「この人なの?」
「あぁ、そうだ」
ソファーに座る女性が入ってきた千花を見て、拗ねたように唇を尖らせて言った。基紀は彼女に答えるように頷いた。
「お呼びと窺いましたが」
「あぁ……とりあえず座ってくれ」
基紀はデスクの奥にある椅子に座っていた。そこからソファーに移動すると、なぜか女性の隣に腰を下ろした。
千花はなにがなんだかわからず、基紀の前に腰かける。
「初めまして、町田《まちだ》希美です。あなたが、基紀さんの元奥さんなのね。へぇ」
女性は〝元〟を強調するように言った。そして千花を見下すように目を細めた。
あからさまに敵意のある声色を聞けば、彼女が基紀の〝運命の番〟なのだと察せられる。千花は冷めた気持ちで、彼女の鋭い目を受け止めていた。
「実は、希美が明日からうちで働くことになったんだ。君にはチーフとして希美を指導してほしいと思ってね」
元妻に浮気相手の世話をさせるとはどういう神経をしているのか。運命の番というものに出会うとバカになるのだろうか。
千花は百年の恋も冷めるほどに呆れながら基紀を凝視した。すると隣にいた希美ががばりと基紀に抱きつく。
「ねぇ、基紀さん、この人まだあなたのことが好きなんじゃないの? まさか私たちの間に番でもない女が入れるとでも思ってるの!?」
希美は楽しそうに声を立てて笑っていた。
運命の番というのは男も女もバカになるのだろうか。
「千花はそんなに愚かな女じゃない」
「なによ、基紀はこの女の肩を持つの? ひどいっ」
「あぁ、そうじゃない。希美、悪かった。俺が一番大事なのは希美だ」
基紀は隣に座る希美を宥めるように肩に腕を回し、彼女の頭を引き寄せた。希美は基紀の肩に顔を埋めて、頭を擦り寄せる。
千花は、目の前で希美に触れる基紀を見ていられずに目を逸らした。そこは私の場所だったのに、そう思わないようにしていても、離婚して一週間では心の傷は癒えない。
「先ほどの話ですが、ここまで敵視されて面倒なんて見られません。それに彼女……社会人経験はありますか?」
たとえ恋人でも夫婦でも、職場では公私を分けられないようではやっていけない。彼女は社長である基紀に対して恋人としての顔しか見せていないのだ。これから部下になるのをわかっているのだろうか。
千花が暗に希美の非常識を咎めると、基紀の目がきつく吊り上がる。
「そんな言い方はしないでくれっ! 希美が元妻である君に複雑な感情を覚えるのは当然だろう! 俺が君と夫婦だったから、彼女は俺と付きあえないと泣いていたんだ!」
「……そうですか」
ならば、自分が面倒を見ればいいのでは。そう思ったが口には出さない。基紀は美容師資格を持つ経営者だが、エステティシャンとして働いているのは女性だけだ。
「折を見て、俺たちの離婚はスタッフに伝える。君にはチーフとして、彼女を一人前のエステティシャンに育ててほしいと思っている……以上だ」
基紀は、それきり話を打ち切った。
社長としての命令ならば従うほかない。
彼はもう、番である希美のことしか見えていないのだろう。目の前で元妻がどれだけ傷ついているか考えもしない。
恋は盲目とは良く言ったものだ。彼らは二人して赤い色を振り撒いていた。
結婚してからこんな色をした彼を見たことがない。長い付きあいだし仕方がないと思っていた。ベッドにいるときだけは、彼の色が変わることもあったから、夫婦だしそんなものだと思っていたのだ。
「あぁ、そうだ」
ソファーに座る女性が入ってきた千花を見て、拗ねたように唇を尖らせて言った。基紀は彼女に答えるように頷いた。
「お呼びと窺いましたが」
「あぁ……とりあえず座ってくれ」
基紀はデスクの奥にある椅子に座っていた。そこからソファーに移動すると、なぜか女性の隣に腰を下ろした。
千花はなにがなんだかわからず、基紀の前に腰かける。
「初めまして、町田《まちだ》希美です。あなたが、基紀さんの元奥さんなのね。へぇ」
女性は〝元〟を強調するように言った。そして千花を見下すように目を細めた。
あからさまに敵意のある声色を聞けば、彼女が基紀の〝運命の番〟なのだと察せられる。千花は冷めた気持ちで、彼女の鋭い目を受け止めていた。
「実は、希美が明日からうちで働くことになったんだ。君にはチーフとして希美を指導してほしいと思ってね」
元妻に浮気相手の世話をさせるとはどういう神経をしているのか。運命の番というものに出会うとバカになるのだろうか。
千花は百年の恋も冷めるほどに呆れながら基紀を凝視した。すると隣にいた希美ががばりと基紀に抱きつく。
「ねぇ、基紀さん、この人まだあなたのことが好きなんじゃないの? まさか私たちの間に番でもない女が入れるとでも思ってるの!?」
希美は楽しそうに声を立てて笑っていた。
運命の番というのは男も女もバカになるのだろうか。
「千花はそんなに愚かな女じゃない」
「なによ、基紀はこの女の肩を持つの? ひどいっ」
「あぁ、そうじゃない。希美、悪かった。俺が一番大事なのは希美だ」
基紀は隣に座る希美を宥めるように肩に腕を回し、彼女の頭を引き寄せた。希美は基紀の肩に顔を埋めて、頭を擦り寄せる。
千花は、目の前で希美に触れる基紀を見ていられずに目を逸らした。そこは私の場所だったのに、そう思わないようにしていても、離婚して一週間では心の傷は癒えない。
「先ほどの話ですが、ここまで敵視されて面倒なんて見られません。それに彼女……社会人経験はありますか?」
たとえ恋人でも夫婦でも、職場では公私を分けられないようではやっていけない。彼女は社長である基紀に対して恋人としての顔しか見せていないのだ。これから部下になるのをわかっているのだろうか。
千花が暗に希美の非常識を咎めると、基紀の目がきつく吊り上がる。
「そんな言い方はしないでくれっ! 希美が元妻である君に複雑な感情を覚えるのは当然だろう! 俺が君と夫婦だったから、彼女は俺と付きあえないと泣いていたんだ!」
「……そうですか」
ならば、自分が面倒を見ればいいのでは。そう思ったが口には出さない。基紀は美容師資格を持つ経営者だが、エステティシャンとして働いているのは女性だけだ。
「折を見て、俺たちの離婚はスタッフに伝える。君にはチーフとして、彼女を一人前のエステティシャンに育ててほしいと思っている……以上だ」
基紀は、それきり話を打ち切った。
社長としての命令ならば従うほかない。
彼はもう、番である希美のことしか見えていないのだろう。目の前で元妻がどれだけ傷ついているか考えもしない。
恋は盲目とは良く言ったものだ。彼らは二人して赤い色を振り撒いていた。
結婚してからこんな色をした彼を見たことがない。長い付きあいだし仕方がないと思っていた。ベッドにいるときだけは、彼の色が変わることもあったから、夫婦だしそんなものだと思っていたのだ。