オリビアには、百年前に何があったのか真実を話していない。《原初の七大悪魔》の一角、色欲の件も詳細は伏せた。フィデス王国国民の石化魔法の解除はエレジア国とのやり取りののち、ダグラスから解除する手はずになっている。石化魔法が解除されてもオリビアの記憶はフィデス王国国民すべてから消し去っているので、彼女が私の妻になっても文句を言ってくる者はいないだろう。これはオリビアが国一番の魔導士だということを隠すことでもあり、彼女を利用しようとする輩を増やさないためでもある。
使節団で来ていたクリストファ王太子は無傷で返したが、『グラシェ国に魔物を呼び寄せる手配をしたこと、私の妻を拉致及び奴隷契約を行おうとした』として天文学的な賠償金を支払うか、王太子を退くかの二択を選ばせた。エレジア王の返事は、『王太子を臣下降格、正式な謝罪の場を設けさせてほしい』と連絡がきた。
聖女エレノアや神官は色欲の企てによって死亡したが、これも魔物の襲撃で死亡という事故にしておいた。この辺りの事情もオリビアには話していない。ただ不安がらせないためにも「使節団の要求は拒否して追い返した」という部分だけ伝えておいた。
エレジア国と国交を開くかどうかは兄上に丸投げしたので、その辺は上手くやるだろう。
***
それから数週間が経ち、今日、オリビアが正式に私の妻になる。
本当は雪解けの春に式を行いたかったが、私が我慢できなかった──のはある。婚約者として一緒の時間を過ごすのも良かったが、人族として寿命が短く、病に伏せてしまう可能性も考えて急いだ。もっとも彼女を独り占めしたいという気持ちがあったのは内緒だ。
オリビアの花嫁衣装は筆舌に尽くしがたいほど美しかった。
真っ白なドレスはレースを重ね、真珠や宝石などふんだんに使っており、ベールと銀のティアラの傍に白薔薇の生花が蜂蜜色の髪によく栄えていた。ラインの良く見えるドレスに磨き上げられた瑞々しい肌、いつも以上に気合の入ったメイクが施されたオリビアを見た瞬間、惚れ直した。
「め、女神がいる……」
「大丈夫か、セドリック」
「リヴィが綺麗なのだからしょうがないでしょう」
今回は人の姿で参列するダグラスとスカーレットは、私の肩に手を置いて同情する。二人は昔から家族に近い存在でそれは今も変わらない。近々二人は本当の家族になるので、それはそれで嬉しい。
二人に背中を叩かれ、オリビアの前に佇む。
「オリビア」
「……セドリック」
目が合ったオリビアの頬がみるみるうちに赤くなっていく。そんな彼女が愛おしくてたまらない。