「何してんの?今、何時?」
「2時…」
「そう、良かった。まだ帰れる…」
「そ、そうだね…うん」

 たどたどしく答えると、私は手元の時計を腕にはめた。この沈黙が辛い。私、何かご迷惑をかけた?桐谷と何でこんな所に居るの?…そして、一番気になるのは、何かあった?!という事だ。

「どうしたの?」
「いえいえ、なんでもございません!」
「何で棒読み?しかもこっち見ないし…」
「そ、そんな事ないよ…」

 すると桐谷がニヤリと口元を緩ませた。あー。変わらない。高校生の頃から同じ笑み。何かたくらんでいる時の悪い顔だ…。たらりと汗が額から流れ落ちた気がした。足下が寒くなって、自然と頭が下がって行く。

「僕と大瀬さんの間に何があったか気になってるんでしょ?」
「気にならない!」
「そう?本当に?」

 ギシリとベッドの音がして桐谷が私の方へと近づいて来る。そして、目の前のソファへと手を付き、顔を近づけた。

「そっかー。まあ、大瀬さんが気にならないのならいいよ。別に」
「う…」

 そのまま桐谷は私から顔を逸らすと、ソファの上に置いてたままのネクタイを首に掛けた。

「あの…、私…その…記憶が…」
「あー。大瀬さんって酒癖悪かったんだね。意外」
「悪くないですよ!いつもは!」
「そう?凄い量飲んでたよ?僕止めたのにさ」

 彼は話しを続けながら器用にネクタイを結んで行く。そんな桐谷の長くて綺麗な指を見ながら何とも言えない気持ちになる。

「あ、ちなみに、心配してるような事、なんにもなかったから」
「え?そうなの?」
「当たり前じゃん。今更大瀬さんと何でそんな関係にならなきゃなんないの?面倒でしょ?」

 面倒という言い方が少しだけ気になったけれど、何もなかったという事に、心の中がすーっと軽くなるのがわかった。良かった。それと同時に力が抜けてストンとソファに座り込んだ。

「あ、でもさぁ…。これ」
「え?」

 桐谷が差し出した方を見ると、腕時計の盤にヒビが入っている。しかも高そうな時計だ…。何か意味があるのかと思って聞いてみると、彼はまたいたずらな顔で笑った。

「これさぁ…、大瀬さんに壊されちゃったんだよね」

 また私の顔から血の気が引いていく気配がした。