施術者が女性と知ると、セクハラをしてくる客も中にはいる。エステを女性が男性の下半身の世話をするサービスと混同しているような客も。
 けれど、これだけの美丈夫ならば女性には困っていないだろう、いつもよりも安心して施術に臨めると思っていたのだが。

「君は俺の番だ。俺にはわかる」
「いったいなにを……番って……」

 最近、番ブームなのだろうか。
 元夫から番を紹介され、その番には虐めてもいないのにいじめに遭ったとうそをつかれ。番という言葉に拒絶反応を起こしそうだ。
 それに、本当に番ならば自分だって彼を運命の相手と思うはずではないか。実際、基紀と希美は互いが互いを番だと認識しているようだ。
 彼を見ても、イケメンだとしか思わない。先ほどは手を握られてドキドキしたが、それは動揺であって恋愛感情ではない。千花は隼人に運命めいたものは感じない。

「君の名前を教えてほしい。俺と結婚してくれないか?」
「いやいやいや……っ、展開早すぎるわよ!」

 気づいたらそうツッコんでいた。
 隼人は言葉を返してくれたことが嬉しいとでも言うように微笑むと、もう一度千花の手をすくい取る。

「運命の番とは離れられない。知っているよね?」
「頭がおかしいの? 番だなんて……たまたまお客様としてここに来たあなたがそうだなんて、信じられるわけがないわ」
「俺が、君を番だと言っている。君は俺になにも感じない?」
「えぇ、まったく、なにも」

 千花が首を横に振ると、心底残念そうに隼人は肩を落とした。またもや彼を覆う赤い色の中に青が混じった。
 この男は詐欺師なのかもしれないと千花は思う。会う人会う人に「君は俺の番なんだ」と言って歩いているとしたら、結婚詐欺としか考えられない。
 運命の番の話が大好きな女性は多い。詐欺師が番だと言って近づいてくるのは鉄板中の鉄板であった。

「残念なことに、海神の血はもうだいぶ薄まってしまっているから、ほとんどの人間は番を見つけられなくなっているんだ」
「海神とか言われましても……」

 海神の血だなんて。なにを言っているのだろう。この国を作ったのは海神だという知識はあるが、それは何千年も前の出来事で、それが本当かどうかなんてわからない。
 千花はため息をこらえて、顧客に書いてもらう書類を淡々と用意した。