『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』

 やっと夏の暑さから開放され、涼しさを感じられるようになった九月。
 巫山天音(ふやまあまね)は、朝から上機嫌で、クッキーを手作りしていた。
 お菓子作りが大好きで、学校のクラスメイトに振る舞うため、こうして早朝から準備することがある。
 天音は高校二年生、セミロングの髪を一つに結んだ、少し幼い顔立ちの女の子だ。
 焼き上がったクッキーを可愛らしくラッピングして、天音は鞄をかかえて玄関に走った。

「いってきまーす」
「天音、待ちなさい」

 学校に向かおうとした天音を、祖母の鈴子が引き止めた。
 白髪をお団子に結んだ、おかめさんのようなふくよかな顔つきの優しい人だ。
 だけど、天音にとっては厳しく接することもある、怖いお婆ちゃんでもある。

「天音、今日こそは早く帰ってくるのよ。例祭が近いんだから、神楽の練習をしないと」

 巫山の家は、(かんなぎ)神社の巫女を務める家系だ。
 毎年九月に行われる例祭では、代々伝わる巫神楽(かんなぎかぐら)を奉納する。

「えー。毎年踊ってるんだから、別に練習しなくたって大丈夫だよー。それより、ダンス部の大会が近いから、部活頑張らないと!」
「学校のことも大事だけど、あなたは巫山家の代々伝わる巫神楽の舞の後継者なんだから、例祭のことを第一に考えてもらわないと……」
「分かってるよ、おばあちゃん! 学校遅れるからもう行くね! じゃーね!」
「ちょっと待ちなさい! 天音!」

 鈴子の声を最後まで聞かず、天音は逃げるように走って家を出ていった。
 天音は、巫山家に代々伝わる、巫神楽の後継者だ。
 だが、後継者は誰でもなれるものではない。

 後継者になれない者は、舞に使われる神楽鈴をどんなに振っても音を奏でることができない。
 鈴の音を鳴らすことができる者だけが、後継者として舞を踊る資格が得られるのだ。
 天音の母は巫山家の一人娘として生まれたが、鈴の音を鳴らすことが出来なかった。
 そのため、天音が生まれるまでは、祖母の鈴子が舞を踊って継承していたのだ。

 天音が鈴を鳴らすことができたことで、久しぶりに後継者の代替わりが行われた。
 しかし、当の天音は神楽に興味がなく、例祭があるから踊るだけという気持ちでいる。
 年頃の子らしく、古い伝統の神楽よりも、部活のダンスや、お菓子作りに夢中になっていた。
 鈴子から、口を酸っぱくして神楽の練習をするよう言われ、天音は嫌気がさしてしまっていたのだ。

 家を出ると、すぐ前に巫神社がある。
 その隣の家から少年が出てきた。
 天音の幼馴染で同級生の、巫川邪馬斗(ふかわやまと)だ。
 超絶イケメンで、女子からモテモテの邪馬斗だが、天音は特別な感情は一切持っていない。
 小さい頃から一緒に過ごしている、腐れ縁みたいなものだと思っている。

 それは邪馬斗も同じで、ただの幼馴染だと思っている。
 よく一緒に登下校するので、クラスメートからからかわれることもあるが、お互いに全力で否定する関係である。

「邪馬斗、おっはよー!」
「おはよー、天音。そんなに走ってどうした?」
「おばあちゃんがまた、神楽の練習しろってうるさくてさー。逃げ出してきたよー」

 天音は邪馬斗と合流すると足並みを揃えて、学校まで歩いて向かう。

「お前もか。俺もじいちゃんが、笛の練習しろってうるさくてなー。吹奏楽のコンクールが近いから、フルートの練習したいのになー」

 邪馬斗は、巫川家に代々伝わる巫神楽の笛の後継者だ。
 笛の後継者も舞の後継者と同じく、誰でも後継者になれるわけではない。
 後継者になれないものは笛を吹いても音が出ない。
 笛を吹いて音が出るものが後継者になれる。

