弥生先生になにも教えてもらえず帰った日から、一週間がたった。けれども私は、あの日のことが頭からはなれなかった。知っていながらもなにも教えてくれない弥生先生。そんな弥生先生が気にしていた、ハルトくんの存在。それら全てがお父さんに関係している可能性が高いのだから、考えずにはいられなかった。勉強を優先しようとしても気づけば頭に浮かぶのは、弥生先生の言葉。そんな日が続いた。お母さんや叔父さんのような、お父さんのことを知っている人からは支えになれないか、と心配され、何も知らない人達からは、何かあったのかと心配される。そんな日々が続いた。もちろんそれはこの人も例外ではなかった。
「唯愛ちゃん?大丈夫?」
ハルトくんの優しい声が私を現実世界に連れ戻した。
「う、うん。ゴメンね。ちょっと考え事してて、」
「考え事?珍しいなあ。何かあったの?」
「い、いや大したことじゃ、、、」
まさか「あなたが何者なのか考えてました。」何て言えるわけがなく口ごもってしまった。あれ?なんで私の方が弱気になっているんだろうか。原因はハルトくんの方にあるわけだし、私がびくつくなんておかしいじゃないか。そう思うと、私の中の早く真実を知りたい煮え切らない思いと、なんだかこの状況に腹が立つ思いがわいてきた。
「違うわ!大したことよ!」
「えっ?」
突然の私の叫びに驚いて気の抜けた声をだすハルトくん。でも、今の私には腹の立つ理由にしかならなかった。
「おかしいでしょ!あぁもう、腹立つ腹立つ腹立つ腹立つはらたつ!ねぇ、ハルトくんって何なの!?私の何を知ってるの!?」
「えっ?いや、なに言ってるの唯愛ちゃ、」
「私だって分かんないよ!なに言ってるのかも、何がしたいのかも!弥生先生だってなにも教えてくれなかったし!なにが、「情報が集まったら教えてくださいね~」だ!ふざけやがって!」
「誰、弥生センセって、」
ハルトくんは、何が起こっているのかわからないといいたさ気な顔をしてこちらを見ている。私だって何が言いたいのかわからない。こんなこと、こんな人前でわめき散らすことなんて、今までなかったのに。
「落ち着いて、唯愛ちゃん。落ち着、」
「落ち着けないよ!ねぇ、教えて!?ハルトくんって何なの!?ねえ、ねえってば!」
「落ち着け!」
「っ!」
ハルトくんの怒鳴り声で私は我に返った。気まずい沈黙が流れた後、私は口を開いた。
「ごめんね。あんなふうにわめき散らして。」
「ホントだよ。全く。」
あきれられた。そりゃあ、あんだけわめき散らしたらもう関係なんて終わりだろう。喧嘩の後の冷たい沈黙と、もう返ってこない信頼の重さを私は肌で感じた。けれど、その後に待っていたのは予想もしない答えだった。
「で、何があったの?」
「え?」
「いや、え?じゃないでしょ。あんだけわめいてさ、なんか悩んでんでしょ?流石に分かるって。追い詰められる前にさ、吐いた方がいいと思うからさ。話してみてよ。」
「でも、私あれだけまくしたてて、」
「別にいいよ。それに、惚れた子がさ、思い詰めてたら助けてあげるのが男の役目だろ?」
「ッ!」
「あれ?なんか赤くなってない?大丈夫?僕、なんか悪いこと言ったかな、、、あ!もしかして恥ずかしがってる!?」
「ッ!べつに、そ、そんなんじゃないし!」
私は耳まで真っ赤になりながら抗議したが、それがかわいい反抗であることを、自分でも理解していた。
「まぁ、まぁ。取り敢えず話してみてよ。」
限界だった私は、咳を切ったように話し始めた。お父さんのことから、今までのことまで全部。すると、
「ゴメン!」
ハルトくんは話が終わってすぐに謝ってきた。
「べ、別にハルトくんが謝ることじゃ、」
これ私が抱えてた問題であって、ハルトくんが気負うことではないと思ったための発言だったが、
「イヤ、僕がお父さんの話を聞いたときに無神経なこと言ったろ?だから、」
そこまで言われて私は、はっとなった。確かに知らなかったとはいえ本人もあんなこと言ったのだから、気にせずにはいられないのだろう。言いたいことを悟った私とハルトくんの間で気まずい沈黙が流れた。それが流れて数秒後空気に耐えられなくなった二人が口を開いた。
「じゃあさ、」
「だったら、」
それも、同時に。
また気まずい時間が流れ、それに耐えかねたハルトくんが、先にどうぞ、といってくれた。
「えっと、その、仲直りの証に二人で、えっと、ふたりで、で、」
そこまで言って詰まってしまった。こういう時ぐらい勇気をだせよ!と、自分を叱咤激励したがこの唇は一向に開く様子がなく、また静まり返った。
「わかった。僕が先に言うね。僕の方からは、仲直り証に二人で買い物にでも行こうかなって思ったんだけど、」
と、ハルトくんはそこまで言って、一度口を積むんだ。
「な、何?」
「いや、デートみたいだなって。あ、もしかして同じこと言おうとしてくれてたりしてた?」
