「陽子。お前をこの村から追放する。本来なら処刑されるべきなのだが、姉であるお前を憐れんだ玲奈の願いで追放に留まったんだ」

玲奈の一声で私の処罰は村の追放と決まった。
本性を知られない為に和正とお父様に言ったのだろう。
お姉様をあんな風にしたのは私のせい。私がお姉様から和正さんと異能を奪わなければこんな事にはならなかった。赤ちゃんも死なずに済んだのにと。
既に心身共にズタズタだった私にはこれ以上何も考えられなかった。
あの不思議な白鷺が現れてくれるかもしれないと牢の小さな窓から外の様子を見る。だが、白鷺は現れてくれなかった。
形見の簪もお父様に取り上げられ、今度こそ玲奈の物になってしまった。
私から全ての希望が消え失せてしまったのだ。唯一残った白鷺の羽も玲奈の取り巻き達にボロボロにされてしまった。
そして、村を追放される日を迎える。
美しい満月の夜に私は村から少し離れた森に連れて行かれた。
森に連れて行かれる時、癒しの異能を位の高い者にしか施さなくなった玲奈に不信感を抱いている村人達はまるで希望が潰えた様な言葉を口々にしていた。

「陽子様が何故」
「きっとあの妹に嵌められたんだ!」
「陽子様が巫女だった時が一番幸せだったのに…」
「玲奈様のせいがうちの人は…」

何もしてやれないもどかしさが心に突き刺さる。
せめて少しだけでも力が残っていれば村人の犠牲は多少は防げたはずなのに。
助かるはずの命を救えなかった悔しさを背負いながら私は村を後にする。


しばらく暗い森を歩み、村が見えなくなった所で置き去りにされた。

「二度と村には入らせない。玲奈と子供を殺した罰だ。早くのたれ死んでくれ」

愛していた人から言われた最後の言葉。幾ら和正への愛が冷めたとはいえ、やはり優しかった思い出達のせいでとても辛く感じる。
もう、彼との関係は完全に終わったのだ。
罪人となった私を暗い森の真ん中で置き去りにして村に帰ってゆく。私はその背中を見えなくなるまでずっと見つめていた。
彼らがいなくなった後、私は森を彷徨い続けた。
灯りも何も無い中で森を歩くのはとても危険なのは分かっている。けれど、此処に留まっていても何も始まらない。
せめて何処か人気がある様な場所に辿り着ければと私は足を進める。

(喉乾いた…どこかに川があれば…)

何も待たされないまま追放されて途方に暮れる。
まだ冬の季節が過ぎる気配はない。春が来るまでにはまだ遠い時期だ。とても寒く凍えて倒れてしまいそうな程だ。
誰も助けてくれない。あの白鷺も私の元は来てくれない。
白鷺があの言葉はもう意味を持たないものになってしまったのかもしれない。
悲し過ぎて涙が止まらない。涙が流れ濡れた顔に冷たい風が当たり更に寒気を増す。

(これからどうしたらいいの?)

このまま人里にたどり着く事なく野生動物に殺されてしまった方が幸せかもしれない。今度こそこの地獄から逃げ出せるかもしれない。そう思えてしまう。
それからしばらく歩みを進めるが途中で疲れてしまう。消えない疲労と喉の渇きと空腹が私の歩みを止めさせる。
たまたま目に留まった樹のそばに腰をかけて休息を取る。
目を瞑るとゆっくりと眠気が襲ってくる。本当はこんな寒い中で寝てしまうのは危険なのは分かっている。
けれど、今は少しだけ寝かせて欲しかった。

(少しだけ休んだら行こう。夜明けを迎えれば明るくなって少しはマシになるはず…)

眠気に身を任せようとした時。ガサガサと何かが動く音が聞こえて私はハッと意識を取り戻すが敢えて目を開けずに様子を伺う。
音がする方から出てきたのは二人組の男の様だ。ボソボソと何か話し合っている。

(だ、誰?!!)
「見つけたぞ。コイツが玲奈様の姉上様だな」
「男みたいな髪型だが顔は悪くねーな。殺すには勿体無いぜ」
「仕方ないだろう。玲奈様が殺した証とした必ず首を持って帰ってこいって言われてんだからよぉ」

