蒼樹から「一時休戦しよう」と提案があり、忍も承諾して適当な場所に車を停めてから話を再開することになった。



「なんでよりによってクリスマスイヴに忍び込んだんだよ。えらい物騒なサンタクロースが来たなって思われるだろう」
「クスリが欲しくて欲しくて欲しくてたまらなかったのに、『今日はイヴだしやめとくか』ってなるもんですか。
 あの頃はまだヤクザと繋がる前でね。『自前』でクスリの資金を調達してたの」

 薬物乱用で体型だけでなく、顔つきも変わっていたことだろう。忍は「特徴的な目つき」の意味がようやく理解できた。

「痕跡だって残ってただろ。よくバレなかったな」
「こう見えてもわたし、警察のお世話になったことなかったから。有島さんに泣きついたお陰で。
 今まで慎ましく生きてきて良かったわ」

 蒼樹がそこでせせら笑った。得意げな顔をしている。

「お前……」
「怒らないの。(あか)くなるわよ」

 有島自身赫碧症(かくへきしょう)で、忍が犯人でないと証明できるアリバイがなかったにも関わらず彼に協力してくれた件もある。彼女が蒼樹に対して何らかの便宜を図ったとしてもおかしくはない。

 にも関わらず、蒼樹が有島の尽力を陰で嘲笑っていたと考えただけで怒りがこみ上げてきた。

「ヤクザに無理矢理クスリ打たれて鉄砲玉にされたって言ったら病院の人も施設の人もみんな簡単に同情してくれてね。だから誰も通報しなかった」


 麻薬中毒者であれば医師は都道府県知事への届出義務が発生する。
 しかしそれ以外の薬物使用患者であれば国公立病院の医師――つまり公務員――でない限り、警察への通報義務はない。有島が蒼樹のことを想い、然るべき病院を紹介したのだろう。

 だがこれ以上彼女の薬物使用の過去について掘り下げても仕方がない。忍は脱線しそうになった話を元に戻した。

「で、なんで柊の家に狙いを定めたんだ」
「当時はあんま車のこと知らなかったんだけどね、あの家の車庫に高そうな外車が入っていくのをたまたま見て『絶対金持ちじゃん!』って」
「やっぱ事件前に目撃された少年ってお前かよ。で、これ幸いと柊に罪をなすりつけようとしてんのか」
「あ、非行少女が押し入ったってだけで殺人犯にしちゃう?」

 まるで「短絡的発想ね」と言わんばかりな蒼樹の態度に忍は苛立ちを隠せなかった。

「まず木ィ登ったでしょ。ガラス破って侵入したでしょ。そんで二階の部屋一通り物色したでしょ」
「それは知ってる。一々勿体ぶるな」

 片手で指折り数えながら語る蒼樹に忍が早口で急かした。それがますます彼女に余裕を与えていると彼は気づかなかった。

「短気は損気よ。
 で、大したもんなかったから一階に降りてみたわけ。そんでリビングちらっと見たら包丁ぶっ刺さった大人二人転がってるわ、しかも暗闇の中死体のそばで眼を赫く光らせてる女の子もいるわで」

 女の子、のところで蒼樹が後部座席にいる柊に視線を送った。

「まあそれで流石にわたしも恐怖で赫眼しちゃって、とにかくヤバイと思って何も盗らずにとっとと逃げちゃった」

 そこで蒼樹が何かおかしなことを思い出したのかクスッと笑う。


「あのあと犯人のこと『少年』って断定してて、自分のことながら『失礼だろ』って思っちゃった」


 昔の思い出話でもしているかのように語る蒼樹に罪の意識が全く見られないことに忍は薄ら寒さを覚えた。
 しかしそれは本当に殺人を犯していないからではないかと、忍は自分でも知らず彼女の話を信じそうになっていた。

「繰り返しになるけど、わたしは何がなんでも金が必要だった。だからって殺人なんてリスク負うわけないでしょ、普通に考えて」
「本当か? もうその頃にはヤクザの鉄砲玉してたんじゃないのか。指示されて、クスリキメてから押し込みに行ったんじゃないのか。
 赫碧症者を使い捨てにしてる奴らからすれば、派手に動き回ってた樫井夫妻は邪魔だし、殺せば見せしめになる。そうでなくても夫妻を疎んじる有力者から『仕事』だって請け負ってたかもしれない」

 赫眼するのは何も負の感情の増幅だけではない。赫眼していたのは薬物を直前に使用していたからだという可能性を忍は指摘したかった。それなら中学生の少女でも一発で仕留めるくらいは造作もないはずだ。

