伝えたいことを伝えてから一年が経った。
 相変わらず、稽古に励む僕と南沢。
 初恋が終わる時ってあんな感じだったのかと知る。
 どうしてあんな終わり方になったのだろう。
 あのあと、学校で南沢と桂の二人にガン詰された。
 あともう少しで付き合うことだってできたんじゃないかと。
 僕には、二つを同時に器用に平等にできるほどできた男じゃなかった。
 良い例に、二つの役をやろうとして失敗している。
 今はまだ早いと思う。それに、彼女は僕のこと好きじゃない。
 本当にそう思っているのか、桂に問われたときはふざけることもはぐらかすこともできなかった。彼は真剣に話していたから。
 二人だって不思議に思っていたんだろう。どうして、付き合おうと思わないのか。
 二人だって感じていたはずだろう。幼馴染で親友以上の関係になろうと踏み込んでいないこと。
 幼馴染は幼馴染のままだ。
 あれから、三年生になって桜と桂、南沢も別のクラスになった。
 進展があったとするならば、桂と桜がお試しで付き合っていたと言うこと。過去形なのは、すぐに終わってしまったらしい。三ヶ月程度で関係は消化。友達に戻ったそうだ。お互い同意の上だったそうで二人とも今でも仲が良さそう。
 そして、なぜだか四人のグループLINEが作られている。が、話しているのは僕以外の三人だ。
 会話に入る度胸もなくて、その会話を見ているだけだ。
 三年生というのは忙しいもので塾づけの毎日だという生徒もいるほど。
 かく言う僕も稽古の合間を縫って塾に通っている。
 大学には行きなさいという母の言葉に従った。
 今時、大学に行く意味はなんなのか気になるところ。
 桂も二年生の三学期頃から塾に通っている。
 部活も終わり、受験に一つ筋にならなければならない。
 思えば、三島はこの期間に稽古に参加していたが、どうやって両立させたのだろう。
 今度聞いてみたい。
 大学に入った彼女は、活動の幅を広げていて、話す機会も減っているけど。
 まぁ、今度の劇で共演することは決まっているし、稽古の時に話せば良いのだけど。
 以前、三島に言われたことがある。
「好きな人は、意外と忘れられないものだけど。相川はそんなことないのかな?」と。
 そんなわけがなかった。
 全く忘れられないし、むしろ同じクラスだったから嫌でも視界に入る。
 どうして、あんな振り方をしたのか。振ったというか気持ちを伝えただけ。
 僕には、二つのことを真剣にやる器用さがないから。
 劇に集中していたら、彼女との会話も減る気がする。と言うか、疲れているから話しかけないでと言いかねない。
 まだ、慣れていない現場だし、この環境に慣れもクソもない。
 落ち着いた頃に付き合いたいとかは思ったけど、そもそも僕のはただの初恋だ。
 初恋を成功させるなんて無理に決まってる。桜だって嫌なはずだろ。初恋だから告白しましたなんて。
 いや、好きだから告白するんだけどさ。
 桂にも負けっぱなしでどうするんだよと思う。
 そんな中、花火祭りに来ていた。
 四人のグループLINEで花火祭りに行こうと言う話が出たのだ。
 桜は、あの日振られて以降、今まで通りを演じていた。ただの友達、幼馴染でいようとしている。
 僕もそれが良いと思って話そうと思うけど、今まで通りができなかった。
 少し距離があって、新しい関係性になった。今までとは違う。ただの友達。男女の友達だ。
 行かないつもりで何も準備をせずにいると、インタホーンが鳴る。
 南沢と桂だった。
 浴衣くらい着ろよと強引に家に押し入り、部屋で桂に着替えさせられた。南沢は普段稽古場で着替えている姿を見ているだろうに部屋に入ってくることはなかった。
 仲良く四人で浴衣を着て向かう。気持ち悪い関係性だなと思う。
 ちょっと前まで複雑だったはずの関係性が、今ではありえないほどに友達でいる。演じているようにさえ思う。この世界がドラマのように思える。
 当たり前に僕がこの場所にいて良いのか。
 考えてみれば、最後に桜と花火祭りに行ったのは、中学三年生の頃だったか。
 高校一年生の時はお互い友達と行っていた。
 まさか、三年生になって花火祭りに一緒に行くことになるとは。
 幼馴染の腐れ縁でもなく、ただの友達として。
 モヤモヤする。
 あの振った日以降、どんどん可愛くなる桜の隣にいることは、もうできないんだろうなと感じていた。
 その可愛くなっていく桜と付き合えた桂。南沢が桜に何度か助言していたから、それに従ったのかもしれない。
 良いよな。羨ましい。そう、思った自分に嫌悪感が湧く。
 振った側のくせになんでまだ好きなんだろうか。
 好きな気持ちより夢を選んだ。
