夏休みも最終日に近い。
 そうだ、今日は桜と花火祭りに行くのだ!やったね!
 意気揚々とベッドから起き上がる。
 昼間に起きた僕は、スマホを開きLINEを見る。
 桜から連絡が来ていた。
『浴衣で行くから、浴衣できて!』
 文面から想像できる彼女の表情。
 もちろんさ。なんてったって浴衣を買っているのでね。
 いい浴衣があってよかった!
 テンションの高さがバレないように母の前では普通の顔をする。
「今日、デートでしょ?」
 リビングに顔を出すと母はあっけらかんと言う。
「……」
 え?母に言ったっけ?
「いやいや、何言っちゃってんの?誰がデートなんか行くんだよ。桜に花火祭り行こって誘われただけさ」
「二人で?」
「え、ま、まぁ?二人だけど、でも、デートではない」
 キッパリと否定する。勘違いは良くないですよ、母さん。
「二人で花火祭りなんて高校生で行かないわよ。デートじゃない限り」
 いや、まぁね?僕もデートのお誘いだとは思ったけどさ。
「そう言うこと言っていると、桜に嫌われるよ?」
「デートじゃないなら、一線は越えないでね」
 話を逸らすな。それと、何を言い出すんだ。
 僕と桜が一線を越えるだって?
 ……。
「め、飯は?」
 母が、話を逸らすなら僕だって逸らしていいじゃないか。というかそういう話を母にされるのは御免だ。まるでそういう人みたいじゃないか。
 呆れられているような気がするが、無視した。
 そして、スマホを開く。桜から連絡が来てないか気になる。
「そんなに気になるなら、連絡したら?」
「馬鹿なこと言うなよ!」
 脊髄反射で反論する。
「5時から屋台はやってるんじゃないの?」
 時刻は2時。ここから会場までは30分かかる。
 少し早く会うのもいいけど、まだ髪をセットしていない。浴衣も着てない。
 一時間が経った頃、準備に取り掛かる。
 とはいえ、セットは20分もあれば大抵いい感じになるし、男性の浴衣なんて難しいことしないからすぐに終わる。
 暇だ。
 さっきからスマホばかり見てしまっているが、会った時にいつも通り対応できるだろうか。
 自分の気持ちを知っているからこそ隠すのに必死で、彼女はそんな僕の気持ちを知らないだろうからずるいのだ。
 僕の気持ちに気づかず、花火祭りを誘うだなんて。そうだよ、やっぱ一線越えたらどうするつもりなんだよ。
 桜がそれで嫌な気持ちになったり、友達だと思ってたとか言われたら余裕で死ねる。てか、死ぬ。
 この時間は、気持ちを落ち着かせるために使おう。
 準備も終わっているのだから、あとはそこに精神を使う。
 しかし、突然部屋の扉が開いた。
「葉!おはよ!」
 それは、桜だった。
 それはそれは綺麗な浴衣姿が僕の心臓を突き破る。呼吸ができない。可愛い。
「どう?似合ってるかな?」
 ちょっと恥ずかしそうな照れているような表情。彼女の目を合わせることができない。
「……に、似合ってるよ」
「なんか似合ってないみたいな言い方」
「違うよ、似合ってるし、かわいいよ」
「そうかな。嬉しい」
 ニコッと笑う彼女に僕はもう気絶しそうだった。
 もはや、アイドル。推せるし、てか、推す。
「ちょっと早く来ちゃったから行こうよ」
 有無言わせず僕の手を握り、引っ張る彼女。
 ドキドキしている。
 最寄りのバスに乗り、花火祭りの会場に向かう。
「花火祭りに向かう人、意外といるね」
 都会でもない、ただの田舎だけど。田舎すぎないせいで、人はいる。
 みんな気分が浮かれているのか。僕と一緒じゃないか。
 窓側の席に座る彼女は僕を上目遣いで見ている。どうして、手を握りっぱなしなのか聞きたいがそんなことをしてしまうと離してしまいそうで言えなかった。てか、言いたくないね。この状況がいいんじゃないか。
昔もこんな感じだったな。
「僕らも似たようなもんだな」
「確かに。ねぇ、あそこ野良猫がいるよ!」
 窓の外には、塀に乗った猫が毛繕いをしていた。
「かわいいー」
 猫よりも君のほうが可愛いさなんて気持ち悪い事言えば、いつもの僕じゃないと疑われて好きバレする可能性があるのでやめた。代わりに、共感しておいた。
 会場についても手は繋がったままだった。
 このまま付き合っているという疑似体験を続けるのもアリかもしれない。
 僕も彼氏みたいに何か先導してみるのもありだろう。だけど。
「金魚掬いがある!」
 と、彼女に手を引っ張られ先導される。
 男らしくないぞ!どうした、僕!
