「結婚するなら、泣かさないでほしい」
「嬉し泣きもあるよ」
「そうね……次に泣くのは、嬉し泣きがいい」

 いつの間にか寝入ってしまった千花が起きると、目の前に端整な顔があった。
 布団に寝かされていて、隣には隼人が寝ている。外は明るい。いつの間にか朝になっていたらしい。
 まさか、と布団を捲って服を見ると、昨日と変わっていなかった。ほっとするような残念なような気持ちがして、頬が熱くなる。

「千花? 起きた?」

 まだ夢うつつなのか。隼人は薄く目を開けて言った。
 布団の中で抱き締められると、彼の胸の音が触れあった部分から伝わってきて、隼人の匂いと体温にドキドキしてしまう。

「起きた……けど、なんで一緒に寝てるの?」
「千花が離してくれなかったから」

 意味ありげに笑われて彼の視線の先を見ると、千花の手はぎゅうっと隼人のシャツを掴んでいた。

「ご、ごめんっ」
「謝ることないでしょう。これから夫婦になるんだし。いくらでも抱きついていいよ」

 額に彼の唇が触れて、さらに動揺する。

「そこまでしていいって言ってないわ」
「あぁ、ごめん。急ぎすぎた。そろそろ起きようか。お腹空いたでしょ」
「うん」

 千花が寝ていたのは隼人の部屋だったようだ。まるでワンルームのような作りで、キッチンやバスルーム、トイレもあり、非常に広い。
 隼人は備え付けの冷蔵庫を開けて、迷ったように首を捻った。それを見て、千花もキッチンに立った。

「お礼……にもならないけど、私が作るわ。材料何があるの? あ、けっこう揃ってるね。なんでもできそう」

 さすが紫藤家。料理人がいるだろうに、隼人の部屋のキッチンも充実していた。もしかしたら隼人自身も料理をするのかもしれない。

「俺も一緒に作るよ」
「紫藤さんって料理するの? いつもご飯ここで作って食べてる?」

 千花が聞くと、隼人は決まりが悪そうに目を逸らして、頬を赤らめた。