 あの事故の日から見ていた夢の中でも何度、役者の道を夢見ただろう。
 桜を選ばなかった僕が、隣にいる桜と花火を見て良いのだろうか。
 気まずい。桜は、どう思っているんだろう。
 桂と南沢がトイレに行くと行ってしまった。僕もついて行こうとすると嘘つきは嫌いだと二人に言われ行けなかった。そんなつもりなかったのに。
 気まずさは増していく。頭の上にその文字がドンドン膨れ上がっていく。
 まぁ、でも?友達ですから。友達として聞くことはできるだろう。ありふれた平然を装う。
「桂、なんで振っちゃったの?」
「……え?」
 久々に話したからなのか驚いている。それどころかそんな質問が来るとは思わなかったのかもしれない。
「あぁ、あんまり言いたくない」
「そっか。そうだよな。忘れて」
「……そこはなんで?って聞くべきじゃない?モテないよ?」
「モテないので良いです別に」
 あからさまな舌打ちにため息。恐ろしい。
「じゃあ、私からも聞いていい?なんで、ずっと他人みたいな話し方するの?あの時からずっとそう」
 あの時とは、僕が振った時だろう。彼女の好意に気づいたくせに振ったこと。劇が終わり、夜公園に呼び出されたとき。あなただって君呼びに変えたじゃないか。
「……」
「そっか。忘れて」
「……あの時は」
 言いかけてやめた。どの面が言ってんだ。
「黙らないで」
 一年前とはだいぶ変わった彼女に負ける。
 なんだか、負けてばかりだ。
「役者に集中したかった。桜の気持ちに気づいて逃げたくなった。嫌われたくないって思った。これ以上の幸せを得ることが何より怖かった」
 ボソボソと言っていたはずなのに、気づけば気持ちが言葉に強く出ていた。
 桜は驚いていた。
「直して欲しいところなんてない。ただ僕は、嫌われたくない。別れることを想像した、他人になりたくない。ずっと腐れ縁のような幼馴染で、仲が良くてそんな関係でいられるのが一番だと思った。僕は僕の気持ちから逃げた」
 彼女を見やる。
「今更だと思わないか」
 叩いて欲しかった。頬にビンタして、なんでもいい。蔑んでくれて、引いてくれて、友達以上の関係から離れていい。
 笑わせるよ。約一年越しにこんなこと言ってさ。
 でも、彼女は叩くどころか何も言い返さなかった。
 考え込むような仕草をして、それきり。
 南沢がきたことで、なかったように振る舞う。
 女々しいのは僕だけか。
 桂と正式に付き合わなかった理由を聞こうと思うだなんてバカみたいだ。
 花火祭りの席を確保する。
 桂と桜は二人で屋台を見に行った。
 南沢と二人きりだ。
「いろいろ、あったけど、もう一年経ったんだね」
「一週間たてば一年だけど」
「死ななくてよかった」
「……」
 あの事故は、死ぬ可能性があったそうだ。意識も不明のままいつまでも目が覚めないから。容体が急変したり現実では結構大変だったらしい。らしいと言うのもここ最近まで知らなかったからだ。
 聞いた時は、驚いた。
「時間ってさ、早いのか遅いのかわからないよな」
「え?」
「ずっと、このままがいいのに。気がつけば、もう高校最後の夏休みでさ。早かったなって思う。一年生の時は、まだあと二年あるって思ってたのに」
「確かに。私たちもあっという間に一年経っちゃたよね、劇団に入ってから」
 そうだなと思う。おかげで今がある。
「……ありがと」
 不思議な顔をしている彼女。
「僕は、きっとなりたいと思ってもならなかったから。誘ってくれたから今がある。去年の舞台がある。今年も舞台がある。南沢のおかげだ」
「ふふ。どういたしまして」
「時間って、あればあるだけ良いのにな。悩んだり考えたり。その時間が長くあれば、きっと今を後悔しないのになって」
 一年前、舞台に立った後の公園でも、言うべきことがあったはずなのに。
 桜にあんなこと言わせて僕はどうして普通に今、花火祭りに来ているんだろう。
「何度でもやり直したい。あの時、こうしておけばよかったって思うこと、全部やり直したい。タイムリープしたい。やり直して、良い未来にして。そのより良い未来の中を生きていきたい、そう思うんだ」
「悟役できなかったもんね……」
「自分の限界も弱さも知らなかった。知らなくて良いことって多分、ないと思う。でも、知りたいことはいつも後悔した後でやってくる。知らなかったよ。桜が、僕のこと好きだったなんて」
「……」
 今更!?みたいな顔するのやめて欲しいのだが。
「え、知ってた?」
「知らないと思った?ていうか、言った事あったはずだけど」
「本当だとは思わなかった。逃げてばかりだから、ずっと」
 向き合うって決めたのに、結局大事なところで逃げた。
 今更、彼女が許してくれるわけもない。……本当に?