「そ、そんなわけないでしょ!?いや、別にハルトくんが嫌いって訳じゃなくてね、、、 と、とにかく、別にそういうことじゃないから!」
突然の振りにあたふたしながら答える私を見て、ハルトくんはフフッと笑った。その顔が憎たらしくて、でも、私は好きだった。あ、べ、別に恋愛的な好きって意味ではなくて、、、お、落ち着け私。こういうときこそ冷静にならないと。待てよ。冷静にって、別に慌ててたわけじゃないし、なんでこんな言葉使わなきゃ行けないのよ!?そうだよね、別に慌ててないし、こ、このデートはその、謝罪というかなんと言うか、
「な、なに?なんか変だった!?」
「いやぁ、あたふたしててかわいいなって、」
「っ!あ、あたふたなんかしてないし!もう!いい加減にしてよね。ばか。」
「あー、なんかそのばか聞くために生きてきた気がする。」
「うっさい!ばか!」
「うん。これ以上はやめとこうかな。」
そうやってからかうハルトくんを小突きながら私は幸せを感じていた。この幸せが長く続かないものだと感じながら。

数日後。明日はデート、こほん、謝罪代わりショッピング本番なため、私は予習を欠かすことなく、明日のことばかり考えていた。ハルトくんがこういったらこういって、こう聞かれたらこう答える。ご飯で食べるものも決めて、何を話すかも決めておく。といったように、全くもって役に立たない、デート練習(脳内)とかいうバカのやることをやっていた。もちろんいつも通り回りのことなんて見えてるわけがなく、シャーペンの先端の方をカチカチしようとするわ、ノートではなく机にメモを取るわ、購買で諭吉だした上に、お釣り貰わず帰ろうとするわ、と、まあ大変だった。その度その度、希琴に止められて、希琴からは、
「あたし介護してる気分だわ、、、」と、呆れの声をかけられた。ちなみにそれを見ていた弥生先生が、「認知症みたいだって笑われてるときはまだダイジョブですよ~。ホントにヤバい時はそれ、言わないですからね~。」と、なんか現実味のある話をされて、少し冷や汗がでた。それは、部活中もで、
「唯愛、唯愛ってば。話聞いてる?」
希琴の声で我に帰った。なんか前も同じようなことがあった気がするけど、、、うん。気のせいだろう。
「ゴメンゴメン。何の話だっけ?」
私は希琴に謝ってから話を続けるよう促した。
「はぁ。友達の真剣な悩みごとなんですけど。ちゃんと聞いててよね。だからさ、あたしの好きな人ってか、彼氏って言うの?の、話だってば。」
「え!?希琴彼氏いたの!?」
唐突に告げられた最大級のニュースに私は耳を疑った。
「そっから!?言ったじゃない。名前は伏せるけどH君と付き合ってるって。」
耳を疑ったのは希琴も同じようで、驚いた様子でわたしに聞き返した。H君と呼ばれて真っ先に思い付いたのはハルトくんだったが、同じ学校じゃないしありえな、
「で、別のとこに通ってるんだけど、あ、ちなみにHは下の名前ね。」
ほらね。別の学校だって、え?別の学校?いやいやいや、イニシャルが上で、、、下?今のセリフで完封された?
「それで、その彼氏さんと何かあったの?」
私はとりあえず、情報収集から入ることにした。
「何もないのが問題なの!あの野郎最近は一緒に帰ってもくれないし、」
なにか、いやな予感がした。
「い、一緒に帰ってないの?それ、いつぐらいから?」
私は最後の望みにかけた。しかし、
「2、3ヶ月前?ね、酷いよね。なんか事情があるっぽいんだけどそれにしても、ねえ。」
「それは酷いね。流石に2、3ヶ月は、ちょっと、」
「でしょでしょ。ホントもう、別れようかまで考えてるんだ。」
私は、内心、気が気じゃなかった。2、3ヶ月前?え、完全一致?確定したわけじゃないし、別の学校にいるH君だなんて大量にいるもんね。そう思い、それでも確証が欲しかった私は、この質問をして、後悔することになった。
「H君の、下の名前だけでも教えてくれない?」
私の質問に、少し悩んだ顔をしてから、希琴は口を開いた。
「H、A、」
は?HA ね。は、だよね。いや、まだ決まったわけじゃ、
「R、U、」
「ストップ!もう、いいよ。やっぱ聞かないでおく。多分知らない人だし。」
と、私は話を途中で遮った。これ以上聞くのは多分やめた方がいいと思った為だ。何でって、そりゃあわかるでしょ。はる、まで来たんだから後は春彦、とか悠真、とかしかない訳でしょ?いや、そう考えると以外と選択肢多いかも。うん。多いってことにしておこう。そうじゃないとこっちが持たないから。そんなことを思いながら、それでも、私の中の罪悪感や希琴を思う気持ちが抑えきることはできなかった。だから、
「そうだ。明日デート誘ってみたら?ほら、こことかどう?」
そう言って差し出したスマホに写っていたのは明日私がハルトくんと行くショッピングモールだった。そう、これは確認。私の心にかかる靄を祓うための。だから私は、ハルトくんのことを信じるしかないのだ。