「今日は珍しい花束だそうです。いい匂いですね!」
「いい香り……って、あの花束って」
「はい、宝石花です。特殊な高山にしか咲かない花で、花弁が散ると宝石になります」
「宝石と同値の価値……、いえ入手困難な幻の花ですよね。他にも珍しい花束──って、サーシャさん、まだあるのですか?」
「ええ。部屋いっぱいに用意してくださったようです」
「部屋……いっぱい」
「陛下からの寵愛の証でございます」
(贈り物の規模がおかしい……)

「セドリック様から大量の宝石や貴金属が贈られてきました!」
「珍しい菓子だそうで」

 毎日、飽きもせずにセドリック様は私に贈り物を届ける。
 侍女長サーシャさんと傍付きのヘレンさんは、自分たちのことのように喜んでいた。目が眩むような高価な贈り物に私は困惑しつつも、セドリック様に見せるため──とのことでドレスやアクセサリーの貴金属を身に着けて会うのが日課となった。
 朝食はセドリック様が迎えに来て、昼は私が車椅子で執務室に赴き、夕食は食事部屋で共にするのが日常化していった。
 そしてなにかと「珍しい御菓子が手に入った」という理由をつけて会いにやってくる。

(最近、御菓子や貴重な茶葉を贈られることが多いのは、お茶会の口実になりつつある。美味しいけれど……贅沢なような……)
「オリビア、珍しい茶葉が手に入ったようです。一緒にお茶をしてもいいでしょうか」
「も、もちろんです……」
「よかった」
「…………」

 日を追うごとに、ひょっこりと部屋を訪れるセドリック様の来訪を心待ちにしている自分がいることに驚いた。私の足が完治していないのもあり、飽きないようにと裁縫道具や本も用意してくれている。
 三日、二週間、一カ月、二ヵ月とセドリック様の態度は変わらず──というか溺愛度合いが酷くなってきた気がする。いやセドリック様だけじゃない。

 日常生活を送る上でサーシャさんやヘレンさんのサポートはこの上なく有難い。それに静養を前提としているので、小物づくりなどの作る時間などペース配分もしっかりと考えてくれている。
 いつも挨拶を交わしてくれる気の良い衛兵さんたち、毎日部屋を訪れて治療してくれるローレンスさん。栄養失調だった私のために食事などを工夫してくれる料理長のジャクソンさん。
 私が部屋に閉じこもらないようセドリック様が温室の散歩を提案してくれる。私の足が完治したら国内を案内したいと話してくれた。

 セドリック様自身を心から信じられるとは言えないが、それでも信じたいと思う気持ちが芽生えてきたのは確かだ。私から贈ったものと言えば、髪紐やハンカチと小物ばかりだが、そのたびに心から喜んでくれた。髪紐ならその場で「髪を結ってほしい」と強請られる。

「オリビアに髪を梳いてもらうのも、結ってもらうのもいいですね。ああ、毎朝結ってくださったら仕事も一層頑張れる気がします」
「お、大げさです。……でも、セドリック様の役に立つのなら、私が髪を結いましょうか?」
「本当ですか? いいですよね。もう取り消しとかできませんよ」

 目をキラキラさせて私の言葉に、一喜一憂するセドリック様に惹かれている。本当に私よりも年上なのか若干疑わしい。それに竜魔王代行という立派な役職に就いているのに、忙しくないのだろうか。
 いつものようにサーシャさんとヘレンさんは、お茶の準備をいそいそと整えててくれている。その間、セドリック様は私を補充するとかで、膝の上に抱き上げられているのはもはやお約束だ。
 抱きしめられて首筋に顔を埋める行為には未だ慣れない。というかくすぐったいし、やっぱり恥ずかしい。沈黙だと余計に恥ずかしいので、私が話しかけることが増えた。

「あ、セドリック様、この間いただいたお花なのですが、押し花をいくつか作ってみました。本の状態を維持するための防腐効果もあります」
「それは助かります。私たち種族は寿命が長い分、書物が多いのですが何分紙の劣化が激しくて、書き写しなど文官が毎年苦労しているのですよ」
「紙の劣化ですか。……紙自体に工夫してみるのはどうでしょう。日差しなどの熱をカットするフィルムなどラミネートという加工をするのと、術式で本そのものを保護するのもいいかもしれません。後は薬草で虫よけなどでしょうか」
「ああ。なるほど、移す作業よりも効率がよさそうですね。オリビアの博識と柔軟な考えは参考になります。こういう感じでまた相談に乗って貰ってもよいですか?」
「え、あ……」

 仔犬のように私を見つめる眼差しに負けて、「私でよければ」という答えを返してしまう。絶対に分かってやっている気がする。でも気分は悪くない。
 叔父夫婦やクリストファ殿下のような上辺の言葉だけじゃない。目に見える形で贈って下さる物は私の好みに合わせてくれるし、一つ一つの言動は、私を大事にしてくれているのが伝わってくる。

「ありがとうございます。ああ、オリビア。愛しています」
「セドリック様っ」

 尻尾がぶんぶんと揺れているのが見える。こんなに直球にアプローチをかけてくるのだから、セドリック様に惹かれるのはしょうがない気がする。けれど自分の胸に芽生えた思いも、過去の──クリストファ殿下の記憶が蘇り、足踏みしてしまう。
 また裏切られることが怖い。