フランはオコジョの愛らしい姿だったが上位精霊だと聞いていたので、自分よりも体格の大きなウサギや狐を狩ってくることができたのだと思っていた。水をお湯にする魔法も同じ理屈であまり深く考えていなかった。
「オリビアがいつも、お腹を空かしていたので、ちょうどいい小動物を狩ってきたあと『食事環境が悪いのでは?』とエレジア国に抗議を行い、魔物除けの結界をぶち壊してやりました。王族は面白いぐらい慌ててすぐに改善すると言っていましたっけ」
(一時期、食事が出てこないことがあったけれど、突然食材などが支給されたのはセドリック様が動いたから?)
「離れていましたが夜だけは貴女の傍に居られることで三年の間、堪能していました。私の魂の一部でもあり、貴女の危機に関しては敏感に反応していたと思います。意識が同調してないときは本能的に動いていたでしょう」
(ほ、本能……。たしかに甘えるのも全力だったような)
「しかしオリビアにとってつらい三年を過ごさせてしまい、本当に申し訳ありません」
「いいえ。……三年間つらいことは多かったですが、それでもフランが傍に居てくれて何度も助けてくれたから寂しくはなかったのです」
そうだ。フランが傍にいてくれたら──。
「オリビア。……今度こそ、貴女に寂しい思いも、ひもじい思いも、つらいこともさせません。だからどうか──」
何を願うのだろう。
優しくするから、だから──をしてほしい。
出会う人全員がそう言って声をかけてくる。それはセドリック様も例外ではないのかもしれない。生唾を吞みながら言葉を待った。
(魔導具の依頼? それとも回復薬のレシピ?)
「これからは自分を大事にしてください」
(え……?)
「栄養のある食事に、上質な睡眠、それと休息。それからたくさん私に甘えてください」
「わ、私に何かしてほしい──とかではなくて、ですか」
「そうですね。オリビアの体調が万全になって、そして嫌じゃないのなら私に抱き付いたり、キスしてくれたり、デートなどしてくださいますか? ああ、食事の時間は一緒にとりたいのは今からでも、あとはオリビアが眠るまで傍にいるのも捨てがたい……」
ブツブツと本音駄々洩れなのだが私を好きだという思いが前面に出ていて、聞いているこっちが恥ずかしい。そういえば夜になるとフランは難しそうな顔で「きゅう、きゅううう」と懸命に何か訴えている時があった。その時の雰囲気がそっくりだ。
フランはオコジョの姿をした上位精霊の正体は、セドリック様の魂の一部だった。それなら色々と合点がいく。ただ──その場合、気になることがあった。
「あ、あの……フランが死んだ場合、セドリック様のお身体への影響はあるのですか?」
思わずセドリック様の胸板に触れつつ、腕から腹部、足元へと視線を向ける。怪我を負ったような様子はない。思っていた以上に筋肉質なことに驚いた。
というか竜魔王に対して不敬な態度ばかりだが、当の本人はこの上なく幸せそうだ。「オリビアが自分から触れて来るなんて」と口走ったのが聞こえてきた。
「セドリック様?」
「コホン、魂の一部そのものは私のところに戻ってきましたよ。オリビアの傍に居る役割が終わったからだと思っていたのですが──貴女の動揺からして違うようですね」
「私がこの国に向かう途中で、クリストファ殿下の怒りを買ってしまい……フランは殺されました」
「……そう、でしたか。あの男、次会ったら殺しておきますね」
「え、いえ! それはやめてください」
仮にも王族を殺すと発言しないでほしい。私の反応にセドリック様は真顔でジッと私を見つめた。吸い込まれそうな深い青色の瞳に見惚れてしまう。
「もしかして、あの男を好いているのですか?」
「い、いえ……それはないです」
それを聞いて目尻が緩む。もしかしてクリストファ殿下に対して嫉妬したのだろうか。「よかったです」とセドリック様は抱きしめる。密着度がさらに増した。こんな風に私を抱きしめてくれる人は今まで誰もいなかった。
少なくともエレジア国では──。
「形だけとはいえ婚約者などと肩書をつけて……。やっぱり次に会ったら──」
「セドリック様……」
「はい。なんですか?」
「あ、あの……一度で構いません。フランの姿になることは可能ですか」
この三年、ずっと傍に居てくれた大切な友人であり家族だった。居なくなるとしても、せめてちゃんとお別れをしたい。そうしなければ、いつまでもフランの死を嘆いて立ち止まったまま、動けなくなってしまう。私とずっと一緒にいたオコジョのフランはいなくなってしまったけれど、もしフランがセドリック様でもあったのなら──。
私のことを本当に思ってくれる──だろうか。
少しだけ期待の眼差しをセドリック様に向ける。
「オリビア、竜魔人は生物形態の中で頂点に位置する存在です。けれど伴侶に対してはどこまでも甘く、願いを叶えたい生き物なのですよ。それをよく覚えていてください」
「は、はい」
淡い光に包まれ、その眩さに思わず瞼を閉じた。
恐る恐る目を開くと、真っ白なオコジョがソファにちょこんと座り込んでいる。小首を傾げつつも愛らしい姿に視界が歪んだ。
「フラン」
「きゅう」
腕の中でフランを抱きしめる。温かくて毛並みもモフモフして最高だった。
「フラン。ごめんなさい……私を守ろうとして、庇って……」
私は懺悔した。
あの時、何が何でもフランの傍に駆け寄るべきだった。
お別れも、今までの感謝も、なにも言えずに埋葬すらもできなかった。惨たらしい死を招いた元凶は自分だというのに──。フランは何事もなかったかのように私の肩に乗って頬に擦り寄る。そのまま私は涙が枯れるまで泣き続けた。