お父さんが死んだ。その情報は、我が家を絶望の谷に突き落とした。病院に駆けつけたときには意識も朦朧としていて、「愛、」とだけ言って死んでしまった。多文、愛してるって、言おうとしたのだろう。まだ18の「娘」には、到底信じがたい事実だった。交通事故、だそうだ。信号を無視して暴走した車が突っ込んできたらしい。今時そんなアニメみたいな事があるのかと、なぜお父さんがそんなことに巻き込まれなきゃいけなかったのかと思った。葬儀の日になってお坊さんのお経を右から左へ聞き流しているときも、ずっと放心状態だった。
私、受験生になったばっかだったんだよ。これから社会人になって、仕事とか色々あるけど、お父さんたちの事を思い出せば頑張れるって思ってたのに…なのに、なのに、なんでなんでなんでなんで…
「…ちゃん?ゆいあちゃん?」
誰かの懐かしい声がして、はっ、と我に返った。
「叔父さん?」
「久しぶりだね。それより、大丈夫かい?って言っても、こんなときに大丈夫なわけ無いか。アイツが死んじまって、大変だもんな。」
話しかけてきた懐かしい声の正体は、母方の叔父だった。子供の頃、よく遊んでもらったな、と記憶がよみがえってきた。
「大丈夫だよ!お父さんの友達、皆いい人ばっかりで、ちょっと涙腺崩壊しそうになってただけだもん!それより、叔父さんもお父さんの友達だったんでしょ?話聞かせてよ!」
自分でも強がってるのが、バレバレだなと思った。けど、叔父さんは、そうかい?と、いってお父さんの昔のことを話してくれた。しばらくの間叔父さんと話していると、
「それでね、アイツが妹と結婚するときの話なんだけど、僕に照れ臭そうに「よろしく頼むぞ、我が義弟よ。」って、」
その時コール音がなって、叔父さんは、ちょっと待っててと、言って席を立った。でも叔父さんは、電話には出ず、フロアにいた男の人と歩いていった。私もトイレにいきたかったので、席を立った。その後、トイレからの帰り道の事。
「今日も来なかったな、あの人。」
「おい、そんなことのために呼んだのか?」
叔父さんの声がして、足が止まった。誰かと話しているようだった。
「いや、だって、葬式にも来ないなんて考えられるか?やっぱり、」
「それ以上は言うんじゃない。」
話している叔父さんは、珍しく苛立っているようだった。何の話をしているのか気になった私は、悪いとは思いながらも、盗み聞くことにした。
「すまん。でも、アイツがあんなこと言い出したのって、18の時だったろ?今、唯愛ちゃんって、18、だよな。」
「さっきからしつこいぞ!終わった話やろ!」
「ひゃっ?!」
叔父さんの怒鳴り声にビックリして、つい、声がでてしまった。そんな私の事に気づいたのか、
「ゆいなちゃんか?おるんやったら、でてきんさい。」
十数秒の間私は硬直して、
このまま隠しと押せそうになかったので、罰の悪そうに私は、二人の前にでていった。
「す、すいません。つい、聞き耳を立ててしまって。」
おどおどする私の手を叔父さんはつかんで、
「この話はこれで終わりだ。二度とするな。」
それだけ言って、私の手を引っ張って歩いていった。
「ごめんね。ゆいなちゃん。怖かったでしょ?」
「う、うん。叔父さんが怒鳴ったの初めて見たし。」
「ごめんね。そうだ。妹と一緒にうちで暮らさないかい?そしたら、ゆいなちゃんとも一緒に住めるだろう?うちの嫁も了解してくれそうだし、これからは4人で住めるかもね。」
初めて聞く話だった。でも、私にはそんなことよりもさっきの会話の内容の方が気になった。
「ね、叔父さん。さっき話してた話って、な」
「いやー楽しみだな。皆で暮らすの。あ、じゃあまた後でね。」
私の質問を遮って、叔父さんは去っていった。でも、その夜も、次の日も忘れることはできなかった。あの日、確かに叔父さんと話してた人は、「アイツがあんなこと言い出したのって18の時だったろ」と、言った。お父さんに何かあったんだ。それも、私と同じ年の時。私の知らないお父さんの姿を私はこの時、なぜか無性に、知りたい、知らなくてはならないと思ったのだった。家に帰ると、真っ先に私は、お母さんにさっきあったことを伝えた。
「そんなことがあったんだ。お兄ちゃん怒鳴ると怖いでしょ?ちょっと演技派だからねえ。」
「そんなことじゃなくって、お母さんはしらないの?お父さんの昔のこと。」
私の質問に、お母さんは少し迷ってから、口を開いた。
「唯愛。その事は胸にしまっておきなさい。大丈夫。いつかイヤでも知らなきゃいけないときが来るわ。」
「なにそれ?お母さんは知ってるってこと?じゃあ教えてくれたって、」
私がそこまで言ったとき、お母さんが指で私の唇をふさいだ。
「今日はもう疲れたでしょ。お坊さんのお経しか聞いてないし。」
もう、寝なさい、とそれだけいってお母さんは私を部屋に連れていった。これ以上聞いてもなにも答えてくれそうになかったので、私はあきらめて自室のベッドの上で横になった。
しっかし、まあ、お母さんの子供扱いはまだ治らないのだろうか。もう寝なさいとは言われたが、時計は九時を回っているだけである。高校三年生が寝る時間とはどう頑張っても思えない時間である。このようにお母さんは、基本、過保護と言うか、子供扱いが激しいのだが、私の要求には答えてくれることが多かった。もちろん、私が部のわきまえた要求しかしていないというのもあるのだが、それでも知っていることを教えてくれなかったことはなかった。それだけ、重い事実なのか。
そんなことを考えながら、私は結局九時半には夢の中であった。