 しかし、そんな彼女の笑顔を見ているとやっぱり可愛い。されるがままに向かう。
 ポイを使って掬おうとするが、中々掬えない彼女は膨れっ面になって僕にポイを手渡した。
「やって」
 短く言うとバシバシと肩を叩いてくる。
 わかったわかったと挑戦してみるが、思ったよりも難しい。
 もう一回お金をかけてみるがそれでも難しい。他の客も全く取れていない。
 桜は四苦八苦する僕に見飽きたのか次は射的をやりたいと言い出す。
 かっこいいところさえ見せられないなんて情けない。
 銃を構える彼女は、なんだかカッコいい。だけど、的には当たらなかった。
 回数、全部やるけど全部外していた。
「意味わかんない!」
「軸がブレてんじゃね?」
「やれ!」
 金魚掬いより言葉がキツくなっている彼女はやっぱり可愛いのではないだろうか。まずいな、これ桜が何しても可愛いって言うやつじゃんな?ダメだろそれ。
「はいよ」
 金を払って、銃を構える。
 得意ってわけじゃないけど、彼女の前ではカッコつけたい。金魚掬いの時のようには行かない。
 彼女が好きそうなあの奥のクマのぬいぐるみを狙う。さっき狙って外していたあれだ。
 一発目は外してしまったが、二発目は当たりもう一回狙うと今度は倒れた。
 景品ゲットというわけで、彼女にそれを渡す。
「え!?いいの!?」
「いいよ。持ってても置く場所ないし」
 桜に渡したくて取ったのだからいいのだ。
「私の部屋より綺麗なのに」
「……」
 確かに汚い。
「ちょっと!」
 バシッと叩く彼女に、笑ってしまった。
「嬉しい、大事にする」
 ギュッと抱きしめる彼女を写真に収めた。
 シャッター音に気づいた彼女はサービス精神が旺盛なのかカメラ目線でポーズをとった。
 それも写真に収めると今度は焼きそばを食べたいと言い出す。
 振り回されてばかりなのに居心地がいい。そうだ、こういう生活もいいじゃないか。
 こうやって何かの行事やイベントに彼女と行く。
 そんな生活もありではないだろうか。
 花火祭りの次のでかい行事といえば体育祭だ。その体育祭のリレーで応援してくれたら。
 クリスマスのイルミネーションを見て綺麗だって笑みを隣で浮かべてくれていたら。
 正月に神社で参拝して同じ御守りを購入したり。
 妄想は膨らむばかり。隣にいてほしい桜の姿。
 きっとそういう生活も楽しいんだろうな。
「はい!ぬいぐるみのお礼!」
 焼きそばの青のりありの方を僕に渡した彼女。青のりがない方を選んだのはどうしてだろうか不思議だ。青のりがある方が美味しいだろうに。
「え、お金くらい返すよ」
「お礼だから!大丈夫!」
 その屈託のない笑顔に純すいな瞳に思わず見惚れてしまう。
「ありがと。嬉しいよ」
 彼女の気持ちを尊重した。
 立ちながら食べるのも気がひけるので近くにあるベンチに二人で座って食べる。
「あーん、してあげようか?」
「……」
 焼きそばを咀嚼していた口が止まる。
 この人は何を言ったんだと顔を向ける。
 いたずらっ子のような何かを企むような笑みを浮かべ、僕の持つ箸を取ろうとする彼女に首を横に振った。
 口の中にある焼きそばを飲み込んで、喉の奥で詰まりそうで胸を叩く。
 落ち着くと箸を置いた。
「何を言ってるんだ。さ、さっきから変じゃないか?」
 自分の気持ちに気づかれたくなくて攻撃的なこと言ってしまった。
「そんなことないよ」
「い、いや」
「嫌だった?」
「そんなことはないけど」
「だったらいいじゃん。ちょっと前までよくやってたでしょ?手を握ることも、あーんすることも」