 邪馬斗の父は巫川家の一人息子として生まれるも、笛を吹いても音が出せず、後継者にはなれなかった。
 邪馬斗が生まれるまでは、祖父の義興(よしおき)が笛の継承をしていたのだ。
 巫川家も二世代ぶりに後継者が現れて嬉しいことなのだが、邪馬斗は神楽よりも部活、勉強に力を入れているため、天音と同じく神楽には興味が無いのだ。
 両家とも全く同じ状況であり、鈴子と義興はいつも頭を悩ませていた。

「別に、3歳の頃から毎年同じ演目を例祭で披露しているから、あえて練習しなくてもちゃんと踊れるのにねー。なーんであんなに年寄り達はうるさいのかなー?」

 朝からしつこく言ってきた鈴子に対して、天音は苛立っていた。

「まーなー。俺達も3年間しか無い高校生活楽しみたいしなー」
「そーだよ! せっかくの青春だもんね!」

 話をしていると学校についた。
 邪馬斗が下駄箱を開けると大量のファンレターが滝のように落ちてきた。

「モテモテは大変ですな~」

 天音は、邪馬斗の足元に落ちたファンレターを拾い集めてあげながら言う。
 邪馬斗は勉強ができる上になかなかなイケメンだ。
 そのため、邪馬斗に好意を抱く女子が多いのだ。

「別に興味ねーし」

 邪馬斗は毎朝下駄箱を開けるごとに滝のように落ちてくるファンレターに呆れていた。

「今日もか。毎朝ご苦労だな」

 邪馬斗に話しかけてきたのは、邪馬斗の友人の幹弥(みきや)だ。
 邪馬斗とよくつるんでいる同じクラスで部活も同じく吹奏楽部の部員だ。

「うるせー」

 邪馬斗は両手でファンレターを抱えながら幹弥に言った。

「持ってやるか?」
「つーか、やるよ」
「お前のだろ? いらねーよ」

 文句を言いながら教室へ向かった。天音は邪馬斗と離れ、自分の席につく。
 すると、天音の前の席に座っていた女子生徒が天音に話し掛けてきた。

「おっはよー! 今日も彼氏と仲良し登校ですか」
「そんなんじゃないし! ただの幼馴染で家が近いだけだよ!」
「まあまあ。分かってるから。ただの挨拶だよ」

 天音をイジってきたこの女子生徒は、天音の友人の咲である。
 天音とよくつるんでいて同じダンス部の部員だ。

「は~い。みんな席についてね~」

 まもなくすると担任の猿田晃彦(さるだあきひこ)先生が教室に入ってきた。
 猿田先生が教室に入ってくると女子生徒がキャーキャー騒ぎ始めた。
 猿田先生は眼鏡イケメンで女子生徒からのかなりの人気がある。

「は~い。静かにね~。出席とるよ~。あれ~? 出席簿忘れてきちゃった! 職員室に戻って取ってくるから待っててねー」

 猿田先生は、ふわふわしていておっちょこちょいで、頼りがいがない教師だ。

「先生、今日もかっこいいなぁ」
「あんたには邪馬斗がいるでしょ!」
「あたしは猿田先生がいいの!」

 天音が猿田先生にうっとりしていると、咲からツッコまれた。
 天音も猿田先生に憧れを抱いている女子生徒ファンのうちの一人でもあった。

「そう言えば天音。そろそろ巫神社の例祭があるよねー。今年も神楽踊るんでしょ? 練習してんの?」
「ぜーんぜん! てか、毎年同じ踊りを踊ってるからあえて練習しなくたって踊れるよ」
「さっすが! あんた一回踊った振り付け、なかなか忘れること無いもんね。今年も見に行くからね!」
「恥ずかしいから、見に来なくたって良いよー」
「えー。ヒップホップ踊っている時の天音とは違う、大人な天音が見れるから楽しみにしてるよ。天音の巫女姿、かっこいいし!」
「はいはい。あ、踊り終わったら、屋台に行って食い倒れしよーよ!」
「よっしゃー! 楽しみー!」