「やるだけやってみたら?私は……、もう伝えても遅い気がするから言わないけど」
 それがどんな意味を持つのか僕にはわからなかった。
 花火の光が暗闇の空の中で光る。
 桂が戻ってきた。
「末永は?」と、南沢。
「あいつ、トイレだってさ。先に戻ってて良いって言われたから来たけど。にしても、遅いな」
「道迷ってるのかな」
「えぇ、俺、もう歩きたくないから、探さないけど」
「私も」
 こいつら、マジかよ。
 視線が僕に向く。いくべきなのだと察する。
 ため息をつき、探しにいく。
 どこにいるのかもわからないけど、とりあえずトイレに向かう。
 その道の先に彼女はいた。
「あれ、なんで、葉くんが」
 距離を弁えようとする彼女に胸が苦しくなる。しかし僕も、あの日以降、桜と呼んでない。
「あの二人が、遅いから探してこいって」
「そうなんだ」
 二人の元に向かう。左隣に彼女の横顔。いつか見た景色を思い出す。一年生の頃は、純粋な気持ちでこの場所に来ていたのに今はもう距離を感じるほどに遠い。
 会話もない。ぎこちない。あるのは、花火の音と光だけ。
 どうしてあんなにも綺麗に花火は咲くのだろう。
 綺麗すぎて、見てられない。後悔ってどうして、あるのだろう。
 あの頃のままだったら、きっと今も早く場所を取ろうぜとか言って僕が手を引っ張って、彼女はされるがままで。
 後ろを振り向けば、微笑んでくれて。
 一年前、僕はそれすらも全部捨てて夢を選んだ。
 そうだろう。桜と呼んで良いわけがない。いつも悩んでばかりだ。
 もっと考える時間があって何度もやり直せて、その結果だけがここにあれば良いのに。
 そんなふうにうまくいかない。理想なんてものが、日々の邪魔をする。
 現実なんてものは、日々を冷たくする。夢のような理想に、現実との遠すぎる距離にまた悩んで。
 伝えたい言葉があるだなんて言っても、伝えられる言葉なんて限られている。全てを伝えられるほどの語彙が欲しい。
 一年も名前を呼ばないなんておかしいだろう。僕もそう思う。
 だから、伝えるべきなんだと思う。今あるその距離を詰めるために。

「あのさ、桜」と。

 そしたら、彼女は驚いて瞬きをして。なんだか嬉しそうな表情をする。南沢と桜がコソコソ話していたがそれと関係があるのだろうか。
 きっと最初から選択を決定するのが遅すぎた。
 答えはすぐそばにあるのに。
 答えをこの場で言えなくて。
 答えに自信が持てないから。
 答えられないって嘘ついて。
 答えから逃げてしまうのだ。
 だけど、もう逃げない。
 これが、僕の本当の気持ち。
 全てを込めてのこの言葉を君に伝えたい。
 花火のように綺麗な笑顔を咲かせる君へ。
 遅すぎた答えを今、あなたに伝えたい。
 桜色の花火が咲いていた。