アリアさんの店を離れたあとも、僕はお使いのために走り回っていた。二店舗目は普通の電気屋だったが、彼女の言ったことを復唱しただけで地下へ案内され、部品を売ってくれた。店の倉庫などてはなく、なぜ地下室なのかと言うと、店主さんいわく、「地下室ってカッケエだろ!」とのことだった。かっこよさのためにそこまでするのかと聞くと、「カッコいいや可愛い抜きにして、俺は生きれるほど強くねぇのさ。」と言っていた。後から気づいたが、僕があった人は皆、何かに夢中だった。ここの店主はかっこよさに、アリアさんは機械や家族に、悪く言えば依存していた。それがなくては生きれないとでも言わんばかりに。
三店舗目はおじいさんがやっている、町外れの古物商だった。町外れと言ってももちろん大都会の町外れなので、ちょっと活気が減ったぐらいの物なのだが、町外れは町外れである。そのおじいさんは、彼女のことを孫のように可愛がっているらしく、僕にも彼女のよい部分を教えてくれた。
賢くって、かわいくって、素直で、優しくて、正直者。おじいさんの言う彼女は、僕の知る彼女とはまったく違った。それこそ三つ目の良いところぐらいからは多分知らない人だ。そして、最後の店は、
「ここか、」
僕は、目の前にそびえ立つマンションを前にして、そう呟いた。しかし、
「いや、ここなのか!?普通にマンションなんだが、」
僕がそう叫んでしまうのも無理もない。なぜなら、個人営業のマンションですらない、本当に普通のマンションだからだ。ついでに言えばタワマンである。正直にいって大量の工具が入った袋をもって入るのが億劫になるほど、なんか悪いことしてる気分になった。当然のように警備員が立っており、誰もが経験したことがある、警察の前を通るとき悪いことしてないのに何故かビクビクしてしまう現象が引き起こされた。
「すいません、九階の佐藤さんに繋いでほしいんですけど…」
「はい。佐藤さまですね。少々お待ちください。」
僕が待つこと十分、二十分、三十分、etc…
なるほど、こういうことか。僕は立ち上がると、受付の方へ歩いていき、
「すいませんお客様、もう少々お待ちください。」
「古代到来。」
「はい?いま、なんと、」
「古代到来。そう伝えてください。」
「え?わ、分かりました。」
僕に言われた通りに、受付の人は佐藤さんに伝えたようだった。すると、
「すみませんお客様。いや、あのお嬢さんの知り合いとは思わなかったものですから。あ、どうぞお上がりください。」
こうして、僕はエレベーターに乗って上の階へ進むことになった。彼女から送られてきたメールには、
「どうせあの人はでてこないと思うので~、三十分待ってもダメなら「古代到来」って、受付の人に言ってください~。」
と、かかれてあった。受付の人の反応を見るに、彼女はよく来ていたらしく、さらに、佐藤さんという人はかなりいい加減な人のようだった。ついでに言えば、二人ともかなりのカッコつけである。だって合言葉用意してんだよ?中学二年生かよ。
そんなことを考えているうちに九階につき、僕は指定された部屋を訪ねた。チャイムを鳴らし、数秒待ち、数十秒待ち、またチャイムを鳴らし、さらに数十秒待ち、
ガチャ
勘違いしないでほしいが、ドアが空いたのではない。僕が待ちきれなくてドアノブを回した音だ!
ガチャガチャガチャガチャガチャ
………。
ガチャガチャ、ドンドンドンドンドン
これは、僕がドアを叩き始めた音。
ピンポーン、ガチャガチャ、ドンドン、ピンポーン、ピンポーン、ガチャ、ドンドン
これは、僕が遊び出した音。
ガチャ、
これは、ドアノブを回した音。あれ?