 でも天音はダルいと思っていた。年が経つにつれて、わざわざ毎年神楽を踊るのが嫌になっていたのだ。
 それは邪馬斗も同じであった。
 しかし、こればかりは仕方ないことである。
 巫神楽を披露することができるのは天音と邪馬斗しかいないのだ。

 天音と邪馬斗が後継者として鈴と笛を継承したことによって、鈴子と義興は、鈴と笛の音を出すことができなくなってしまったのだ。
 そのことを天音と邪馬斗もよく分かっている。
 代わりが居ないことを分かっているからこそ、苦悩を感じていたのだった。

 唯一の後継者として神楽の継承をしなければならないという責任感、不自由さ、運命。
 遊び盛りで青春を楽しみたい二人にとっては悩ましいことなのであった。

 放課後。待ってましたと言わんばかりに、天音は張り切って咲に話し掛けた。

「ねぇ、咲! 今回はクッキーを作ったの! なかなかいい出来よ! 食べてみて!」
「えー……。私、ダイエット中なんだよねー」
「えー。あ、ねーねー、あたしが作ったクッキー食べてみない?」

 咲に断られた天音は、隣席のクラスメイトに手作りのクッキーを勧め始めた。

「あ……。うち、部活に行かなきゃ! ごめんね!」
「俺もー!」

 次々とクラスメイト達は断りながら教室を出て行った。
 天音の作るお菓子は不味いことで知られている。
 だから、みんな申し訳無さそうにしつつも、容赦なく断っていく。

「せっかく作ったのに……。あ、邪馬斗ー!」

 天音は、教室にただ一人残った邪馬斗に話し掛けた。

「何だよ」
「クッキー食べてよ!」
「今日は上手く出来たのかよ」
「まぁまぁ、食べてみてよ!」

 幼馴染だけあって、邪馬斗はしょっちゅう天音の手作りお菓子を食べさせられていた。
 だが、その大半は失敗作。
 極まれに奇跡が起こり、美味しいお菓子ができることがある。
 そのときの味を覚えている邪馬斗は、今日こそ美味しく作っていると信じて実験台になっていた。
 天音の楽しみであるお菓子作りの成果を、全て処理してきたのが邪馬斗なのだ。

「やっぱ、不味いな」
「やっぱって何よー!」
「お前、ちゃんと材料の分量測っているのか?」
「いや、目分量よ」
「だから、不味いんだよ。ちゃんと測って作れよ。クラスメイトを殺すつもりか?」
「そこまで言う!? 酷い!」
「酷いのはこっちの台詞だ!」

 言い争っている天音と邪馬斗のことを、クラスメイト達が廊下から見守っている。
 そして、不味いお菓子を最後まで完食している邪馬斗に対して、クラス全員の身代わりになってくれたことに感謝の心を込めて手を合わせていた。

 その後、天音はダンス部、邪馬斗は吹奏楽部に行って部活動をした。
 それぞれ、大会が近いこともあって練習にも力が入っていた。

 一方その頃。鈴子と義興は例祭の準備をしていた。
 屋台も多く並ぶため、準備は神社の世話人をやっている鈴子と義興の指揮のもと、町内会の人達と一緒に行う。

「お宅の邪馬斗君は笛の練習してる? うちの天音は例祭が近いというのに全く練習しなくてねぇ。困ったもんだよ」

 鈴子は落ち込みながら言った。

「そうなのか。うちの邪馬斗も同じじゃよ。高校生になってから余計にそうじゃ。平日はもちろん、休日でも部活があると言って、一日中、学校に居て、家にいることが少なくなってしまった」
「巫神楽は絶対に絶やしてはいけないもの。そう、代々言われてきたのだが……。困ったなぁ。せっかく二代ぶりに後継者が現れたというのに」
「無事に例祭が終われば良いのぉ……」