男達の口から出た玲奈の名前。私は悟る。
この二人は玲奈が送り込んだ刺客。追放するだけでは飽き足らず、遂に命まで狙ってきたのだ。
餓死するか動物に殺される方がマシ。知らない誰かに殺されるなんて以ての外だ。
嫌でも頭の中で玲奈の笑顔と笑い声が響く。
私は目を開けたのに気付いた男の一人が持っていた短刀を私に向かって振り下ろしてきた。
刃から逃れようとするが避けきれず、右腕を深く切り付けられて赤い血が夥しく流れてゆく。

「うぅ…!!」

私は痛みに耐えながら男達を突き飛ばし暗い森を駆け抜けてゆく。
「待って!!!」と私に叫ぶ声を背に私はただただ走り続けた。
もうどこを走っているのか分からない。分かっていることはここで諦めたら私は殺されて生首を玲奈に捧げられてしまうことだけ。
これ以上何も奪われたくない。確かにこの地獄から抜け出せるけれどこんな終わり方はまっぴらだ。

(助けて、誰か…!!!)

ボロボロになってしまった白鷺の羽を握りしめながら逃げる。
男が投げた石が頭に当たる。その衝撃で視界が歪み足をふらつかせてしまった時だった。
此処が崖だということを暗くて周りが分からなかった。頭の痛みでふらついた拍子で足を踏み外してしまった。

「あ、いやぁー!!」

私の身体は谷底へと落ちてゆく。このまま地面に叩きつけられてしまうのだろうかと恐怖に染まる。
けれど、落ちた先は先日の大雨で増水し激しく流れる川の中だった。
ドボンと大きな音を立てながら水に叩きつけられる。
どうすることもできない私は流されてゆくしかない。息ができず苦しむ私は、心のどこかであの白鷺が助けてくれるのではないかと叶うはずのない願いを祈りながら意識を手放した。




「な、なんだこの鳥は!!」
「あっちいけ!!女が逃げちまう!!」

傷付いた陽子を追っていた刺客達は、彼女が落ちた崖に近づこうとした途端に何かに襲われた。資格の一人が持っていた灯りを地面に落としたことで襲ってきた何かの正体をようやく知ることができた。

「し、白鷺じゃねーか!!なんで俺らを襲いやがる!!」

持っていた血染めの短刀を白鷺に向かって振るうも、白鷺には届かなかった。
襲われ慌てふためく刺客に興味が失せたのか白鷺は陽子が流されて行った方向に飛び立ってゆく。

「おい!あの鳥のせいであの女を見失っちまった!!」
「あの川の流れだ。しかも暗闇じゃ捕らえられんし、どうせ助からんよ。夜明けを迎えたら川を捜索しよう」
「そ、そうだな…もし、遺体が見つからなかったら何とかこの血の付いた短刀を見せて納得してもらうしかないな」

愚かな会話を聞きながら白鷺は陽子の後を追う。
激しく流れ茶色く濁った川の中にその身を投じる。暗く冷たい水の中で白鷺の身体が眩く光り始める。
光を纏ったまま傷付いた陽子を見つけた白鷺はゆっくりと人の形へと変貌させる。

「陽子」

気絶した陽子の身体を引き寄せ、大切に抱き抱えながら勢いよく浮上した。
月を背に男は陽子を見つめる。
川から上がってきた白鷺の正体。それは銀色の髪を靡かせ龍の角を生やした美しい男の姿。
彼の腕の中にいる陽子の頰を愛おしそうに撫でる。

「遅れてすまない。ようやく君を迎えに来れた。もう二度とあんな苦しい思いをさせない。約束するよ」

銀髪の男はそっと彼女の額に唇を落とす。
男は陽子を苦しめ続けた村がある方に目を向ける。その目は陽子を見つめていた時とは違う怒りが困った目だった。

「真の龍神の巫女の命を脅かした貴様らを許すつもりはない。そして、貴様らが捻じ曲げた伝説を正す時が来たのだ」

呪詛を呟いた銀髪の男は光を纏いながら陽子と共にどこかへ消え去る。
濁流に呑まれていた陽子を助けた男と出会ったことで地獄の中を生きてきた彼女に希望が差し伸べられる。
消えていた奇跡と幸福が再び動き始めた瞬間だった。