○平成二十七年 年末


「あんた、うち来る?」
「一時間一万円ね」
「買春じゃないっつの‼︎」



 当時中一だった忍が、有島に話しかけられたのが出会いのきっかけだった。

 ある出来事を境に、自分を巡り毎日争いの絶えない両親に嫌気が差し、忍は衝動的に家を飛び出してしまった。しかし無計画な子どもの放浪などすぐに破綻してしまう。

 二・三日に一食、公園の水で空腹を凌ぐ日々を送っていても、元々限りのあった所持金が既に底を尽き限界を感じていた。

 そんな時に有島に拾われ、とりあえず飯にありつければ何でもいいと忍は彼女の自宅兼事務所に身を寄せることになる。万が一何かされたら実力行使してやろうとも思っていた。

 クリスマスイヴに起きた事件はこの時の忍の耳にはまだ届いていない。


「テレビないのこの家」
「ない。事務所に小さいやつあったけど壊れた」


 適当に食料と金をくすねて出て行ってやろうと思っていたのに、忍はいつのまにか有島のペースに乗せられた挙句、「大掃除だから窓拭いてくれ」など事務所の雑事まで頼まれ、渋々ながらも引き受けるようになってしまった。

 何となしに外から窓を拭いていると、風で飛んできた新聞が目に入る。「事務所の前のゴミを拾え」とかなんとか言われるのが予想できたのでしょうがなく拾うと



「樫井夫妻殺害事件」

「クリスマスイヴの悲劇、犯人は少年」

「犯人の特徴:中学生前後、痩せこけて細身、特徴的な目つき」




 一目で飛び込んできた見出しに、思わず窓越しに事務所内にいる有島を見た。今電話でメモを取って目線を下に落としている。

 逃げるなら今しかない。今なら逃げられる。

 そして彼は有島探偵事務所から走り去って、二度と戻らなかった。




 ――――予定だったのだが、近くの河川敷で敢えなくすぐ見つかってしまう。


「なんですぐ居場所が分かっちゃうの」
「探偵だから」

「俺の事、警察に売る気だったろ」
「警察?」

「イヴに起きた事件。俺がやったと思ってるんだろ。俺が赫碧症ってことも調べて知ってるんだろ」
「前々からあんたのことは知ってたけど、あの事件の前の話よ。……誰から頼まれて探してるかって、内心分かってるんじゃない」

「俺がヤバい事件起こして世間からバッシングされたらマズイもんね。例の事件見てヒヤヒヤしてっかな」
「そんなヒネたこと言って。警察呼んだりしないから、事務所帰ろうよ。寒いんだけど」

「一人で帰れよ……」
「あんたあの事件に関わりないんでしょ? ならもっと堂々としてなさい」

「アリバイがない。その日ずっとここで寝てたから」
「寂しいイヴだったわね」

「それに、特徴だって似てるし」
「痩せてる男子中学生なんてこの街に何人いると思ってるの」

「目つきとか……」
「ちょっとハスキー犬に似てるわね」
「そんなん初めて言われた……
 
 いや、それより。
 多少の絞り込みくらいするだろ。俺……いや、知ってるんだろうけど」
「ずっと行方くらませてたら余計疑われるわよ。親んとこには帰らなくてもいいから、事務所には戻りなさい。警察もいつか来ると思うけど」

 有島は忍をどう説得しようかと考えているかと思ったら、すごい閃きでも浮かんだかのように左の掌にげんこつを作った右手でポンと叩いた。


「ああそうだ、あんたうちでクリスマスパーティーしてたってことにしなさい」

「は⁉︎」

「ちょうどイヴにホールケーキとターキー一羽まるごと家にあったから。あんたがいたらいいカモフラージュになるかもしんない」
「なんのカモフラージュだよ‼︎」
「どっちも前に関わった依頼人の店で、今後ともよろしく的な意味で買いに行ったんだけど。
 一人分だけ買うつもりだったのに『今夜はおうちデートですか?』って聞かれて『はい♡』って見栄張っちゃったから泣く泣く買う羽目になった」

「……クリスマスに一緒に過ごす恋人いないんだ……」

「やっぱ警察に売るわ」

「ごめんなさい」

「事件前からあんたのこと探してほしいって言われたのは本当だし、落ち着くまでウチで面倒見てたってことにしよう。警察にも知り合いいるし、私なら信用してもらえるでしょ。人望あるから。
 ……あ、今人望のとこで露骨に疑ったでしょ。まあいいや。流石にケーキは痛むから一人で食べたけど、ターキーは冷凍庫に入れたからまだ残ってるわよ。食う?」

「食う」




 ――――こうして、年越しは一人で過ごさずに済んだ。



 結局あのあと、事務所に警察官がやってきた。

 本当に有島は口裏合わせをして、忍も「行ってない」「やってない」「ここにいた」のゴリ押しで答え通したので、警察もすんなり帰っていった。






 それから一年以上経っても、事件の犯人は捕まらなかった。