 お互いの孫たちが神楽の練習をしてくれないことに不安を抱きながら、準備を進める鈴子と義興であった。

 天音と邪馬斗は、部活を終え下校した。
 二人が自宅に帰ってきたのは十九時過ぎであった。
 そこから、夕飯を食べて、風呂に入って、宿題をする。
 寝る時間はいつも二十二時過ぎだ。
 部活でヘトヘトな二人は体力はもちろん、神楽の練習をする時間など無い。

 そんな日常が続き、いよいよ明日は巫神社の例祭の日となった。
 例祭当日。
 神社の鳥居から本堂までの長い参道には町内会の屋台がずらりと並び、たくさんの人で賑わっていた。
 神楽を踊る前だというのに、天音は咲と一緒に屋台で焼きそばを食べて楽しんでいた。

「やっぱ、屋台の焼きそばは美味しいねー」
「うん! でも、天音。そろそろ神楽踊る準備しなくても良いの?」
「え? もうそんな時間?」

 そこへ天音達のもとに、邪馬斗が息を切らしながら走ってくる。

「天音、こんな所に居たのか。じいちゃん達が呼んでたぞ。そろそろ準備始めるってよ」
「はーい。じゃー、咲。またねー。終わったら、今度は焼きとうもろこし食べよー!」
「はいよー! 頑張ってねー」
「ありがとー!」

 急いで神楽殿に向かう邪馬斗の後ろを、天音は焼きそばをかきこみながらついていく。

「てか、お前まだ食べる気かよ……」
「当たり前よ! 悔いなく食べ尽くさないと! 年に一度の例祭だからね!」
「太るよ」
「乙女に向かって失礼な!」

 いつもの痴話喧嘩をしていると、神楽殿に着いた。

「さぁ、お二人さん。衣装に着替えなさい」

 待ちくたびれた様子の鈴子が、神楽の衣装を準備して待っていた。

「はーい」

 二人は控えの間で神楽の衣装に着替える。
 天音は白の着物に赤の袴姿。邪馬斗は白い着物に水色の袴姿に着替えた。
 神楽殿で踊る時間まで待つ間、天音は邪馬斗に尋ねた。

「今年で何回かなー? 例祭で神楽踊ったの」
「3歳の時からだろ? 十五回目?」
「そっかー。そんなに踊ったのかー。あたし達、ベテランになったんじゃない?」
「なに呑気なこと言ってんだよ。いつまでこの例祭に出て笛を吹き続けなきゃいけねーんだろーなー」
「えー? あたし達の時みたいに後継者が現れる時までじゃない?」
「そーかー。トキ子おばあちゃんが見に来ていた時は、褒められるのが嬉しくて楽しかったのに、おばあちゃんが亡くなってからは、どうも乗り気じゃないんだよなー」
「あたしもー! わかるぅー! おばあちゃん亡くなってから二年経つもんねー」
「そうだな。俺ら中三の時だったなー」

 二人の神楽を誰よりも楽しみにしていた、近所のトキ子お婆ちゃん。
 二年前に、病気で亡くなってしまった。
 天音と邪馬斗は懐かしそうに昔の頃を回想しながら、時間が来るのを待っていた。

「お前達、時間じゃよ」
「はーい」

 義興が時間を知らせに来た。
 天音と邪馬斗は神楽殿に上がり、神楽を舞い始める。
 ゆっくりと落ち着いた笛の音が、静寂に満ちた神楽殿に響く。
 代々伝えられた、特別な木で作られた笛。
 邪馬斗の奏でる音に合わせ、天音が神楽を舞う。
 金色の神楽鈴を頭上で優雅に振り回し、クルクルと回りながら舞う。
 天音の舞と邪馬斗の笛に、人々は聞き入っていた。
 そして、舞の終わり間際には舞手が神歌を歌い、鈴を天に掲げて拝んで締める。

『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』

 演目が終わり、天音と邪馬斗は観客に向かって深く頭を下げる。
 観客の拍手が鳴り響く。
 そして、今年も無事に例祭は幕を閉じた。
 後片付けをするため、天音と邪馬斗は本堂に行った。