 それは、小学生くらいまでのことじゃないか。
 今それをやったら、勘違いするだろ……。あぁ、もしかして片想いなのかな。彼女を好きな臆病者はいつまでもたった二文字を言えずにいる。
「もしかして、気にしてた?」
「ううん。そんなこと……なんでもない」
 桜が僕の顔を覗くので、そんな気持ちに蓋をした。
 なんでもないよ、本当に。君が好きなんて、一度だって言えないよ。
 昔とは違う。好きの意味が違う。ただの友達にわざわざ好きなんて言わない。異性なら尚更言えるわけがない。
 居心地が悪くて、飲み物を買ってくると言って彼女から離れた。ラムネが欲しいというのでそれを買いに行く。
 自分の気持ちを伝えるなんて難しい。
 その先のことを考えてしまって言うに言えない。
 どうして、こんなに臆病になってしまうんだろう。
 言えない気持ちを隠したままいつまでもいられるわけがないのに。
 もしこの先、桂みたいにまた告白する人が出てきたらどうする?今度は付き合うかもしれない。
 思えば、桂に気持ちは伝えたほうがいいだなんてどうして言えたんだろう。
 南沢もいたあの環境だからだろうか。ずるいな。
 どうして告白を良しとしてしまったんだろう。
 嘘でもついて桜はやめとけって言えばよかった。
 桂が告白したと聞いた時、僕は素直に頑張ったなと言えなかった。
 だけど、かっこいいと思えた。奥手で告白待ちするようなあいつが自分の気持ちを伝えたんだ。あの二文字を伝えたんだ。
 嫉妬した。負けた。
 桜は、桂を振ったみたいだけどそれでももう負けたんだ。
 今日、気持ちを伝えないとだめだ。当たって砕けなきゃ。
 桂に負けたまま終われない。でも。
「僕は、それでいいんだろうか」
 こぼれた本音は、誰かが拾ってくれるわけもない。
 やりたいことがある。役者になりたい。
 だから、劇団に入った。演技をやってる。
 この先の彼女との付き合いが、恋愛感情が、目標の邪魔になるならするべきじゃない。
 劇団に入っていることさえ伝えていない僕がどうしてあの二文字が言えると思うんだ。
 もし、いまさら僕が彼女に目標があってとか劇団に入っていてなんて言ったら、彼女はどう思うんだろう。
 すぐに伝えてくれなかった僕に信じてもらえなかった悲しさを吐露するだろうか。
 そうだと思う。しかし、伝えてくれて嬉しいと喜んでくれる彼女の姿も思い浮かぶ。それは、理想だろうか。
 彼女へ理想を押し付けたらそれはもう彼女の気持ちを否定したことになる。
 最低で最悪な幼馴染だな。
「お兄ちゃん、金額が間違ってるよ」
 二本分の料金を出したつもりが二十円足りなかった。
「あ、すみません」
「彼女さんに渡すのかい?」とおじさんがいう。
 怒られるどころか勘違いした質問が来て一瞬躊躇う。彼女じゃない。
「いえ、女友達です」
「そうかい。ほれ、一番冷たいのを二本やるよ」
 機嫌のいいおじさんだ。気分がいいのか楽しそうだ。一番が二品あるって謎だけど。
 僕が、今日気持ちを伝えれば桜とは彼女になるかもしれないけど、きっとそうはいかない。
 これが夢なら覚めて欲しいところだ。
 お礼を言うと僕は彼女の元へ向かう。
 彼女のいるベンチが見えると足を止めた。躊躇っているんだ。
 今日、伝えられるだろうか……。
 いつも通りの自分のまま話しかけられるだろうか。
 クマのぬいぐるみを撫でながら待っている。
 焼きそばの入っていたプラは捨ててくれたのかベンチにはなかった。