僕が驚いた理由は、僕がドンドンしてるときにドアノブが回ったためである。つまり、
「俺がドアを空けた音だ。」
「うわっ!」
僕の思考回路を読んだかのような発言をしながら、ドアの反対側から四十代くらいの男性が現れた。背は高く、スラッとした体型だが髪はボサボサで服はだらしなく、残念なイケメンがオジサン化したといったところだろうか。
「露骨に驚くな。立ち話もなんだ。とりあえず入れ。」
そういって手を引かれ、入った室内は、
「キレイだ、、、」
整頓された本棚。シンプルながらも片付き、整頓されたキッチン。ソファの前には木の台に乗ったテレビか置かれ柔らかさ感じる新築のような雰囲気だった。
「なんだお前、汚いとでも思ってたのか。」
「い、いやそういうわけでは、」
「まあどっちでもいい。とりあえず座れ。」
僕は一礼してからテーブルの椅子に席をついた。
「それで、アイツの知り合いのようだが、なにしに来たんだ。」
その質問をされて、僕は返答に困った。なぜなら最後のお使いは、何をすればいいのか明確な記載がなかったからだ。
「まあ、その袋から察するにお使いでも頼まれたんだろ。」
「は、はい。そうです。でも、ここだけ何を買うのかとか貰うのかとか言われてなくって、」
すると、佐藤さんは僕のことを鼻で笑ってからこう言った。
「何もねえよ。」
「え?」
「言葉通りだ。アイツにやるもんはねえ。意地悪で言ってんじゃねえよ。本当に、頼まれてるものなんて無いんだ。」
「え?じゃ、じゃあ何で、」
困惑する僕を前に、佐藤さんは少し考えた素振りを見せて、それからこう言った。
「お前、アイツのことどのくらい知ってんだ。」
「それが、何にも知らなくって、今日知り合ったばっかりなんですけど、」
それから、僕は今日の出来事を佐藤さんに話した。
「はっ!うまいこと使われたな!しっかし、ホントになにも知らねえんだな。ま、だからこそココに寄越したのか。」
仕方ねぇ、と言って佐藤さんは僕の方を向き直した。
「まず自己紹介からだ。俺は佐藤日向。職業はフリーライター。形式上、アイツの父親だ。」
「ち、父親なんですか!?」
「あ?そうだよ。そうは言っても、一昨年離婚して一人暮らしだけどな。」
「り、離婚したんですか!?」
情報のマシンガンを僕の脳が処理しきれなくなっていく。
「いちいちリアクションがでかいんだよ。今時離婚なんて珍しい訳じゃないだろ。まぁ、それはさておき。離婚したあと「どっちにもつきたくない」ってんで今は三人バラバラ。アイツの家は、俺が貸してる感じだ。ここまではいいか?」
「あの、なんで離婚したんですか。」
「簡単に言えば、浮気してたと勘違いされた。そうだ、と信じたら頑なになるやつだったもんでな。俺も娘にこれ以上迷惑かけれないと思ったから離婚した。」
「分かりました。」
納得のできない部分もありながら、僕は話を飲み込んだ。
「二つ目、お前も一番気になっているであろうアイツが何なのか。についてだ。」
佐藤さんの言う通り、僕が一番気になっているのは、彼女、やっちゃんや、魔術師と呼ばれる彼女は一体何をしているのかだった。
「一言で言えば天才だ。しかし、いわく付きでもある。」
「いわくつき?」
「ああ。お前、一卵双生児って知ってるか。」
一卵双生児。双子のことである。話の流れ的には彼女は双子ということになる。しかし、
「さっき、離婚して三人バラバラになったって言いましたのよね。」
「話の分かるやつだ。嫌いじゃない。言ったろう?いわくつき、だと。」
「それって、」
僕の頭に浮かぶ最悪の考えを見透かしたかのように佐藤さんは言い放った。
「そう。一人は生まれてすぐに死んでしまった。だからこその、いわく付きだ。意味は、分かるだろ。」
察してくれと、言わんばかりの表情で佐藤さんは語った。
ここまでの佐藤さんを見て、冷たい人のように感じたが、その心は、確かに娘を思う父親の物だったようだ。良く言えば、仕方がないと割り切って残った娘のことを考えていると言えるが、悪く言えば、冷たく、諦めているとも言える。だが、娘である彼女にとっては、きっと事実を薄々気づいていたであろう彼女にとっては、自分に失ったもう一人の子供の影を見ることなどない父親の存在は少なからず、ありがたかったに違いない。片割れとしてでなく、娘として見てくれていたのだから。だがその割り切った性格が、離婚に繋がったのかと思うと悲しくもあった。彼女の母がどんな人なのかは知らないが、最終的に選ばない、という判断をしたのを見ると、悪い人では無かったのだろう。
僕がそんな風に、申し訳ないような、切ないような感傷に浸っていると、佐藤さんが口を開いた。
「この話は、アイツにはするなよ。まだ、言ってない。」
