見事なまでの手さばきでした。空気の読めるオリビア様は、このままではこの国が滅ぶとでも判断したのでしょう。実力行使に出た判断は英断だと称賛に値します。本当に素晴らしい。
 愚かな中年の男は受け身も取れず、床にへばりつきながらオリビア様を睨みつけました。ああ、本当に何もわかっていない、脳味噌がないのかもしれませんね。わたくしが一歩前に出かけた瞬間、先に割り込んだのはディートハルト様でした。

「この国では他国の来賓の前で、醜態を見せるのがしきたりなのか? ……クリフォード侯爵、だったか」
「誰に向かって──ひっ」

 中年の男はソファに座っていたイラーナ様たちにようやく気付いたらしく、真っ赤な顔が一瞬で真っ青に変わりました。面白いぐらい情緒が不安定な方なようですね。今までの醜態を必死で取り繕うと、立ち上がり愛想笑いを浮かべました。なんでしょう、腹が立ってきたのですが。ディートハルト様が「良い」と言えば瞬殺したいのですが。

「こ、こ、これは──竜魔王陛下! も、申し訳ございません! 貴方様がいらっしゃったとは伺っておらず、大変失礼な真似を致しました!」
「お前と話す気はない、早々に立ち去れ」
「ははっ! 失礼しました。ほら、いくぞ。オリビア!」
「いや。出て行くのは侯爵お前ひとりだ。我らは彼女と話がある」
「え、この娘が……ですか? 竜魔王陛下、馬鹿娘は長く辺境の地におりまして、社交辞令や礼儀が全く分かっておらず」
「二度は言わん。それとも侯爵は爵位に興味がないのか?」
「と、とんでもございません! 失礼します」

 脱兎の如く中年の男は部屋を飛び出して行きました。最初から最後まで貴族らしからぬ品性に欠けた下等生物でした。静かになった後、オリビア様はディートハルト様に頭を下げて謝罪をします。貴女様が謝罪することなどないというのに。

「頭を上げるといい。謝罪も不要だ。……時にオリビア、そなたは厄介な悪魔族に狙われたものだな」
「え。悪魔族……ですか」
「ああ。何となく──だったが、先ほどの侯爵を見て分かった。そなた幼少の頃より、同族だけに嫌悪感や敵意や殺意を向けられることなどはなかったか?」
「!」