。
しかし後ろめたいことなど何一つない忍は、ただ事実をありのままに述べればいいだけだった。
「いえ、彼女とは出会ってから現在に至るまで清い関係であり、そして在学中は決して無責任な真似はしないとお誓いいたします」
それを最後に質問が終わったが、面接官たちはヒソヒソとなにやら密談をしている。やがて女性教師が再び口を開いた。とてつもなく嫌な予感がした。
「伊泉寺さん。実はさっき晦さんからも聞き取りを行いまして。本人が言うには
『一目惚れしたあと、偶然拾った名刺を見て押しかけた』
『結婚するまでに会ったのは三回、実質二回』
『二回目の時に婚姻届の署名に同意した』
『父と連絡が取れないので二人だけで結婚を決めた』
『最初はマンションに俺を住まわせて欲しいと言われた』
『そのあと彼から自宅に二人で暮らそうとの希望を受けた』
『自宅に越して始めての日に、彼が使っていた寝室に案内された』。
…………晦さんと伊泉寺さん、どちらの言い分が正しいですか」
嵌められた。
この女性教師にではなく、あの色ボケ女子高生に。
忍は柊と事前によく示し合わせなかった落ち度を悔やみつつ、語弊があるとして面接官たちに弁解するのに四苦八苦するハメになった。
そして学校から帰ってきた柊を事務所の前で待ち構え、しこたま説教した。
これが前回刻まれた忌まわしい記憶である。
突然の呼び出しに柊がなにか学校でヘタなことを言ったのかと疑ったが、本人はそうではないと言い張っている。
こうして忍は裁判所《がっこう》に出廷することになった。しかし今度という今度こそ同じ過ちを犯すわけにはいかない。彼はそう心に固く誓いを立てた。
◇◇◇
「所長……その、そろそろ休ませていただけませんか……?」
「ダメ。俺が満足するまで続けるから」
「でも、こんなに遅くまで……」
「ダメったらダメ。ほら、もう一回やるぞ」
「でも、明日も学校が……」
「そんなの関係ない。早く終わらせたかったら大人しく俺の言うこと聞いて観念しろ」
「これ以上は私、もう身体が耐えられません……」
「若いくせに泣き言言うな。体力尽きるまで何ラウンドでも繰り返すからな」
「所長、もう、許して…………」
●四月十五日(月曜)
翌朝、忍は寝不足のまま事務所へ、柊は学校へ向かう。
数時間経ち。忍が放課後に一人学校を訪れると、案内された部屋には女性教師と柊の二人だけが待っていただけだった。
言ってみれば三者面談と変わりなく、前のような大がかりな聞き取り調査でないことに彼はひとまず安堵感を覚える。
質問の内容も前回の圧迫面接から何か変わったことはあったか、柊の保護者と連絡は取れたか、土日は二人で何をしているかなどおおむね予想できた内容ばかりだったので忍も柊もスラスラと答えられた。
――前回の反省を踏まえ、事前に予想される質問集と模範解答を手ずから用意し、柊が音を上げようとも構わずシュミレーションを夜遅くまで何度も繰り返したのが昨夜のやりとりである。
「…………とのことで、彼女が度々提出用のノートなどに苗字をあなたの姓で書き、それを回収・返却を頼まれた生徒が偶然目にして不審がることが度々ありましたので、学校では旧姓で通すよう家庭でもご指導のほどよろしくお願いします」
「かしこまりました。二度とさせません」
二度と、のあたりでドスの効いた声を発し、隣にいる柊に釘どころか返しつきの銛を深く差しこんでおいた。
「伊泉寺さん、結婚を阻む権利は学校にはありません。しかしうちにも風評というものがありますし、何より生徒に動揺を与えるのは私たち教師の望むところではありません」
「分かっております。御校の名が傷付かぬよう、みだりに結婚のことを触れ回る真似はいたしません」
女性教師に毅然とした態度で答え、次に柊に視線だけ送る。
「…………しないよな?」
「はぁい」
柊は極めて不服といった顔だったが、渋々頷くのだった。
三者面談はそれから一時間近く拘束されたものの無事解放され、ようやく忍の肩の荷が下りたのである。
そして学校から自宅へ向かう帰り道でのこと。
「そう言えば苗字のことで思い出したんですけど」
「何?」
「当たり前のように所長の苗字にチェックして届出してしまいましたが、よくよく考えると妻氏婚も可能でしたね」
「それが?」
「もし私の姓で届け出てたら、『晦忍』と『晦柊』……二人とも漢字二文字でなんだか、素敵じゃないですか?」
「難読漢字かな」
忍は柊から「後日二人に聞くことがあるから学校に来いと担任教師に言われた」と教えられたのだ。
実を言うと柊が自宅で暮らすようになって忍は学校から各種手続きのために即呼び出しを受けたことがある。
今思えば柊の父から多大な寄付金を受けているためだったのだろう。いざ部屋に案内されると柊のクラスの女性教師、学年主任、教頭、校長という錚々たるメンバーと圧迫面接が忍を待ち構えていた。その時の面接官、もとい教育者達の忍を見る厳しい目が彼は未だに忘れられないでいる。
一体そこでどんなやりとりを交わしたのかと言うと――――。
◇◇◇
「お名前、生年月日、ご年齢、ご住所、ご職業をお願いします」
「はい、伊泉寺忍、平成十五年九月二十四日生まれ、二十一歳、住所は……………町三丁目一四三番地、探偵事務所の所長をしております」
「ご年齢はお間違いないですか」
「間違いないです」
