セドリック様の新しい一面ばかりに目がいってしまい、クリストファ殿下のことなどまったく視界に入っていなかった。
 本当はお会いしたらつらい気持ちや、一時期は婚約者として淡い気持ちが芽生えていたことが蘇るかと思ったけれど、まったくなかった。つらくて、苦しくて、悲しい記憶は全部セドリック様との時間が癒してくれたから。

「で、ですから、我が国ではオリビアの力が──」
「その名を軽々しく呼ばないでいただきたい。すでに貴公らとの契約も消えた。今回の使節団も兄王の側室が勝手に了承しただけで私は関与していない。国として信頼関係もない今、こうやって来客として遇していることが異例なのだが」
「失礼……しました。しかし、我が国ではどうしても王妃様の力が必要なのです」
「そうです。彼女は三年、我が国のために貢献してくださった慈愛ある方。どうかもう一度我が国のためにご尽力いただけないでしょうか」

 都合の良い言葉を並び立てて、また私を国のために利用したいと言っているクリストファ殿下とエレノア様に心底驚いた。あまりにも面の皮が厚い。
 あれだけの仕打ちをして、また私が尽力するとでも思っているのだろうか。沸々と湧き上がる怒りを呑み込んで私はセドリック様を見つめた。

「セドリック様、発言をしてもよろしいでしょうか」
「ええ。オリビアへの依頼──いえ物乞いのようなので、返答して差し上げてください。もちろん、我が国の心配などせずに、たかが人間の国と国交を結ばなくても政治的、経済的にも問題ないので」
「なっ」
「その言い方はあまりにも失礼では?」
「そうよ! シナリオ展開をめちゃくちゃにしたあげく、貴女だけ幸せになるなんて許されない。貴女は我が国に対して誠意ある対応が必要なの」

 噛みつくような声で神殿の神官やエレノア様は反論してきた。
 ふう、と吐息を漏らし、相手を真っ直ぐに見つめながら自分の気持ちを口にする。

「それが人にものを頼む態度でしょうか。……私はグラシェ国の王妃として今後セドリック様を支えたいと考えております。そのためすべきことが山のようにあり、貴国の支援をする気もありません。どうぞお引き取りを」
「そんな……。我が国を見捨てるつもりか?」

 情に訴えるクリストファ殿下に私は「はい」と端的に答えた。
 三年、その間に私の心を壊し、自尊心と矜持を踏みにじり、自由と時間を奪い続け搾取し続けた元凶を前に、私は勇気を振り絞って言葉を返す。

 ずっと怯えていた。
 グラシェ国では温かい居場所を用意してくれて、優しかった。でも信じられなくて、疑って、怖がって──そんな私を全部セドリック様は受け入れて包み込んでくれたのだ。その思いに私も応えたい。