「さっさと、本堂の掃除して帰ろー!」
「そうだなー。宿題もやんなきゃいけないし」
「邪馬斗、後で宿題見せてー。もう疲れて、宿題する気全く無いし」
「だからお前、頭悪いんだろ? 少しは自分で問題解けよ」
「えぇー、良いじゃーん。邪馬斗、成績優秀だし。少しくらい見せてよー」

 そう言いながら、天音が本堂の戸に手をかけた瞬間。

「きゃ! なに!?」

 突然、不気味な黒い霧が本堂を包み込んだ。

「天音!」

 邪馬斗は、咄嗟に天音を抱いて守る。
 その瞬間、パリッと何かが割れる音がした。

「何抱きついてんのよ! 離れなさいよ!」
「はぁ? どう考えてもやべー状況だろ? そこはお礼を言うべきだろ!? それより何か音しなかったか?」
「した! 何か割れた音した! ……邪馬斗! あれ!!!」

 天音は本堂の中を指差し、驚きながら邪馬斗に言った。
 天音が指で示した先には、巫神社の御神体とされている神鏡がある。
 それが、粉々に砕け散っていた。そして、飛び散った神鏡の破片が、光を放ちながら消えてしまう。
 天音と邪馬斗は目を丸くして驚き、言葉を失った。

「御神体が……。どうしよう……」

 天音がやっと言葉を発すると、物音を聞きつけた鈴子と義興が駆けつけた。

「どうした!? 本堂の方で強い光が……音が聞こえてきたのじゃが……」
「なんと!? 義興じいさん!」
「……なんということじゃ……」

 神鏡が失くなっているのを鈴子と義興は、呆然として見つめた。

「おばあちゃん……」
「天音! 怪我はないかい!?」
「うん……」

 突然の出来事に、天音は気が動転し涙目になっていた。

「邪馬斗、大丈夫か?」
「あぁ……まぁ。じいちゃん……」

「邪馬斗、今は何も言わんでええ。まだ町内会の人達がいるからな。とりあえず、本堂の戸を閉めなさい。ワシの家で話を聞こう」

 義興はそう言って、本堂を後にした。

「天音、私も義興じいさんの家へ先に行っているから、落ち着いたら邪馬斗君と一緒に来なさいな」
「分かった……」

 鈴子はそう言って、義興を追うように行ってしまった。

「邪馬斗……。これからどうなっちゃうんだろ? なんか大変なことになっちゃった感じがする」
「分からない。とりあえず、じいちゃん達にさっきのことを伝えて、これからのことについて話し合おう」

 邪馬斗は本堂の戸を静かに締めながら言った。
 天音と邪馬斗は残りの片付けをして巫川家に向かう。
 居間では鈴子と義興が並んで座布団に座り、深刻な顔で天音と邪馬斗を待っていた。
 天音と邪馬斗は、怯えた様子で二人の前に座った。

「例祭でお疲れのところ申し訳ないが、二人で本堂の掃除に行った時のことを話しておくれ」
「あ、うん……。あの、突然、すごい音が……光が……」
「落ち着け、天音」

 まだ動転している天音を察し、邪馬斗が代わりに話し始めた。

「俺の口から言うよ。天音と一緒に本堂の掃除をしようとして本堂の戸を開けようとしたら、急に黒い霧が本堂を包んだんだ。そしたら、神鏡が割れて飛び散った破片が光を放って消えた。そこに、じいちゃん達が来てくれた」

