青空が広がる朝。
 天音は学校の玄関で靴を履き替えていた。

「おはよーっす」

 あとから来た邪馬斗と幹弥が、天音に声を掛けてきた。

「おはよー」
「もう少しで校内マラソンの時期ですな~」

 幹弥が言った。

「あー。もうそんな時期かー」

 天音は驚いて言った。
 そこに咲がやってきた。

「おはよ。ダルいよねー、マラソン大会」
「おはよー、咲。やだねー、マラソン」

 マラソンが嫌いな天音は、咲と一緒に肩を落とした。

「俺は別にダルくねーけどな! 授業潰れるし良いじゃん!」

 幹弥は張り切って言った。

「俺も別に苦じゃねーし」

 邪馬斗も幹弥に続いて言った。

「男子達は呑気でいいよねー。しかもうちのクラスの男子は運動神経抜群な奴らが多いし」

 咲が口を尖らせながら言った。
 天音たちのクラスの男子は運動が得意な者ばかり。
 とくに運動部に所属している生徒は、地区大会はもちろん、県大会や全国大会にも出場できるほどの実力者が多い。

「私、長距離を走るの苦手。嫌だな……」

 天音はため息まじりに言った。

「キーンコーンカーンコーン……」
「やべ! チャイム鳴ったよ! 早く教室に行こうぜ、邪馬斗!」
「そうだな」

 チャイムが聞こえると、幹弥は邪馬斗に声を掛け、二人は教室に走って行った。

「私達も急ごう、咲」
「そうだね」

 天音と咲も、急いで教室に向かった。
 席に着くと同時に、猿田先生が教室に入ってきた。

「は~い、みんな席についてね~。おはよ~。朝のホームルーム始めま~す」

 いつも通りの気の抜けた挨拶し、ホームルームを始める猿田先生。

「いよいよ一週間後に、毎年恒例の校内マラソン大会がやってきまーす。みんな、当日まで怪我をせずに元気に過ごして、大会に参加して下さいねー。あと、当日は運動着を忘れずに持ってきてねー」

 猿田先生が校内マラソン大会の説明をしていた。
 窓際の席の天音は、ダルそうに聴きながら外の景色を眺めていた。
 雲ひとつ無い、綺麗な青空。吸い込まれそうなくらいの青い空。
 ふと下に視線を向ける。
 ぼーと校庭を見ていると、男性が校庭のトラックを走っているのが目に入った。

「ん?」

 天音は思わず声に出す。
 マラソン選手が身につけているようなユニフォームを着ている、明らかに場違いな男性がトラックを走っていたのだ。
 見るからに、男性は霊であると確信する。

「じゃー、そういうことで当日はみんな頑張ってねー。これで朝のホームルーム終わりまーす。日直さん、号令お願いしまーす」
「起立、礼、着席」

 天音は日直の号令に我に返り、慌てて起立しお辞儀をする。
 ホームルーム後、天音は邪馬斗を呼び出した。

「邪馬斗! ちょっと私の席まで来て!」
「何だよ、急に……」

 邪馬斗は天音に腕を引っ張られながら、天音の席に案内された。

「邪馬斗、校庭見てみ!」
「は? 校庭?」

 邪馬斗は天音に言われるまま校庭に目を送った。
 見るやいなや、邪馬斗はすぐに男性の霊が校庭で走っているのに気づいた。

「何だ? あの人……。ずっとトラック走ってるな」
「ホームルーム中、ずっと走ってるのよ! エンドレスに! あれ絶対に……」
「確定だな……。授業中に抜けることは出来ないから、放課後、校庭に行ってみようぜ」
「そうだね。一応、部活休むことにするよ」
「俺も部活休むわ」

 放課後に男性の霊に会うことにしたが、授業中も男性の霊が気になり、天音は頻繁に校庭を眺めていた。
 その間も、男性の霊はずっと休むことなく校庭のトラックを走っていた。
 なんとも言えない、爽やかな笑顔を浮かべて。
 そして放課後、邪馬斗が声をかけてくる。

「天音、行こうか。まだ居るかな?」
「うん。授業中、気になって見てたけど、男の人、ずっと走っているんだよねー」

 天音は、校庭に目をやりながら言う。

「あ、ほんとだ。とりあえず、行ってみよう」
「そうだね」

 天音と邪馬斗は校庭に向かうと、男性の霊は元気良く、そして清々しく走っていた。
 男性の霊に近づいて見てみると、三十代くらいの見た目で、タンクトップに短パンという、マラソンのユニフォーム姿。

「あのー! すみませーん!」

 天音が男性の霊に声を掛けた。
 すると、男性の霊に声が届いたようで、きれいなフォームで方向を変えて走ってきた。

「おー! 君達! 俺のことが見えるんだね! こーんにーちわー!」

 男性の霊は両手を広げ、元気良く挨拶をしてきた。

「あ、こっこんにちは……」

 あまりの元気の良さに圧倒されて、天音はぎこちない挨拶を返した。

「こんにちわ。えーっと、何をされているんすか?」

 邪馬斗が男性の霊に聞いた。

「なんか、この学校でマラソン大会があるようでね。校舎に貼っていたチラシを見て知ったんだけどさー。それに出たいなーって思って練習していたんだよ!」
「そうなんですか……」

 あまりの熱量に、天音は言葉もない。

「いやー、誰も俺のこと見える人が居なくて……。でも、君達に声を掛けてもらえてとても嬉しいよ! 君達も出るんだろ? マラソン大会!」
「はい。校内のマラソン大会は全校生徒対象なので」
「んじゃー、ライバルだな! 共に頑張ろー! ん? そこの彼女! 何かノリ気じゃないよーだな!」

 テンションが低い天音に、男性の霊は不思議そうな顔をする。

「私……マラソン苦手で……」
「そうなのかい!? うーん……マラソンは楽しいのにな。よし! それなら、一緒に特訓しないかい!? みんなで練習した方が楽しいしな!」
「えぇ~……」

 天音は心の底から嫌そうに言った。

「そうですね、お願いしても良いですか?」

 邪馬斗は男性の霊に同調する。

「えー! 邪馬斗、本気なの?」
「おう。なんか、この人、マラソンに慣れていそうな人に見えるし、コツ教えてもらったほうが当日楽に走れそうじゃね?」
「まあ確かに、マラソン選手っぽいユニフォーム着てるけどさあ……」

 天音が横目で男性の霊を見た。

「マラソン選手っぽいって……。俺、生きていた時は、本当にマラソン選手だったんだよ」

 男性の霊が笑いながら言った。

「そうだったんですか」

 邪馬斗が言った。

「そうだよ。全国大会にも出てたんだよ。メダルも取ったことあるし! そうそう! 俺の名前教えていなかったね。俺、飛翔の翔と書いて、(かける)っていうんだ。よろしくな!」

 翔は笑顔で言った。

「俺は邪馬斗と言います。小さい頃の友達と同じ漢字ですね」
「私は天音です。よろしくお願いします、翔さん」
「よろしく! 邪馬斗君に天音ちゃん! あ、明日は土曜日で学校休みだよね? 早速明日から練習でもどうだい?」
「分かりました!」
「明日から……マジですか……」

 即答した邪馬斗に対して、ダルそうに天音は言った。

「完走できるように頑張るぞ! おー!」
「おー!」
「……おー」

 気合を入れて拳を上に掲げて、大声を上げる翔と邪馬斗。
 それとは対照的に、気が乗らず小さく拳を上げる天音。
 こうして、マラソン大会へ向けての特訓の日々が始まる。