紫藤隼人と呼ばれた男もまた、千花を見て足を止めていた。

「君は……」

 耳心地のいい低い声で我に返った千花は、慌てて居住まいを正した。お客様の顔をじろじろと見るだなんて、エステティシャン失格である。

「失礼いたしました。ご案内します」

 カウンセリング室のドアを開けて中に男を通した。
 ここは六畳一間とそれなりに広い。テーブルに椅子が四脚。テーブルの上には、客への説明用に必要なパソコンと書類、壁の端には観葉植物と飲み物のサーバーが置かれている。

「コーヒーか紅茶がありますが、どちらがよろしいですか?」
「コーヒーを」
「かしこまりました。こちらにおかけになってお待ちください」

 千花はホットコーヒーをカップに注ぎ入れてテーブルに運んだ。
 自分の一挙手一投足を見つめられている気がして、なぜか歩くのにも緊張してしまう。緊張の理由はそれだけではなかった。
 遠目に見た男のオーラは極々薄い黄緑色だったのに、千花と目が合った瞬間、彼の色が赤色に膨れ上がったのだ。

(まさか私に一目惚れしたわけでもあるまいし……)

 千花は、これほどの美丈夫に惚れられるほどの外見をしていない。自慢にもならないが、外見で告白されたことは一度もない。よく言えば化粧映えする、悪く言えば地味なのだ。
 仕事柄、髪や肌には気を使うが、仕事中は肩の下まで伸びた髪をアップにしているし、皆、同じ制服に髪型のため、自分程度の顔はすぐに埋没してしまう。

 千花がテーブルにコーヒーを置くと、ようやく男の視線が落とされる。視線が逸らされたことに安堵し向かいに座った。
 このエステはフェイシャルや痩身も行っているが、男はヘッドスパでの来店だった。

「では、まずはこちらの用紙に必要事項を……」

 テーブルにボールペンを置いたところで、男の手が千花の手に重ねられた。

「え、あの」
「番なんて……見つかるはずがないと思っていた。でも、ようやく見つけた」
「は? あの、紫藤さまっ!?」
「隼人、と呼んでほしい」

 隼人は、うっとりとした視線を千花に向けながら手を取ると、指を絡ませ、指先に唇を落とした。
 動揺で手が震え、心臓がばくばくと激しく音を立てる。顔からはおかしな汗が噴きでてきて、混乱の極みであった。

「なにするんですか!」

 千花は慌てて隼人から手を引き抜いた。
 隼人は離れていった千花の手を名残惜しげに見つめている。彼の纏う赤色のオーラに薄い青が混じった。

(イケメンなのに……やばいセクハラ野郎だったの……!?)