 天音も頷きながら、邪馬斗が話を聞いていた。

「そうか。実は、二人と別れた後、代々伝わる巫神社の書物を蔵から持ってきたんじゃ」

 義興はそう言って、天音と邪馬斗の目の前に一冊の古い本を差し出して見せた。その本はかなりの年季が入っていて黄ばみ、ボロボロになっている。

「この本に、今回の原因ではないかということが載っていたのよ」

 鈴子がそう言うと、義興が頷きながら話を続けた。

「お前たちにもいずれかは巫神社と巫神楽のことをきちんと話さなければならないと思っていた。今回がその良い機会だと鈴子ばあさんもワシも思っている」

 義興は巫神社の書物を開いて見せながら、巫神社と巫神楽について話し始めた。
 巫山家と巫川家の間に建つ巫神社は、いつからあるのかも不明なくらい歴史が古い。
 毎年例祭が行われており、そこで必ず巫神楽を奉納している。
 巫神楽は、巫山家の舞と巫川家の笛で構成されている。
 しかも、舞で使う鈴と笛を鳴らすことができる者しか神楽を奉納することが許されてない。
 後継者の舞と笛は不思議な力がある。
 古来より例祭で奉納されている神楽はこの世を彷徨う霊を魂送りできると代々言われていた。
 そして、巫神社の御神体と言われている神鏡は後継者が神楽を継承されていることによって守りの力が備わっていた。
 そのため、後継者の意志は神社の力を左右するとも言われている。

 義興は淡々と書物を見ながら天音と邪馬斗に巫神社と巫神楽について語った。

「ということは毎年例祭で踊っていた神楽って、ただの踊りじゃなかったってこと?」

 天音が考えながら言うと、鈴子が大きく頷きながら、

「でも、ここまで影響があるとは思ってもいなかったが」

 と言った。

「影響?」

 天音が頭を傾げながら言った。

「どういうことだ? 俺達となんの関係があるというんだ?」

 邪馬斗も全く分からない様子で言った。すると、義興が大きく深呼吸をした後、ゆっくりと話の続きを語り始めた。

「つまり、唯一の原因はお前達じゃよ」
「私達……?」

 天音と邪馬斗はお互い顔を見合わせた。

「そうじゃ。お前達神楽の後継者の意志が薄れてしまったことが神鏡が割れてしまった原因じゃ。お前たちは最近稽古をサボり気味になっていたじゃろ? そのため、舞と笛に気持ちが入っておらず、なぁなぁにやり続けたことによって、神社に力が失くなり、神鏡が割れてしまったのじゃろう。このままじゃと、神社の力が失くなったままになり、魂があの世に行けず彷徨ったままになってしまうのじゃ。霊たちがあの世に行って安らかに休めるように、巫神楽の後継者であるお前たちが、彷徨っている霊たちの魂送りをして、神鏡を元に戻して、神社の力を取り戻してほしいのじゃ」
「神鏡を元に戻すのと、魂送りは何の関係があるんだ?」

 邪馬斗は義興に聞いた。

「書物によると、魂送りと神鏡の修復は深い関係にあると書いている。詳しい理由は分からんが、今はこの書物に書いてあることを信じてやっていくことしかできん。なんせ、神鏡が割れて失くなってしまうなんぞ例外なことじゃからな」
「そんなに重要なことを引き継いでいたなんて思ってもいなかった……」
「俺も……。」

 天音と邪馬斗は、自分達が軽い気持ちで神楽を継承してきたせいで神鏡が割れてしまったという罪悪感に大きなショックを受けた。

「あなた達二人で協力し合って、どうかお願いします。私達には神楽の後継者の資格が失くなってしまっているから、二人にしか出来ないことなの。」

 鈴子は涙目で天音と邪馬斗に頭を下げて言った。

「私……やるよ!」
「もちろん俺もやるよ!」
「うむ! 頼むぞ!」

 こうして、天音と邪馬斗は神鏡を戻すために霊を魂送りすることになった。

 翌日。
 天音と邪馬斗は改めて巫神社に来ていた。天音は神鏡を飾ってあった場所を眺めながら

「いつもあるものが無いと寂しいね」
 
 と、呟くように言った。

「そうだなー。まさか、こんなことになるとは思ってもいなかったもんなー」
「わたしもー。まさか、漫画の中みたいなことが起きるなんてねー。でもさー、私霊感なんて無いんだけど、どうやって霊を見つけて魂送りするのかな?」
「じいちゃん達も分かんないって言ってたもんなー。それに神鏡が割れるなんて前代未聞なことらしいから詳しいことは不明らしいし……。こりゃー、手探りでの活動になるなー」
「はぁ、長い道のりになりそうだね~」