 そこで忍はピンときた。有島が去ったあと、ふらりと蒼樹がやってきた時のことを思い出す。

「分かったぞ。三年前、有島さんがいないの見計らって自分に関する資料回収するために来やがったな。通りで妙なタイミングに来たと思ったよ」

 そう言うと蒼樹がかなり白けた顔をして、

「なんからしくなくドラマの名探偵っぽく推理してるとこ悪いんだけど。
 仮にそうだったとしてもよ。あんたのとこの前所長さんはそうとは知らず同情心で真犯人を警察から匿って、いたずらに事件を未解決に追いやった節穴さんってことになるんだけど、そう言いたいってこと?」

 などと反論され、忍もしてやられた気分になった。心なしかバックミラーに映る柊も「それはどうなんだろう」みたいな顔をしているように見えたが、きっと気のせいだと思って忍はミラーから視線を逸らした。

 報復のために事務所へやってくるほどヤクザは有島の介入に怒っていた。有島がどこまで調査をしていたか忍は知らない。だがその過程で樫井夫妻殺害事件に辿り着けば、流石の彼女といえども蒼樹を別の夫婦に養子縁組させるなどして徹底的に守ろうとはしなかっただろう。

 念のため忍はこれから事務所で蒼樹に関する資料を当たろうかと悩んだが、すぐに無意味だと諦めた。有島が節穴の持ち主とは思えないし考えたくもないし、仮にそうだとしても蒼樹が事務所へ手伝いに来た時、彼女本人に関する資料が回収されていないはずがない。

 忍の尋問が途切れると、今度は蒼樹のターンになった。


「で、四月に伊泉寺くんからメールが来て、

 『至急樫井夫妻殺害事件についての記事をまとめて頼む』
 『特に夫妻の娘について言及のある記事』
 『事務所に晦柊と名乗る女子高生が接触してきている』
 『現在の姓は母方の弟のもの、写真家』

 って書いてあったから、『あ! あの時わたしが忍び込んだ家の赫眼の子か!』ってすっ飛んできたの」


 忍は舌打ちした。よりによって最も頼ってはいけない人物に頼ってしまったことに。

 荒川に協力を仰いだ後、「蒼樹が当時の事件について調べていると言っていた」と教えられ、忍はつい彼女に頼ってしまったのだ。今思えば荒川にしてやられたかもしれない。PDF化された当時の記事を大量によこしてくれたのも彼女だった。


「状況的に柊ちゃんが筆頭容疑者だったけど、その根拠が『わたしが窃盗目的で不法侵入した時に彼女の眼が赫くなってたの見ました』じゃあね。誤認逮捕待ったなしだし。
 そろそろ揺さぶりかけてやろうかな?って思ったところに一本の電話がかかってきたってわけよ」
「ああ、なんでお前あそこにいたんだと思ったら荒川か。……あいつ不正送金疑われてないといいけど……」
「んでトランクで寝てる人がありがたいことに全部まるっと大声でブチまけてくれたから色々手間が省けて助かったわ。あの人も柊ちゃんが見た『少年』が犯人じゃないってハナから知ってたんでしょ」
「どうして……どうしてずっと教えてくれなかったの……」
「そりゃ『今まで君を守ってきたのは俺だったんだよ柊』って最高のタイミングで告ってスケベする予定だったんじゃない?」

 あまりにも見過ごせない発言だったので忍は蒼樹を思い切り罵倒してやりたくなった。が、それを察したのか彼女も「冗談よ、睨まないで」と謝罪する。

「素直に情でしょ。小さい頃からの付き合いなんでしょ。柊ちゃんが幼くして親殺ししてたって知って欲しくなかったんじゃない」

 柊がガックリと肩を落として項垂れた。

「一応聞くが、お前侵入する前に悲鳴とか聞こえたか?」
「ううん。全然。近所でも悲鳴は聞こえなかったんでしょ」

 自宅に知らない誰かが押し入った、であれば被害者も無抵抗ではなかったはずだ。大声を出してもおかしくはない。

 しかしそれが知り合い、気心の知れた人物――――そして家族であれば。

 難なく家に上がることができる人間ほど、邸宅で本人らに悟られずに殺すのは容易である。

 蒼樹が犯人であるならば、都倉はあのようなことを言うはずがない。やはり彼女は本当に窃盗目的で押し入っただけで殺人犯としてはシロなのか。

 そうなれば、残る候補はもう一人しかいない。


 柊は不安が消えないままバックミラー越しで忍の深刻な面持ちを見る。忍もまたバックミラーに映る柊を見て一つの決断を下す。




 
「柊。都倉と話をしてやれ。……もう、最後になるかもしれないからな」