忍は就職活動をしたことがなかったので、面接とはこんなものだろうかとこの時点では椅子に座った状態で背筋を伸ばし、堂々と振る舞っていた。
「早速ですが、晦さんとの結婚のことで何点かお伺いさせていただきます。まず、結婚は彼女の保護者とよく話し合っての結果ですか」
「もちろんです」
「失礼ですが、彼女と知り合ったきっかけというのは?」
「彼女が落としたハンカチを偶然拾い、お礼として何度か会っていくうちに……」
「いつ頃の話ですか?」
「お恥ずかしながら去年、彼女が高校二年生の頃の話です」
「彼女はまだ前の住居で暮らすことが可能なんですよね。なぜあなたの自宅で生活しているのですか?」
「事務所のアルバイトでその、住み込み的な」
「結構」
明らかに忍の目線が泳いでいたのに気づいた女性教師が遮るように冷たく言い放った。
「では踏み込んだ話をしますが、彼女と既に関係を持っているのですか?」
この女性教師の鋭く切り込んだ質問には、他の男性教育者達も固唾を呑む。
しかし後ろめたいことなど何一つない忍は、ただ事実をありのままに述べればいいだけだった。
「いえ、彼女とは出会ってから現在に至るまで清い関係であり、そして在学中は決して無責任な真似はしないとお誓いいたします」
それを最後に質問が終わったが、面接官たちはヒソヒソとなにやら密談をしている。やがて女性教師が再び口を開いた。とてつもなく嫌な予感がした。
「伊泉寺さん。実はさっき晦さんからも聞き取りを行いまして。本人が言うには
『一目惚れしたあと、偶然拾った名刺を見て押しかけた』
『結婚するまでに会ったのは三回、実質二回』
『二回目の時に婚姻届の署名に同意した』
『父と連絡が取れないので二人だけで結婚を決めた』
『最初はマンションに俺を住まわせて欲しいと言われた』
『そのあと彼から自宅に二人で暮らそうとの希望を受けた』
『自宅に越して始めての日に、彼が使っていた寝室に案内された』。
…………晦さんと伊泉寺さん、どちらの言い分が正しいですか」
嵌められた。
この女性教師にではなく、あの色ボケ女子高生に。
忍は柊と事前によく示し合わせなかった落ち度を悔やみつつ、語弊があるとして面接官たちに弁解するのに四苦八苦するハメになった。
そして学校から帰ってきた柊を事務所の前で待ち構え、しこたま説教した。
これが前回刻まれた忌まわしい記憶である。
突然の呼び出しに柊がなにか学校でヘタなことを言ったのかと疑ったが、本人はそうではないと言い張っている。
こうして忍は裁判所《がっこう》に出廷することになった。しかし今度という今度こそ同じ過ちを犯すわけにはいかない。彼はそう心に固く誓いを立てた。
◇◇◇
「所長……その、そろそろ休ませていただけませんか……?」
「ダメ。俺が満足するまで続けるから」
「でも、こんなに遅くまで……」
「ダメったらダメ。ほら、もう一回やるぞ」
「でも、明日も学校が……」
「そんなの関係ない。早く終わらせたかったら大人しく俺の言うこと聞いて観念しろ」
「これ以上は私、もう身体が耐えられません……」
「若いくせに泣き言言うな。体力尽きるまで何ラウンドでも繰り返すからな」
「所長、もう、許して…………」
●四月十五日(月曜)
翌朝、忍は寝不足のまま事務所へ、柊は学校へ向かう。
数時間経ち。忍が放課後に一人学校を訪れると、案内された部屋には女性教師と柊の二人だけが待っていただけだった。
言ってみれば三者面談と変わりなく、前のような大がかりな聞き取り調査でないことに彼はひとまず安堵感を覚える。
質問の内容も前回の圧迫面接から何か変わったことはあったか、柊の保護者と連絡は取れたか、土日は二人で何をしているかなどおおむね予想できた内容ばかりだったので忍も柊もスラスラと答えられた。
――前回の反省を踏まえ、事前に予想される質問集と模範解答を手ずから用意し、柊が音を上げようとも構わずシュミレーションを夜遅くまで何度も繰り返したのが昨夜のやりとりである。
「…………とのことで、彼女が度々提出用のノートなどに苗字をあなたの姓で書き、それを回収・返却を頼まれた生徒が偶然目にして不審がることが度々ありましたので、学校では旧姓で通すよう家庭でもご指導のほどよろしくお願いします」
「かしこまりました。二度とさせません」
二度と、のあたりでドスの効いた声を発し、隣にいる柊に釘どころか返しつきの銛を深く差しこんでおいた。
「伊泉寺さん、結婚を阻む権利は学校にはありません。しかしうちにも風評というものがありますし、何より生徒に動揺を与えるのは私たち教師の望むところではありません」
「分かっております。御校の名が傷付かぬよう、みだりに結婚のことを触れ回る真似はいたしません」
女性教師に毅然とした態度で答え、次に柊に視線だけ送る。
「…………しないよな?」
「はぁい」
柊は極めて不服といった顔だったが、渋々頷くのだった。
三者面談はそれから一時間近く拘束されたものの無事解放され、ようやく忍の肩の荷が下りたのである。
そして学校から自宅へ向かう帰り道でのこと。
「そう言えば苗字のことで思い出したんですけど」
「何?」
「当たり前のように所長の苗字にチェックして届出してしまいましたが、よくよく考えると妻氏婚も可能でしたね」
「それが?」
「もし私の姓で届け出てたら、『晦忍』と『晦柊』……二人とも漢字二文字でなんだか、素敵じゃないですか?」
「難読漢字かな」