「オリビアの誘拐に関わった使用人は全て服毒自殺、侍女数人は失踪。当時は魔物の大量発生でうやむやにしてしまったが、首謀者はある程度絞っている。……オリビアがここに戻った以上、三年前よりも騒がしくなる可能性が高い」
「そのあたりも抜かりなく、王兄姫殿下のお二人の行動は把握しております。……それにしてもつくづく竜魔人族の習性を理解していない愚か者どもです。この際、後宮を解体させるのも良いかもしれません」
「そうだな。私には不要な宮だ。牢獄にでも名称を変えて、二度と表に出られないように閉じ込めた方がいいだろう」

 すでにミア姫殿下は後宮から出て、日中は王族の居住区域でお茶会を毎日楽しんでいると報告が入っている。後宮には男を連れ込めない──という妙なところは律儀に守っているらしい。頭の中お花畑のあの女は常に自分が世界の中心だと信じて疑わない。なにより厄介なのは群がる男たちだ。

 彼女を間近で見てしまえば、目が合えば、声を掛けられれば、簡単に囚われてしまう。竜魔人は、生涯の番に対しての愛の深さゆえ効き目がないのでそこまで被害はなかったのだが、他種族であれば厄災そのものでしかない。すでに既婚者や恋人がいる者たちからの苦情も出ている。中和剤はあるが、依存性が高いため覚醒するのは本人の精神力と個人差があるのだ。

(再びオリビアを消そうとするのなら、いっそ三年前の発生源として殺してしまおうか。……いや、後々のことを考えるとアレが届くまで待つべきか)
「陛下。……ところでエレジア国の処遇はいかがしますか?」

 エレジア国。
 オリビアの報告書を改めて見直して怒りで憤慨しそうだった。これでは百年前のフィデス王国よりも劣悪な環境ではないか。しかも見事な隠蔽の仕方がさらに悪質だった。
 フランの姿は夜が多かったので、昼間の報告はエレジア国から上がって来たものを信用するしかなかった。間者を送ろうともしたが、叔父夫婦役を演じた者たちはグラシェ国(私たち)を警戒して侍女や使用人は人族を雇った。

 契約内容も表面上は守っていたようで衣食住と安全は確保していたが、裏で彼女を使って王族と教会の評価を上げようとしていた。彼女の功績を全て横から搔っ攫っていった人間たちに容赦する必要も義理もない。

「あんな小国、息吹(ブレス)一つで滅ぼせるが──オリビアの溜飲が下がる形の報復の方がいいだろう。まあ、彼女が居なくなったあの国では大変なことになっているだろうから、存分に苦しむといい」
「おっしゃる通りかと。あの国では魔力量が乏しい土地でしたが、オリビア様の内側から溢れる魔力(マナ)によって魔法の疑似覚醒者が一時的に増えましたからね。しかし土台となる魔力を持つ方が居なくなれば当然、魔力(マナ)の枯渇により不作も続くでしょう。なによりオリビア様の回復薬や付与魔法は、その辺の魔術師では逆立ちしても真似できませんし」
(まあ、私が何かしなくても自滅するならそれはそれでいいか。むしろ早々に側室の件に集中すべきだ。その後でエレジア国と、フィデス王国の処遇を考えればいい)

 オリビアは百年前、フィデス王国随一の魔導士だった。高い魔力と技術を持っていたが家族愛に恵まれず、認めてもらおうと努力していた。最後まであの家族がオリビアの功績を認めようとはしなかったが──唯一の救いは祖父母がまともだったことだろうか。あの森の屋敷も祖父母が工面したとか。もっともオリビアをぞんざいに扱い、搾取し続けたあの国にも何らかの報復を考えていたが──そのあたりは恐らくダグラスあたりが動いているだろう。

「オリビアの叔父夫婦と名乗っていた者の行方は?」
「捜索隊が捕えて牢獄におります」
「そうか。間違っても服毒自殺させないように見張っておくように」
「承知しました」
「黒幕を吐かせるためなら死なない程度の拷問は許す」
「はい。尋問官にはそのように伝えておきます」