 二人は顔を見合わせ、ガックリを肩を下ろした。

「そういえばさ。私達が神楽に力が入らなくなったのって、二年前のトキ子おばあちゃんが亡くなってからじゃない?」
「そうかもなー。いつも俺らの神楽を褒めてくれてたからなー。俺、おばあちゃんが亡くなった時、結構ショックが大きかったんだよなー」
「私もー。トキ子おばあちゃんのこと大好きだったから……」
「そうだな……」

 天音と邪馬斗は懐かしそうに神楽を楽しく踊っていた頃を振り返っていた。
 しかし、後継者としての意志が薄れてしまった原因の始まりでもあったことを思うと、再び気が重くなってしまったのであった。 
 そんなことを思いながら本堂を眺めていると、後ろに何か気配を感じた。
 二人はびっくりし、振り向かずに小声で話す。

「ねぇ……。邪馬斗……」
「何も喋んな! お前が言いたいことは大体分かる!」
「こんな真っ昼間に出るもんなの!?」
「そんなこと知るか!」

 二人が言い合っていると、向こうの方から二人に話しかけてきた。

「もしかして……天音ちゃんと邪馬斗ちゃんかい?」

 二人は声を聞くと思いっきり後ろを振り向いた。その声は懐かしい聞き覚えのある声であった。
 振り向くと、そこには少し腰が曲がった八十代後半くらいの女性が一人ニコニコしながら立っていた。
 その女性は二年前に亡くなった、二人が大好きだったトキ子おばあちゃんであった。
「トキ子おばあちゃん!!!」

 二年前に病気で亡くなった、二人の神楽を誰よりも楽しみにしていた近所のトキ子おばあちゃんがニコニコしながら立っていた。
 天音は泣きながらトキ子おばあちゃんに飛びついた。
 しかし、トキ子おばあちゃんは透けていたため、抱きつこうとした天音は通り抜けてしまい、コケて地面にうつ伏せになってしまった。

「おい、天音! 大丈夫か?」
「いったあーい!」

 邪馬斗が天音に近寄って声を掛けた。
 天音は奇跡的にも無傷だった。

「おやおや、大丈夫かい?」

 トキ子おばあちゃんも天音のことを心配して近寄ってきた。

「本当に……本当にトキ子おばあちゃんなの?」

 天音が恐る恐る聞くとトキ子おばあちゃんはニコニコしながら

「そうだよ。二人とも、大きくなったね~」

 と答えた。

「トキ子おばあちゃん、何でこんなところにいるんだ?」

 邪馬斗が不思議そうに言った。
 すると、トキ子おばあちゃんは困った顔で言った。

「あの世に行けなくてねー。困っている所にお前さんたちを見かけてねー」
「そうだったんだ」
「あ、邪馬斗! おばあちゃんと義興おじいちゃんが言っていたこと! 魂送りをやればトキ子おばあちゃん、あの世に行けるんじゃない!?」
「そうか! そうだな! 早速やってみるか!」

 天音と邪馬斗は早速トキ子おばあちゃんの前で、魂送りをした。トキ子おばあちゃんは、久しぶりに見る天音と邪馬斗の巫神楽に涙を浮かべ、喜びながら見ていた。

「あぁ……。また、天音ちゃんと邪馬斗ちゃんの神楽を見れるなんて……。ありがたや~」

 二人が神楽を踊り終わる。
 しかし、トキ子おばあちゃんは二人のことをニコニコと微笑みながら拍手をしていた。

「あれ? おばあちゃんまだいるね……」
「おばあちゃん! 私達の神楽、どうだった!?」
「良かったよー。また見れておばあちゃんは嬉しいよ~。ほんと、天音ちゃんと邪馬斗ちゃんは上手だねぇ~」