 そんなこと考えてないで、早く渡してあげないと。
 顔をあげた彼女は僕を見つけると立ち上がって小走りに寄ってくる。
 立ち尽くしていた僕なんかに疑問を抱いているだろうに何も聞いてくることはなかった。代わりに。
「ラムネ、ありがとね」
 蓋を押し込み開けるとラムネ同士を軽く当ててカンと音を鳴らす。
 切り替えろ。桜を不安にさせてどうする。
「乾杯」
 蓋を押し込み開けて一緒に飲む。
 美味しいはずなのに、緊張しているせいか味がしない。
 普段なら苦しくない炭酸が苦しくて、一番冷たいはずのラムネが緩く感じて、僕はそれを気温のせいにした。
「美味しいね!」
「そうだね」
 美味しさを全く感じ取れていないくせに。
 心なしかラムネの冷たさが痛くて、こんな自分を責められている気さえした。
 それが声に含まれてしまったのか彼女は心配そうに見つめている。素直に見やることができなかった。
 スマホを見て時間を確認する。思っているよりも時間は経過していたみたいで、話を逸らすことにした。
「花火も始まりそうだし、場所とっておこうよ」
「……そうだね」
 不安にさせてしまっていると感じ取るには十分な間があった。
 だけど、考えないように先を歩く。
 不自然だし、勘違いされるかもしれない。
 それでも今は自己嫌悪から逃げたかった。
 嫌になる前に。
 場所をとった後で彼女は写真を撮ろうといった。
 適当にポーズを取るとシャッター音が鳴る。
 この姿をクラスの人や部員が見ていたら恋人だと勘違いするかもしれない。付き合っていると勘違いするかもしれない。
 同じポーズで撮ろうと言う彼女。
 彼女の手を見て真似る。
 シャッターが鳴ると同時、花火の音が聞こえた。
 写真にはその花火が開花する少し前が映っていた。
「惜しかったね」
 と、笑う彼女。そうだねと小さく返す頃には花火に夢中で綺麗……と溢していた。
 花火に照らされた横顔に見惚れてしまいそうで、自分の気持ちを再確認してしまいそうですぐに花火へと視線を逸らす。
 気持ちまで逸らせなかった僕は、花火の音が連続で鳴り始めたと言うのに小さく聞こえて仕方がない。
 それ以上にうるさい心臓の鼓動。
 眩く光を放っては消えていく儚さ。
 もしも僕がここで告白したなら。
 もしも僕がここで夢があるんだと言ったなら。
 どんなふうに分岐していくんだろう。
 彼女は夢を応援してくれたとして、きっと恋人になることはないのではないだろうか。
 告白しても恋人になるかどうかなんてわからないのに。
 そもそも好きじゃないだろうに。
 友達だと思ってたって言われたらどうするよ?花火の音に紛れて泣いちゃうぜ?
 だけど、気持ちは一つだけ。
 煌びやかに光る花火が何千と消え、どでかい花火が打ち上がりそうな今。

「好きだ」

 彼女の横顔を見て本当の気持ちを優先させた。
 最初からこれでいいじゃないか。これが良かったと思うんだ。
 どでかい花火の音が後を散る。
 チラチラとまばらに帰り始める客の雑踏の中で、僕らだけがその場にいる。
 聞こえていなかっただろうか。それとも聞こえないふりをしているのだろうか。
 恋を優先させた僕なんか僕であるのだろうか。
 僕が僕であるかどうか。
 なんだよ……、それでは僕が僕ではないみたいじゃないか……。
 視界が霧の如く霞んでいく。
 彼女が口を開いたような気がするのに、その声は聞こえない。
 冷えたラムネで手が冷たくなっていたはずなのに今は暖かい。どうして?
