第三章 君と恋愛がしたい

 あれから一ヶ月。
 隼人は本当に毎日エステの予約を取り、千花に会いに来た。
 施術中、黙っているわけにもいかず、話しかけられれば答えるしかない。

「千花は、長くこの店で働いてるの?」

 隼人に聞かれて、この店に異動した経緯を思い出し、ぐっと言葉に詰まる。離婚したことは隼人に話したが、希美からの嫌がらせについては話していない。

「どうかした?」
「いえ……長くはないです。まだ一ヶ月経たないくらいで」
「そっか。ここに思い入れがあるなら別だけど、うちの化粧品会社でもエステ併設型の店舗があるんだ。千花さえよければヘッドハンティングしたいな」

 紫藤グループが経営する化粧品会社と言えば、SDホールディングスじゃないか。
 SDの主力ブランドであるピュアリティシリーズは、化粧品ブランドにおいて国内トップシェアを誇っている。エステティシャンにとって、SDホールディングスが展開するSDビューティーで働けるなんて夢のまた夢である。

「本気で言ってます? 私はしがない普通のエステティシャンですよ」
「もちろん本気だよ。俺の専属になってくれればいつでも一緒にいられるからね。ここは元夫の職場なんだろう? いやじゃない?」
「調べたんですか?」
「うん、ごめんね」

 まったく悪いと思っている様子のない口調で謝罪をされても、響いてこないのだが。紫藤家の人間ならば、千花について調べるのなんて朝飯前だろう。
 長くこの店で働いているのかと彼は聞いたが、基紀について知っているのなら、それについても調べているはずだ。

「いいですけど。調べないでくださいって言っても、調べるんでしょうし」
「でも、君の心までは調べられないよ」

 頭に触れている手をぴたりと止めると、隼人は瞑っていた目を開けて、真っ直ぐに千花を見た。その顔が思いのほか真剣で胸が早鐘を打つ。

「心って」
「どういう気持ちで、この店で働き続けているのか。君が過去に交際したのは真田基紀だけだ。元夫と顔を合わせて、傷つかないはずがない」
「……そうですね」

 基紀にも希美にもしばらく顔を合わせていないから、あれ以上傷を抉られずに済んでいるが、千花の心の傷は深い。離婚したときに辞めてしまえばよかったのだが、あのときはまだ就職活動ができるような心境ではなかった。