「おかえりなさいませ」
「ただいま」
彼は千花に接しているのと同じように優しげに笑って言った。相当なお金持ちのようだが、誰に対しても尊大な態度は取らないらしい。
「お客様でいらっしゃいますか?」
「あぁ、応接室で話をするから用意を頼むよ」
隼人が言うと、女性の一人が「かしこまりました」と答えて、急いでどこかに行く。
「……お邪魔します」
この人はいったいなんなのだろうか。自分のような女を番だなんて言わなくとも、好きなだけ女性が寄ってくるだろう。
金に困っている様子はまったくない。ならば結婚詐欺の線は消える。だとしたら、本当に番だとでも。そんなわけがない、と千花は信じたくない心地で首を振った。
「どうしたの。おいで」
さりげなく手を差しだされるが、今度ははっきりと断った。
「大丈夫です。手を繋ぐ理由がないので」
「俺が千花と手を繋ぎたかっただけだ」
隼人が言うと、周囲で空気に徹していた女性たちが息を呑んだ。けれど、誰もなにも口を挟まない。彼女らはおそらくこの家の使用人なのだろう。
「私はあなたの言うことを信じてない。断る権利はあるでしょう?」
「あぁ、その通りだよ。君には断る権利がある」
「私は、話を聞きに来ただけです」
「そうだね」
千花の胸がずきりと疼く。隼人の纏う色が青に変化したのだ。青は悲しみの色。彼の纏う赤色と交じり、斑の紫のような模様を描いている。
傷つけてしまったのは自覚しているが、今日会ったばかりの相手と突然結婚などできるはずがないではないか。
応接室に通されて、そこでも千花はその豪華さにぽかんと口を開けることになる。
千花の思う応接室は六十畳もありそうな洋室だったりしないし、一面のはめ込みガラスから庭を眺められたりしない。それに次から次へと料理が並べられたりもしない。
「なにが好き? 好みがわからないから、とりあえず全部持ってこさせるけど、食べられるのだけ食べて」
「なにが好きって、こんなに食べられるわけがないです」
「残していいよ」
「えぇ、もったいな……」
「次に来るときは、好きなものを用意しておくから」
「次なんて、ありません」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない」
テーブルの向かいに座った隼人はそう言って、どうぞと手を差しだした。
毒が入っていると言うことはないだろうが、なにか怪しげな薬でも盛られて、既成事実を作られるのも困る。
空腹ではあったものの食べるのをためらっていると、隼人が向かいから手を伸ばし、千花の皿からいくつか摘まんだ。
「ただいま」
彼は千花に接しているのと同じように優しげに笑って言った。相当なお金持ちのようだが、誰に対しても尊大な態度は取らないらしい。
「お客様でいらっしゃいますか?」
「あぁ、応接室で話をするから用意を頼むよ」
隼人が言うと、女性の一人が「かしこまりました」と答えて、急いでどこかに行く。
「……お邪魔します」
この人はいったいなんなのだろうか。自分のような女を番だなんて言わなくとも、好きなだけ女性が寄ってくるだろう。
金に困っている様子はまったくない。ならば結婚詐欺の線は消える。だとしたら、本当に番だとでも。そんなわけがない、と千花は信じたくない心地で首を振った。
「どうしたの。おいで」
さりげなく手を差しだされるが、今度ははっきりと断った。
「大丈夫です。手を繋ぐ理由がないので」
「俺が千花と手を繋ぎたかっただけだ」
隼人が言うと、周囲で空気に徹していた女性たちが息を呑んだ。けれど、誰もなにも口を挟まない。彼女らはおそらくこの家の使用人なのだろう。
「私はあなたの言うことを信じてない。断る権利はあるでしょう?」
「あぁ、その通りだよ。君には断る権利がある」
「私は、話を聞きに来ただけです」
「そうだね」
千花の胸がずきりと疼く。隼人の纏う色が青に変化したのだ。青は悲しみの色。彼の纏う赤色と交じり、斑の紫のような模様を描いている。
傷つけてしまったのは自覚しているが、今日会ったばかりの相手と突然結婚などできるはずがないではないか。
応接室に通されて、そこでも千花はその豪華さにぽかんと口を開けることになる。
千花の思う応接室は六十畳もありそうな洋室だったりしないし、一面のはめ込みガラスから庭を眺められたりしない。それに次から次へと料理が並べられたりもしない。
「なにが好き? 好みがわからないから、とりあえず全部持ってこさせるけど、食べられるのだけ食べて」
「なにが好きって、こんなに食べられるわけがないです」
「残していいよ」
「えぇ、もったいな……」
「次に来るときは、好きなものを用意しておくから」
「次なんて、ありません」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない」
テーブルの向かいに座った隼人はそう言って、どうぞと手を差しだした。
毒が入っていると言うことはないだろうが、なにか怪しげな薬でも盛られて、既成事実を作られるのも困る。
空腹ではあったものの食べるのをためらっていると、隼人が向かいから手を伸ばし、千花の皿からいくつか摘まんだ。