 もう夢も終わりだろうか。
 ……あぁ、そうだ。夢の中に僕はいるんだ。
「死神……、夢は終わりか……?」
 後ろから足音が聞こえる彼が死神だと思って尋ねた。
「君が気づいてしまったからね」
 間違いではなかった。だけど。
「もう少し夢を見ていたかった」
「時間切れだ」
「恋心を優先させたこと、後悔しているのかい?」
 いつの間にか目の前にいた彼はそう言っている。
 図星だ。
「僕は、自分の将来を優先させた」
 だから、きっと今も夢の中にいるんだ。
「これまでいろんな夢を見てきた。けどさ、変わらず夢を叶えたいと願ってる。おかしいよな。見ている夢はずっと桜との日常なのに」
 まるで自分の選択を後悔して自分自身を責めているみたいだ。
 それどころか夢を見ていて楽しかったのは彼女との日々ばかり。
 桜が隣で笑っている、ただそれだけが楽しくて仕方がない。
 2年生になってからずっと彼女を避けている。
 今この手があったかいのはどうしてなのかわかる気がする。桜が僕の病室でベッドで横たわっているその手を握っているんじゃないだろうか。なんて都合がいいよなぁ。
 距離を置いてそれからずっとその空いた溝を埋めずにここまできたのに。
 好きでもない人を、それどころか距離を置くような人にそんなことしないでしょうよ。
 ただの友達だとしても高校生にもなればできることとできないことの区別くらいつく。客観的に見ることだってできる。
「僕は、自分の意志が弱い。なりたいものがあるのにさ……。演技も下手くそで。南沢が言ってくれたこと実践したら、自分が誰なのかわからなくなっていく。最悪だよ。気がおかしくなって、距離を置いていた僕の元に桜はきて、怒鳴って部屋から追い出して、最低だろ……?」
こんな自分桜に見られたくなかった。
 死神なら責めてくれるかと期待したけど、言葉は返ってこなかった。
 それどころか頷くだけ。
「間違っていたのは僕だよ。どんな理由であれ正しくなかった。好きな人にするべき行動じゃなかった。好きな人を疑った」
 あの言葉を聞いて、自分がもし夢があるとか目標があると言ったら彼女と距離ができてしまいそうで取り繕い嘘を言いそうでそれが何より嫌だった。本当のことを伝えないまま逃げた。
 心のどこかで拒絶したのかもしれない。
 それはきっと彼女に僕の理想を押し付けて見ていただけにすぎない。
 だから、まともに話せる気がしなくて少しずつだけど確実に溝ができていったんだ。
「正しくないと思っているすべての出来事が必ずしも間違いであると断定はできないんじゃない?」
 なんだよ、それ。
 庇うとか慰めるとかしなくていいよ。
「でも結果的に」
「距離ができただけ。結果はでてない」
「もう死ぬかもしれないのに?」
「生と死の狭間ってだけ。この先、生きるなら今の過程は途中経過でしかないだろう?」
 なんだか昔の自分を見ているみたいだった。
 桜がネガティブになっている時、そんなこと言ったような気がする。すぐには結果なんて出ないとか、まだハッピーエンドじゃないとか。バッドエンドのまま終わる人生のなにが楽しいとか。全部、目標があって叶えるために考えていたこと。中途半端に諦めたくないからそうやって自分に言い聞かせてた。
「途中経過、か……」
 でも、その先の僕は……。
「ネガティブなままでどうした?その先に良い未来でも待っているか?」
「……だけど、無理じゃないか?僕は桜になにを言えば」
 今更なにが変わるだろう。怒っているんじゃないだろうか。
 現実は一体いつでどれほど時間が経っていて、桜はその間になにを知ったのか。
 もし仮に桜が劇団所属を知ったなら、その溝はもう埋めることなんてできないんじゃないだろうか。
 桜なら、こんな私が一緒にいて良いはずがないとか思いかねない。
「話し合えば伝わるのかな……」
 自分でも他力本願だなと苦笑する。
 死神になにがわかる。わからないことの方が多いだろう。決めつけてしまっている。
 桜のこともきっとあいつはこう思っていると決めつけた。あぁ、そうだ。決めつけた結果がこれだ。
 話し合う気もなかった。それは決めつけることで言い訳して逃げるために。
 夢の中で桜が言っていた。
 これだけ一緒にいても傷つく言葉を聞くんだねと。
 僕はただ桜に言われたくない言葉を聞かないために話し合いはおろか会話さえもやめてしまった。
「話し合うしかないのか……」
 そう思うと1秒でも早く伝えにいくべきなんじゃないかと思う。
「現実に返してくれ」
 切実だった。今まではただ帰りたいと思った。でも、今は桜に沢山伝えたい言葉が頭の中に溢れてやまない。
「本当に?」
「あぁ、返してくれ」
 しかし、彼は条件をつけた。

 この先の事故当日の記憶を見ても「返してくれ」と言えるなら、と。