「まだ、ですか。」
「まだ、だ。妻は墓場まで持っていくつもりだろうが、いつか教えるべきだと俺は思う。」
その言葉を聞いて、僕は頷いた。きっとこの親子なら、問題なく、それこそ当然のように話せるだろうから。
「そろそろ帰らなくちゃいけないんじゃないのか。」
佐藤さんに言われ、僕が時計を見ると、時計は四時を回っていた。僕は急いで席を立ち、
「すいません。おじゃましました。」
とそれだけ言って玄関に向かったが、ふと、聞き忘れていたことに気づいて後ろを向いた。
「最後にいいですか?」
「なんだ。」
「娘さんの名前って、」
「おまっ!それも知らないのか!?」
佐藤さんはまったく、と、そういって頭をかいて、それから口を開いた。
「弥生。まだ、名字は佐藤だ。それとあのバカに伝えとけ。名前くらいは名乗っとけって。」
弥生。だから古代到来か。漫画家が考えそうなフレーズだな、と僕は思った。このときはまだ、その弥生という名前が、僕の人生に大きな影響を及ぼすと知らずに。

それから僕はお使いが終わったことを報告した。するとお礼のメールと共に、待ち合わせ場所を記載したメールが送られてきた。そのため、今はその待ち合わせ場所に向かっているところであった。
しかし、都会というのはあまりにも広く、あまりにも複雑だと思う。ビルがいくつも立ち並び、それによっていくつもの路地が重なりあい、織り成される。銀河系のなかを目的の星を目指して歩き回っている気分である。当然、彼女が、弥生が想定していた時間よりも大幅に時間がかかっていることだろう。案内されている僕がこれなのだから、アイはちゃんと家に帰れただろうか。弥生いわく今は話しかけても無視される期間、とのことなので深堀はしないが、それでも心配ではあった。次にあったとき、ちゃんと謝っておこうと僕が決意を固めた頃、ちょうど待ち合わせの場所まで脚は進んでいた。
「陽音く~ん。こっちですよ~。」
弥生の呼ぶ声がして、僕はそちらに向かい出した。
「こっちで~す。とりあえず中に入ってください~。」
弥生に言われるまま、僕は室内に案内された。そこはマンションの、とは言っても佐藤さんのものとはずいぶん違って、少しボロ臭いのだが、まぁとにかくマンションの中に通された。そのまま、弥生は、ここがどこなのかという僕の質問も遮り、エレベーターに乗せ、三階で下ろした。そして、
「はいどうぞ~。まぁ上がっていってください~。」
「え?いや、僕はもう帰、」
僕が言うより早く、弥生は空けたドアの中に僕を半ば突き飛ばす形で入れた。その後も玄関から中に通され、リビングの椅子に座らされた。ちなみにこの間、僕が一言でも発しようとすると弥生は物凄い早口でそれを遮り、ニコッ、と笑って突き飛ばしていったため、僕は抵抗どころか発言すらままならなかった。通されたリビングを僕はゆっくりと見渡し、すぐにここが弥生の家であることを悟った。所々に彼女の研究(?)の証があったためである。
「陽音くんは、紅茶とコーヒー、どっちがいいですか~。」
「じゃ、じゃあ紅茶で。」
それから僕らは、コポコポと沸くお湯の音を聴きながら、話し始めたのだった。
「とりあえず、これでよかったのか?」
僕は頼まれたものが入った袋を出し、弥生に差し出した。
「はい~。問題ないですよ~。」
弥生は、袋の中身を確認することもなくそう言った。それから、弥生はブレのない手付きで紅茶を二杯入れ、それらをもって僕の前に座った。
「このまま返すのも味気ないので、ひとつ、ゲームでもしませんか。」
入れた紅茶のカップをもって、弥生は僕に問いかける。
「ゲーム?」
「はい~。君と私が交互に質問していく、そんなゲームです~。あ、答えたくない質問は答えなくていいですよ~。君と会ったのも何かの縁でしょうし、相互理解、という意味でどうですか~?」
若干理解に苦しむところもあるし、僕もそんなに長居したくはないのだが、ちょうど弥生に聞いておきたいことがあったのでゲームをすることにした。
「じゃあ、まず僕から。佐藤さんに会わせた理由はなんだ?」
「その事ですか~。私のことを知って貰うため、ですかね~。」
「そう言うことを聞いてるんじゃないんだよ。僕が聞きたいのは、何のために、あんな芝居をさせたのかってことだ。お前、一人暮らしじゃないだろ。」
そう、僕が気になっていたこと、それは、この家に入って感じた違和感。ここは、一人暮らしの家ではない。
「一人暮らしのリビングに、机一つと、椅子三つ。どう言うことだ?」
今僕が言った通り、リビングには机一つに椅子三つが置かれており、どう見ても一人暮らしのリビングの形とは言えない。だが、弥生はそんな僕の言葉を聞いても顔色一つ変えずに、さも当然そうに口を開き、
