第四章 そんなに私が邪魔ですか?
それから一ヶ月。
隼人からのアプローチは相変わらずだが、それなりに穏やかな日々を取り戻していた。
千花がいつもの通り仕事を終えてマンションに帰ると、玄関先に知らない女性用の靴が置かれていた。
(なにこれ……まさか空き巣?)
乱暴に脱ぎ捨てられたハイヒールはピンク色で、大きなリボンがついていた。千花のものではないし、千花は揃えもせずに靴を脱がない。
いったい誰の、という疑問はすぐに解けた。
希美が、勝手知ったる様子でリビングから顔を出したのだ。
「あ、帰ってきたんだ」
「なんで、あなたがここに?」
「え、だってここって基紀のマンションだし。なんでいちゃいけないの?」
意味がわからなかった。玄関先で立っているわけにもいかず、靴を脱ぎ廊下を進むと、すぐに違和感に気づく。
「なに、これ」
入ってすぐにあるキッチンにもダイニングにも、基紀と一緒に買った家具がいっさいなかった。
グレーの冷蔵庫が置いてあった場所には真っ赤な冷蔵庫が置かれ、革張りのソファーは貝殻の形をしたショッキングピンクのソファーとスツールに変わっている。
紫の食器棚、派手ながらのカーペットが敷かれており、模様替えというレベルではない。
「あ~前のはダサかったから、全部捨てちゃった。これから私ここに住もうと思ってるの。基紀もいいって言ってくれたから。あなたは邪魔だから出ていってくれる?」
「なにを言ってるの? ここは私の部屋よ!」
「え、あなたこそなにを言ってるの? この部屋を買ったのは基紀だよ。ローンを払ってたのも彼。どうしてあなたにあげなきゃいけないの?」
「そっちの都合で離婚したからでしょう!」
「だって、私は彼の番だもん。仕方がないじゃない」
「夫を奪っておいて、番だからで許されると思ってるの!?」
千花は怒りで荒れ狂う気持ちをなんとか抑え、肩で息をする。希美は、すべて〝番だから〟で許されると思っているのか。
このとき、初めて隼人が言っていた意味がわかった。
──本能だとしても、もしも自分の番がまったく許容できないような人間だったらどうするべきか。
隼人は、自分の番が希美のような人間だった場合を考えていたのだ。本能として相手を欲する気持ちはあっても、家のために受け入れるわけにはいかない。彼が千花を求めてくれたのは、番であるという以上に千花の人間性を認めてくれたからだ。
「許されるよ。だって運命の番だもの。元妻だからって、いつまでも基紀の周りにいられるのは迷惑なの。早く出ていってよ!」
希美は、ソファーに置かれていたクッションを千花に向かって投げた。身体にぼすんとあたって床に落ちた。
出ていってと言われるまでもなく出ていくつもりだ。玄関を出て、エレベーターから降りると力が抜けたようにしゃがみ込んでしまう。
それから一ヶ月。
隼人からのアプローチは相変わらずだが、それなりに穏やかな日々を取り戻していた。
千花がいつもの通り仕事を終えてマンションに帰ると、玄関先に知らない女性用の靴が置かれていた。
(なにこれ……まさか空き巣?)
乱暴に脱ぎ捨てられたハイヒールはピンク色で、大きなリボンがついていた。千花のものではないし、千花は揃えもせずに靴を脱がない。
いったい誰の、という疑問はすぐに解けた。
希美が、勝手知ったる様子でリビングから顔を出したのだ。
「あ、帰ってきたんだ」
「なんで、あなたがここに?」
「え、だってここって基紀のマンションだし。なんでいちゃいけないの?」
意味がわからなかった。玄関先で立っているわけにもいかず、靴を脱ぎ廊下を進むと、すぐに違和感に気づく。
「なに、これ」
入ってすぐにあるキッチンにもダイニングにも、基紀と一緒に買った家具がいっさいなかった。
グレーの冷蔵庫が置いてあった場所には真っ赤な冷蔵庫が置かれ、革張りのソファーは貝殻の形をしたショッキングピンクのソファーとスツールに変わっている。
紫の食器棚、派手ながらのカーペットが敷かれており、模様替えというレベルではない。
「あ~前のはダサかったから、全部捨てちゃった。これから私ここに住もうと思ってるの。基紀もいいって言ってくれたから。あなたは邪魔だから出ていってくれる?」
「なにを言ってるの? ここは私の部屋よ!」
「え、あなたこそなにを言ってるの? この部屋を買ったのは基紀だよ。ローンを払ってたのも彼。どうしてあなたにあげなきゃいけないの?」
「そっちの都合で離婚したからでしょう!」
「だって、私は彼の番だもん。仕方がないじゃない」
「夫を奪っておいて、番だからで許されると思ってるの!?」
千花は怒りで荒れ狂う気持ちをなんとか抑え、肩で息をする。希美は、すべて〝番だから〟で許されると思っているのか。
このとき、初めて隼人が言っていた意味がわかった。
──本能だとしても、もしも自分の番がまったく許容できないような人間だったらどうするべきか。
隼人は、自分の番が希美のような人間だった場合を考えていたのだ。本能として相手を欲する気持ちはあっても、家のために受け入れるわけにはいかない。彼が千花を求めてくれたのは、番であるという以上に千花の人間性を認めてくれたからだ。
「許されるよ。だって運命の番だもの。元妻だからって、いつまでも基紀の周りにいられるのは迷惑なの。早く出ていってよ!」
希美は、ソファーに置かれていたクッションを千花に向かって投げた。身体にぼすんとあたって床に落ちた。
出ていってと言われるまでもなく出ていくつもりだ。玄関を出て、エレベーターから降りると力が抜けたようにしゃがみ込んでしまう。