「いや……いつもはダイニング。料理もしない」
「じゃあ、なんで?」
「なんでも一緒に楽しめる人がいいんだろう? 料理をするって聞いたから、少し前に部屋を改装したんだ。いやだった?」
「部屋……改装したの? 私のために? 私がまたここに来るなんてわからないじゃない」
「ここが完成したら、君を誘おうと思ってたんだよ。海が好きだって言ってたから、海近くの別荘に行く計画も立ててる。あとは誘うだけだったんだ」
「ふふっ、もう、なにそれ」

 どういう人が好きかという問いに対しての言葉を覚えてくれていたらしい。
 一緒に楽しめる人がいいとは言ったが、たとえば映画を観たり、ショッピングをしたり、そういう時間を一緒に楽しめる人がいいという意味だったのに。
 千花との結婚を本気で考えているからこそ、千花のために部屋まで改装したのか。自分はそれを聞いて、誤魔化しようがないほど喜んでしまっている。

(……一緒に料理も悪くないかも)

「じゃあ、一緒に作ろう。お腹空いてるから、そんなに凝ったものは作らないけど」
「なにをすればいい?」

 千花は卵を割ってと指示を出し、その間に手早くスープを作っていく。こんなにも穏やかな時間は久しぶりだった。
 二人で朝食を摂り、そのあとは千花の服を買いにいった。あれがいいこれがいいと、隼人はもともと持っていた服の倍以上、大量に千花の服を買った。


 それから一週間。
 ようやく紫藤家で暮らすことにも慣れてきた。気持ちが落ち着くと、基紀と希美に対しての怒りもしゅるしゅると萎んでくる。
 ひどいことをされたが、彼らにはもう二度と会うこともない。それでいいかと思い始めていた。
 あとは自分の生活を立て直すために仕事を探すだけだ。そう思っていると、出かけていた隼人が戻ってきて、千花を呼んだ。

「出かけるの?」
「あぁ、復讐にね」
「ふくしゅう……」

 いつもと同じ穏やかな顔でそんなことを言うものだから、頭の中で〝復讐〟とは結びつかずに戸惑った。一拍空けて、基紀と希美への復讐かと察する。

「もういいの。あの人たちに会うことはないし……復讐をするのに手を貸してと言ったけど、紫藤さんまで巻きこんじゃいけなかったわ」

 千花が諭すように言うと、隼人は笑みを浮かべたまま怒っていた。彼の纏う色はどす黒い。それなのに千花に対しての愛情だけは感じられるのだ。

「なに言ってるの。番である君を傷つけられて、俺が許すとでも思った?」
「笑って言わないで! 怖いから!」
「そうだよ。知らなかった? なら、そういう俺のこともこれから知ってね。隠しごとはしないって言っただろう?」
「言ったけど……愛が重い……」
「番の愛は重いって知らない? 愛した人間の魂を呼び寄せて、自分の中に入れるくらいだよ」
「それは神様の話でしょ!」
「紫藤家は海神の直系だから、そんなに変わらないね。千花、そんな俺ごと受け止めて。君に悪いようにはしないよ、絶対に」

 千花は隼人の説得を早々に諦めた。
 この人は優しいけれど、強引なのだともう知っている。
 彼と一緒に後部座席に座ると、行き先は告げてあったのか車はすぐに動き出す。
 しばらくすると見えてきたのは、千花が長年働いてた本社ビル。しかし様子がおかしい。ビルの前には見慣れた男と彼女の姿があり、なにか喚いているようだった。