(恋愛なんてしなければ、結婚なんてしなければよかった……)

 運命の番に惹かれる気持ちがどんなものなのか、千花にはたしかにわからない。
 けれど、基紀はわかっているのか。千花が基紀を想う気持ちだって、決して軽いものではないということを。
 基紀が隣にいるのが当たり前だった。基紀がいなくなる日が来るとしたら、歳を取って亡くなるときくらいだと思っていた。それくらい愛していたのだ。
 まさかこんな形で幸せが壊れるなんて、考えてもみなかった。

「そう……わかったわ」

 千花が了承すると、基紀は安心したように息を吐いた。それを見て、自分たちはもうどうにもならないのだな、と察してしまった。
 自分の色は今、何色をしているのだろうか。自分のだけはどうやっても見えないから、青なのか、黒なのか、どちらにしてもどす黒い色をしているだろう。
 千花はその日、基紀が用意した離婚届にサインをしたのだった。

 第一章 元夫の番

 離婚が成立し一週間。
 千花は、もともと基紀と住んでいた分譲マンションを慰謝料としてもらった。現在、3LDKの高層マンションに一人で暮らしている。
 基紀との思い出の残る家に住み続けることに抵抗はあったが、裏切られた側の自分がこの家を出ていかなければならないことに納得がいかなかったのだ。
 千花が言うと、基紀はすんなりとそれを受け入れた。
 基紀は必要なものだけを手早くまとめて、バッグ一つで部屋を出ていった。金に困っている男ではないし、必要なものは新しく買えばいいと思っているのだろう。

 千花は怒りにまかせて、遠慮なく彼の服をゴミ袋に突っ込んだ。基紀がいた痕跡を消すように何一つ残さなかった。それでも気は晴れない。
 だが、仕事はすぐに辞めるというわけにはいかず、千花は周囲に離婚を隠したまま、基紀が経営するエステで働いていた。
 彼も離婚してから千花に顔を合わせるのが気まずいらしく、本店ビル内にある本部にずっと詰めており、滅多に店舗には下りてこない。
 仕事にさほど影響がないことにほっとする。

「千花さん、社長が呼んでますよ」
「……そう? ありがとう」

 最後のお客様を見送って店に戻ると、スタッフの一人が声をかけてきた。どうやら基紀が呼んでいるらしい。
 千花は足取り重く、店舗内にある応接室に向かった。

「……失礼します」
「入って」

 気が重い。なんの用だろう。基紀の声が聞こえてドアを開けると、応接室のソファーに若い女性が座っているのが見えた。
 彼女が背負っている色は、赤色と黄緑が混ざったようなものだ。誰かの感情を色で測ってしまっていけない。