オリビア様を最初に見たのは百三年前。
フィデス王国の大会議室で、今後の魔物の対策について竜魔王ディートハルト様、前王様とわたくしの仕える主、王太后のイラーナ様は、増長する魔物の対策を打つべく話し合いをしていた。その末席に彼女もいたのです。
人族の中でも魔力の高い有能な魔導士。確かに人族でいえば最高峰でしょう。けれど他種族と比べればわたくしよりも弱い。最初はその程度の認識でした。
会議が終わり、イラーナ様と前王様は早々に祖国に戻ろうとしていたところで、王族に一席を設けてほしいと言われイラーナ様たちが承諾。
なんでも魔導士が迷子の竜魔人を保護した旨を王家に報告した経緯で、その魔導士が謁見を望んでいるという。同胞の恩人という体裁のためディートハルト様は承諾しました。もっとも行方不明になられた次男のセドリック様に容姿が、ぴったりだったのもあるでしょう。
王族の客間に移動してから、その魔導士が姿を見せた。改めて服装を見ると紺色の古いドレスに黒の外套を羽織っており、蜂蜜色の髪も簡単に結った程度で、あまりにも見窄らしい。彼女は淡々と保護した経緯と、竜魔人の特徴を伝えました。
「迷子? ……ああ、それは恐らく我が子ね」
特徴を聞いてイラーナ様はサラッと答えた。次男のセドリック様が行方不明になって一年と数カ月が経った頃だ。竜魔人族であれば赤子でも他種族よりも頑丈で戦闘力もある。それゆえイラーナ様は「若いうちから世界がどれだけ広いのか見に行っているのよ」と暢気だった。本当は女の子がほしかったらしく、けれども子育てにおいて乳母と共に愛情をかけて育てているので、愛情がないというのとは異なる。放任主義というのが正のかもしれません。
そんな暢気なイラーナ様に対して、脆弱な魔導士は酷く困惑していました。きっと帰りを待っていて、感謝されるとでも思っていたのでしょうね。人族ならば歓喜に震えて涙するかもしれませんが。ここで私は魔導士の魂胆を察しました。
(ああ。欲深い人間ですわ。そうやって恩を売って何を得ようというのかしら?)
「息子の恩人なら、私に何を求める? 何でも言ってごらんなさい」
「なんでも……」
魔導士は息を飲み、意を決して口を開いた。
「では私の別邸にいる他種族の子たちも含めて、保護していただけないでしょうか」
この時、初めて魔導士の双眸を、ちゃんと見ました。ええ、単なる路傍の石程度の認識だったのに、美しいほど真っ直ぐで宝石のように一変したのですから。それは驚いたものです。
磨き上げられた美しいアメジスト色の瞳は、芯の強さを感じさせました。まさに原石の輝き。わたくしはもちろん、イラーナ様も目が離せなかったようです。
「保護? なぜ?」
「私はこれから国の要請で魔物討伐に赴かなければなりません。ですので、万が一この国に居場所がなくなるかもしれないので、保護をお願いしたのです」
そう言って彼女は深々と頭を下げた。
自分の利益に繋がる訳ではないのに、あまりにも必死な姿にわたくしですら気持ちが揺らぎました。なんというか眼前の魔導士の声や雰囲気がそうさせるのでしょう。
本来なら脆弱な人族など歯牙にもかけないのですが、イラーナ様はその魔導士に興味を持ち始めていました。
「他には、ないのかしら?」
「ありません」
「その程度のことではつり合いが取れないわ。ほら、何でもいいから。言ってごらんなさい」
フィデス王国の大会議室で、今後の魔物の対策について竜魔王ディートハルト様、前王様とわたくしの仕える主、王太后のイラーナ様は、増長する魔物の対策を打つべく話し合いをしていた。その末席に彼女もいたのです。
人族の中でも魔力の高い有能な魔導士。確かに人族でいえば最高峰でしょう。けれど他種族と比べればわたくしよりも弱い。最初はその程度の認識でした。
会議が終わり、イラーナ様と前王様は早々に祖国に戻ろうとしていたところで、王族に一席を設けてほしいと言われイラーナ様たちが承諾。
なんでも魔導士が迷子の竜魔人を保護した旨を王家に報告した経緯で、その魔導士が謁見を望んでいるという。同胞の恩人という体裁のためディートハルト様は承諾しました。もっとも行方不明になられた次男のセドリック様に容姿が、ぴったりだったのもあるでしょう。
王族の客間に移動してから、その魔導士が姿を見せた。改めて服装を見ると紺色の古いドレスに黒の外套を羽織っており、蜂蜜色の髪も簡単に結った程度で、あまりにも見窄らしい。彼女は淡々と保護した経緯と、竜魔人の特徴を伝えました。
「迷子? ……ああ、それは恐らく我が子ね」
特徴を聞いてイラーナ様はサラッと答えた。次男のセドリック様が行方不明になって一年と数カ月が経った頃だ。竜魔人族であれば赤子でも他種族よりも頑丈で戦闘力もある。それゆえイラーナ様は「若いうちから世界がどれだけ広いのか見に行っているのよ」と暢気だった。本当は女の子がほしかったらしく、けれども子育てにおいて乳母と共に愛情をかけて育てているので、愛情がないというのとは異なる。放任主義というのが正のかもしれません。
そんな暢気なイラーナ様に対して、脆弱な魔導士は酷く困惑していました。きっと帰りを待っていて、感謝されるとでも思っていたのでしょうね。人族ならば歓喜に震えて涙するかもしれませんが。ここで私は魔導士の魂胆を察しました。
(ああ。欲深い人間ですわ。そうやって恩を売って何を得ようというのかしら?)
「息子の恩人なら、私に何を求める? 何でも言ってごらんなさい」
「なんでも……」
魔導士は息を飲み、意を決して口を開いた。
「では私の別邸にいる他種族の子たちも含めて、保護していただけないでしょうか」
この時、初めて魔導士の双眸を、ちゃんと見ました。ええ、単なる路傍の石程度の認識だったのに、美しいほど真っ直ぐで宝石のように一変したのですから。それは驚いたものです。
磨き上げられた美しいアメジスト色の瞳は、芯の強さを感じさせました。まさに原石の輝き。わたくしはもちろん、イラーナ様も目が離せなかったようです。
「保護? なぜ?」
「私はこれから国の要請で魔物討伐に赴かなければなりません。ですので、万が一この国に居場所がなくなるかもしれないので、保護をお願いしたのです」
そう言って彼女は深々と頭を下げた。
自分の利益に繋がる訳ではないのに、あまりにも必死な姿にわたくしですら気持ちが揺らぎました。なんというか眼前の魔導士の声や雰囲気がそうさせるのでしょう。
本来なら脆弱な人族など歯牙にもかけないのですが、イラーナ様はその魔導士に興味を持ち始めていました。
「他には、ないのかしら?」
「ありません」
「その程度のことではつり合いが取れないわ。ほら、何でもいいから。言ってごらんなさい」