私の髪を一房掴むと、キスを落とす。
昨日よりも、ドキドキする。
昨日よりも、セドリック様に触れたい。
どちらともなく距離が近づき、唇が触れ合う刹那。
「大変です。セドリック様!」
ノックなしに寝室に飛び込んできたのは執事のアドラ様だ。一瞬でセドリック様の笑顔が凍りつく。心なしか部屋の温度も五、六度急激に下がった。
「あ、これ死んだ?」とアドラ様と、諦めの境地に居たので慌ててセドリック様に抱き付いた。
「セドリック、酷いことは駄目です」
「はい、オリビア」
コロッと表情が和らいだ。それに私とアドラ様はホッとする。
「……それで、アドラ。何用ですか?」
「大変です。エレジア国の使節団が来ており、陛下に面会を求めています」
(エレジア国……?)
エレジア国、使節団。
その単語がどうしても恐ろしい何かの象徴に思えて、血の気が引いていく。
まるで「幸せになることを許さない」と誰かに言われているような──不安に押し潰されそうになる。上手く呼吸もできず、手に力が入らない。
「オリビア」
「!」
手を引いてセドリック様は私を抱き寄せた。彼の腕の中にすっぽりと納まり伝わってくる温もりに癒される。少しだけ擦り寄ると嬉しそうに尻尾が揺れた。
「えー、あー、それでですね。使節団の目的は、グラシェ国との国交及びオリビア様から錬金術と付与魔法の手ほどきを受けたいと──」
ニコニコ笑っているセドリック様の表情が氷点下の笑みに早変わりしていく。めちゃくちゃ怒っているのが分かる。
「ねえ、オリビア」と、甘い声で私を見つめ機嫌が直ったかと思ったが──。
「エレジア国、いっそ滅ぼしてしまいますか?」
「だ、駄目です。絶対に駄目」
「オリビアの笑顔が陰る元凶は、元から根絶したいじゃないですか」
懇願するような視線を向けらえるが頷けない。というか頷いたら本当に実行するだろう。苦笑しつつも、セドリック様の心遣いが純粋に嬉しかった。
「……でも、三カ月経って急にどうして?」
「おそらくオリビアの偉業が、他の人間たちでは賄えないと気づいたのでしょう。エレジア国を去る際に錬金術や付与魔法の指南書みたいなものは作らされなかったのですか?」
「屋敷に発注書を残していたので、作り方などは書いておいて来たのですが……」
「じゃあ、それがあるので『自力で頑張れ』と言って追い返しましょう」
「え、でも……。大丈夫なのですか?」
セドリック様の「もちろんです」と即答する。
「私の大事な、大事な王妃を馬車馬のように使っておいて、さらに利用しようとしている浅ましさ──何より向こうの条件を無条件で呑めば我が国としても舐められますからね。ここはアドラたちに任せて対応し、それでもごねるようなら私が出ます」
「私も一緒の方がいいのでは?」
「では私の妻として同席してくださるのですか?」
冗談っぽくセドリック様が私に問いかけてくるので、恥ずかしくて顔が見られず視線を床に向けつつ本心を吐露する。
「セドリック……が嫌じゃなければ、隣にいたい……です」
「オリビア。本当ですか、本当の本当に!?」
「……はい」
「やったあ。ああ、嬉しくてどうしましょう!」
セドリック様は私を抱き上げてワルツでも躍るようにステップを踏む。
アドラ様も「おめでとうございます」と拍手をしてくれるので、なんだか急に恥ずかしい。
「では準備をしてきてください。サーシャ、ヘレン」
「承知しました」
「お任せください!」
唐突に姿を見せたサーシャさんとヘレンさん。待機していたのか全然気づかなかった。二人とも目が輝いており、お風呂に入ってマッサージ、着替えコースが待っていると直感した瞬間だった。