「でも、会ったばかりじゃない。私のこと、なにも知らないでしょう! 番だなんて言って、どうしてそれを信じられるって言うの!」
胸の中にある苦しさが溢れてくる。
八年も一緒に過ごし、なにもかもを知っていた男はあっさりと千花を裏切った。誰よりも信じていたのに、番という言葉一つで信頼は砕け散った。
この男は、千花をなにも知らない。千花がなにをしてもその愛は変わらないと言うのか。もし千花が犯罪を起こすような人間だったらどうするのだろう。それでも愛を囁けるのか。
「だから知りたいと思う。それに君に無理強いをするつもりはないよ。ほかにも当主になる可能性のある親族はいるんだ。どうしても俺を受け入れられなかったら、ほかの親族がなんとかする。でも、できれば……千花には俺を好きになってほしいし、俺と結婚してほしいと思っている」
「当主になりたいから?」
千花が聞くと、隼人は首を緩く振った。
「違う、と言っても信じられないだろうね。本能で君を求めてしまっている部分はたしかにあると思う。でも、千花……君だから、結婚したいとも思う」
彼は真っ直ぐに千花を見つめてそう言った。
今日会ったばかりの相手にどうしてそこまで熱烈に感情をぶつけられるのか、千花にはわからない。
それが番というものだとしたら、もしも彼に交際している女性がいたら、その人は千花と同じ苦しみを味わうことになるではないか。
「無理。私、もう二度と誰とも結婚しないって決めたの。第一、私ついこの間、夫と別れたばかりなのよ?」
「夫が……いたんだね」
隼人は眉根を寄せて、不快な感情を押し殺そうとしているように見えた。彼の纏う赤色の中に黒が混じる。黒は悪意。悪意の中には嫉妬や妬みといった感情も含まれている。
彼は耐えるように深い呼吸を繰り返し、やがて元通りの穏やかな顔で千花を見つめた。
「すまない。俺は器が小さいな。千花が誰かと結婚していたと聞いただけでこんなにも動揺してしまうんだから。それで、別れた原因を聞いてもいい?」
「べつに隠すようなことじゃないから」
千花は、夫が〝運命の番〟と出会ったという話をした。隼人はそれを黙って聞いていたが、納得がいかなかったのか、その相手が本当に運命の番なのかと尋ねる。
「私には、元夫の話が本当なのかうそなのか判断はつかない。でも、夫の気持ちがもう私にないのはすぐにわかったの。八年も一緒にいたの。運命の番なんて知らないわ。私にとっては基紀だけが、運命の人だった。信頼していた人に裏切られて、なにを信じていいかわからなくなったの。それがもう恋なんてしないって理由」
「そうだったのか。すまない、辛いことを話させた」
「私が話をするってここに来たんだもの。べつにいいわ」
心の傷はそう簡単に消えなくとも、時間が解決してくれることを願う。仕事を辞めて、彼らと顔を合わせなくなれば、きっといずれ忘れられるだろう。
「暮らしに不自由はしていない?」
「してないわ。慰謝料としてマンションをもらったから」
千花が笑って言うと、隼人は安心したような顔をした。
自分が笑えるのが不思議だった。あれほどに傷ついていたのに、隼人の話があまりに現実離れしていたからかもしれない。
隼人の話をすべて信じることはできないが、まったくのうそだとも思えなくなっていた。
彼の手を取るつもりはない。
それでも、エステに来店したときは誠心誠意、対応しようと思うくらいには、千花の中に隼人への好意が芽生えていた。
胸の中にある苦しさが溢れてくる。
八年も一緒に過ごし、なにもかもを知っていた男はあっさりと千花を裏切った。誰よりも信じていたのに、番という言葉一つで信頼は砕け散った。
この男は、千花をなにも知らない。千花がなにをしてもその愛は変わらないと言うのか。もし千花が犯罪を起こすような人間だったらどうするのだろう。それでも愛を囁けるのか。
「だから知りたいと思う。それに君に無理強いをするつもりはないよ。ほかにも当主になる可能性のある親族はいるんだ。どうしても俺を受け入れられなかったら、ほかの親族がなんとかする。でも、できれば……千花には俺を好きになってほしいし、俺と結婚してほしいと思っている」
「当主になりたいから?」
千花が聞くと、隼人は首を緩く振った。
「違う、と言っても信じられないだろうね。本能で君を求めてしまっている部分はたしかにあると思う。でも、千花……君だから、結婚したいとも思う」
彼は真っ直ぐに千花を見つめてそう言った。
今日会ったばかりの相手にどうしてそこまで熱烈に感情をぶつけられるのか、千花にはわからない。
それが番というものだとしたら、もしも彼に交際している女性がいたら、その人は千花と同じ苦しみを味わうことになるではないか。
「無理。私、もう二度と誰とも結婚しないって決めたの。第一、私ついこの間、夫と別れたばかりなのよ?」
「夫が……いたんだね」
隼人は眉根を寄せて、不快な感情を押し殺そうとしているように見えた。彼の纏う赤色の中に黒が混じる。黒は悪意。悪意の中には嫉妬や妬みといった感情も含まれている。
彼は耐えるように深い呼吸を繰り返し、やがて元通りの穏やかな顔で千花を見つめた。
「すまない。俺は器が小さいな。千花が誰かと結婚していたと聞いただけでこんなにも動揺してしまうんだから。それで、別れた原因を聞いてもいい?」
「べつに隠すようなことじゃないから」
千花は、夫が〝運命の番〟と出会ったという話をした。隼人はそれを黙って聞いていたが、納得がいかなかったのか、その相手が本当に運命の番なのかと尋ねる。
「私には、元夫の話が本当なのかうそなのか判断はつかない。でも、夫の気持ちがもう私にないのはすぐにわかったの。八年も一緒にいたの。運命の番なんて知らないわ。私にとっては基紀だけが、運命の人だった。信頼していた人に裏切られて、なにを信じていいかわからなくなったの。それがもう恋なんてしないって理由」
「そうだったのか。すまない、辛いことを話させた」
「私が話をするってここに来たんだもの。べつにいいわ」
心の傷はそう簡単に消えなくとも、時間が解決してくれることを願う。仕事を辞めて、彼らと顔を合わせなくなれば、きっといずれ忘れられるだろう。
「暮らしに不自由はしていない?」
「してないわ。慰謝料としてマンションをもらったから」
千花が笑って言うと、隼人は安心したような顔をした。
自分が笑えるのが不思議だった。あれほどに傷ついていたのに、隼人の話があまりに現実離れしていたからかもしれない。
隼人の話をすべて信じることはできないが、まったくのうそだとも思えなくなっていた。
彼の手を取るつもりはない。
それでも、エステに来店したときは誠心誠意、対応しようと思うくらいには、千花の中に隼人への好意が芽生えていた。