「お客さんように置いてあると、そうとらえることもできそうですけど~?少し考えすぎでは~?」
さも当然そうに反論してきた。しかし、僕と会ったのは今さっきのこと。弥生がどれだけ周到な人間でも、この数時間で全てを隠すことはできない。
「なら聞くが、どう見ても十代後半の「女子」であるお前は、靴べらを使って靴を履くのか?」
そう、僕が最初に違和感を感じたのは、玄関だった。女物の靴しかないのに、靴べらが一緒に置いてあったのだ。靴べらはしゃがんで靴を直すのが負担になる、主に中年から高齢の男性が使うものだ。使えると便利なのだが、なんだかおっさんぽいという理由で使わない人もいるぐらいである。決して、十代女子が使うものではない。
僕の言葉を聞いて、弥生は少し驚いた顔を見せたが、それもほんの一瞬で消え去り、今までと同じ顔で口を開いた。
「そうだ。といったら、どうしますか~?」
「僕は別に、靴箱を開けてみてもいいんだぞ?」
すると弥生は、フッと笑ってから観念したような顔で、
「いや~、すごいですね~。ここまで気づかれる予定ではなかったのですけど~。そうですよ~、
私は一人暮しじゃありません~。良く分かりましたね~。」
よしよし、と、僕の頭を撫でながら白状する弥生。
「それで?なんでそんなことさせたんだ?親が離婚だなんてたちの悪い冗談だぞ。」
「ん?親が離婚?あ~、佐藤さんそんなこと言ったんですか~、まぁ、佐藤さんが好きそうなストーリーですしね~。」
そんな風に、まるで自分が言わせたのではないように言う弥生。いや、これは本当に言ってないのかもしれない。しかし、そうなると、
「佐藤さんの即興ストーリーだったってことか?」
「まあ、そうなりますね~。私は一人暮ししてると伝えてくださいとしか言ってないので~。家出、とかにしてほしかったんですが~、言葉足らずでしたね~。」
テヘッと頭をこずくポーズをして見せているが、それよりも佐藤さんのブラックジョークの方が
驚きである。あの人、純粋無垢な若者になんてこと言いやがる。
「はい、それじゃあ今度は私が質問する番ですね~。」
「オイオイ、僕の質問はまだ終わってな、」
「え~と、陽音君はアイちゃんのことどう思ってるのかな~?」
「なっ、なに言ってんだ!?僕は別にアイの事をそ、そんな風に思ってるわけじゃ、」
僕が質問はまだ終わってないと言おうとした矢先、無理やり止められてしまった。しかし、その後の質問のせいで追求どころではなくなってしまった。
急にアイの事をどう思ってるかだと?別に、その、す、好きというかそう言う風に思ってるわけでは、いや、無いといえるのだろうか。そもそもアイに声をかけたのは僕からだし、デートにも誘おうとしている。あれ?コレ僕がアイに気があるのバレバレじゃね?それなのにほっといてしまった僕ってやっぱりゴミなのでは、、、
考えがまとまらず、オーバーヒートしていると、弥生が見かねたように僕に声をかけた。
「めちゃくちゃ分かりやすいですね~。なんかもう、これ以上無いくらいに、こっちまで恥ずかしくなりそうなんですが~。」
「ち、違うんだ!いや、違うのか?分からないんだよ。好きなのかもしれない。っていうか多分好きだ。でも、好きになっちゃいけない気もするんだよ。なにか、予兆のようなものを感じるんだ。」
いっていることがめちゃくちゃなのは理解していたが、そうとしか言えないのだから仕方ない。前々から好きになったら、全てが終わってしまう。そんな予兆があったのだから。別に僕は占い師でも、霊媒師でもない。しかし、僕にしか分からないこともきっとあるのだ。そんな支離滅裂なことを言った僕だが、その言葉を聞いた弥生は、目の色変えて質問を重ねてきた。
「でもそれは、アイちゃんのことを好きだと言うことですよね。ならば自分の気持ちに正直になるべきでしょう。それでどんな結果になっても、君という人が成長する、あるいは成長よりも上の段階へ進むことになるでしょうから。」
そこまでいって弥生は、少し悩んだ素振りを見せてそれから、
「うん。今日はここまでにしましょう~。もう時間も時間ですしね~。何かあったら気軽に連絡してください~。」
ではまた、といって、これまたスゴイスピードで僕を玄関までつれていく弥生。こいつはエスコートの免許かなんかを持ってるのだろうか。まあ長居する理由もないため、僕はさっさと家から出た。別れの言葉も早々に、すぐにドアを閉められ、まったく本当に自分勝手なやつだと僕は思いながら帰路に着いた。因みに後から気づいたことだが、僕のことを弥生は見透かしたような発言ばかりしていたが、僕は弥生の詳しい情報を、名前ぐらいしか知らないのだった。