この森は空間の歪みが酷く、魔物以外にも捨てられた子供が迷い込む森らしい。フィデス王国の中でも危険ともいえる場所に住み続けられたのは、オリビアの魔法結界によるものだ。本当にオリビアは魔導士として有能で、一つの分野ではなく様々な魔法への知識が深かった。
 ローレンスは当時、オリビアにいる子供たちの心と体の傷が癒えたのち、身の振り方などの人材斡旋に協力をしていたらしい。

 グラシェ国でもオリビアの功績などは耳に入るらしく、逆に自国であるフィデス王国ではオリビアの功績は誰かが奪い利用しているようだった。オリビア自身、地位や名声に興味はないようだったが、実家から認めてもらいたい──という気持ちはあったようだ。
 それも私やダグラス、スカーレットが傍に居て一緒に暮らしていくうちに実家への思いも薄らいで──私たちのことを第一に考えるようになった。
 実家連中は何もしないで甘い汁だけ奪いとるが、私たちは違う。心からオリビアが大好きだったし、傍にいて笑ってほしいと願った。それはいつもオリビアを取り合って喧嘩をするスカーレットとダグラスと私の三人の中での唯一の共通点だった。
 オリビアが「愛している」と口にすれば「あいしてる」とか「好き」って気持ちをたくさん答えた。そうすると彼女が喜ぶから。
 たくさん喜んで笑ってほしい。一緒に幸せになりたい。

 穏やかで、平和だった一年。
 竜魔人族、天使族、悪魔族においても一年という時間は砂時計のように一瞬のように短い。それでも心から幸せだったと断言できた。魔物の侵攻が激化し、フィデス王からオリビアに出兵の書状が届くまでは──。
 魔物との戦争に対して思いのほか国内で出兵を拒む者が多かった。特に王侯貴族などは戦果を挙げることよりも、いかに楽をして功績を立てるか、地位や名誉を得るかばかり考えていたのだ。吐き気を催す屑っぷりだ。

「オリビアが、行かないとダメなの?」
「ごめんね、フラン。私がこの国で一番の魔導士だから──駄目ね」
「他人なんかいいだろう。今までリヴィを馬車馬みたいにこき使ってきたんだ。無視していい」
「そうよ。リヴィは私たちとずうっと一緒にいるの!」
「ダグラス、スカーレットまで難しい言葉を使うようになったのね」
「感動しているばあいじゃない!」
「ほんとそうよ!」
(オリビア……。行っちゃやだ……)

 オリビアは国一番の魔導士だからと、戦争の最前線に赴くように指示を受けた。彼女に拒否権はない。だから私たちに「絶対に帰ってくるから」と残して別邸を出た。
 革のトランクケース一つと黒の外套を羽織って。オリビアが出て行ってから一週間ぐらいで我慢の限界が来てしまった。

 私たちは相談してオリビアの元に向かおうと準備を進めていた矢先、グラシェ国の護衛騎士たちが別邸に姿を見せた。そこには兄ディートハルト──竜魔王と王妃の姿もあった。
 ずっと行方を捜していたところ、オリビアという魔導士から本国に連絡を入れてくれたのだと知る。恐らく戦争になればここも危ないと思ったのだろう。自分が一番危険な場所に居るというのに、私たちの心配をするオリビアの傍に行きたくてたまらなかった。別邸で療養していた他種族たちは兄の庇護下に入り、兄は私の番がオリビアだと気づいていたようで、フィデス王国に援軍を頼み、自分も戦いに参加すると話してくれた。
 自分も戦場に行きたかったが、それは許されず──それならと自分の魂の一部で眷族を作り、オリビアに送って欲しいと頼んだ。オコジョの姿をしたそれを「フラン」として兄に託した。

(今度帰ってきたら、オリビアをグラシェ国に迎えよう。私の番として本当の家族になってほしい)

 幼過ぎる私は必ずオリビアが帰ってくると信じて疑わなかった。
 いつも約束を守ってくれた──誰よりも優しくて、愛しい人。
 けれど私の元に戻ってきたのは石化した兄と王妃、そして──オリビアだった。魂の一部であるフランもまたオリビアの肩の上で石化しており、自分の元に戻すことはかなわなかった。