 天音は嬉しそうにトキ子おばあちゃんと話をしていた。
 そこに、邪馬斗が呆れながら、天音にツッコんできた。

「おい、天音! そんなこと言ってる場合か! ちゃんとじいちゃん達に教えてもらった通りに魂送りやったのに、トキ子おばあちゃん、あの世に行けていないんだぞ! おかしいと思わないのか!」
「あ、そうだった! 趣旨を忘れてた! てへっ」
「ブサイクが、てへって言うな」
「誰がブサイクですって!?」

 天音と邪馬斗が喧嘩をしていると、トキ子おばあちゃんがクスクスと笑って言う。

「相変わらず、二人は仲良しさんで良いねぇ~」
「よくなーい!」

 天音と邪馬斗は声を合わせて言った。

「とにかく、天音。トキ子おばあちゃんの魂送りができるように考えないと……」
「そう言われても……。う~ん……。……あ!」

 考えていると天音が一つの考えが閃いた。
 そして、トキ子おばあちゃんに問いかけた。

「ねぇ、トキ子おばあちゃん。もしかして、この世に未練が残っていたりしない?」

 トキ子おばあちゃんは少し考えた後、ハッとした顔をして天音と邪馬斗に話し始めた。

「あぁ……。言われてみれば、一つあったのぉ~」
「なになに!? 言ってみて!」
「病院に入院していた時、もう一度行ってみたいと思っていた所があったんよー。だけど、一度も退院できずに、病院でポックリ死んでしまったからね~。行ってみたかったが、叶わなくてね~」

 トキ子おばあちゃんは寂しそうに言った。

「行ってみたかった所ってどこなんだ?」

 邪馬斗がトキ子おばあちゃんに聞いた。

「ほれ、お前たちとよく遊びに行っていた、あのナギの木が立っている小山だよ」

 巫神社の裏山に小山がある。その頂上には大きなナギの木が立っている。
 天音と邪馬斗は幼少期、よくナギの木までトキ子おばあちゃんと一緒に散歩をしに行っていた。
 ナギの木から見える景色がとても良く、町を一望できる。

「トキ子おばあちゃんはナギの木の所に行きたいの?」

 天音はトキ子おばあちゃんに確認した。

「そうだよ。思い出の場所だからねぇ~。もう一度行ってみたいね~」
「分かった! んじゃー、明日学校休みだし、三人で行こう! 邪馬斗、明日部活休んでね! 私も休むから!」
「言われなくても休む気でいたし。最近、ナギの木まで行っていなかったから、久々に行きたいしな」
「よし! けってーい! じゃーまた明日、ここに集合ね!」

 こうして明日、天音と邪馬斗はトキ子おばあちゃんと共に、巫神社の裏山に行くことになった。
 そして、翌日。
 天音は巫神社に向かった。
 神社には邪馬斗、トキ子おばあちゃんが既に待機していた。

「おっはよー!」

 天音は元気に邪馬斗とトキ子おばあちゃんの元に駆け寄った。

「おはよう。天音ちゃんはいつも元気だね~」
「遅いぞ!」
「ごめんごめん。さ、行こうよ!」

 三人は巫神社の裏山に入り、ナギの木を目指して歩き始めた。
 街を一望できることで有名なところでもあるため、参道は整備されており、とても歩きやすくなっている。
 しかし、小山とだけあって坂道となっている。
 頂上に着くと、道が拓ける。正面には大きなナギの木がそびえ立っていた。

「久しぶりに来たぁー! この木はやっぱりおっきいなー!」

 天音はナギの木に駆け寄り、大きく手を広げながら言った。

「お前はガキか。はしゃぐなよ」

 邪馬斗は呆れながら言った。

「やっぱり、ここから見る景色は良いよねー」

 天音がそう言うと、トキ子おばあちゃんが天音に近づき、街の景色を見渡した。

「そうだね~。ここはとてもいい場所だ」

 トキ子おばあちゃんがそう言って、ナギの木に近づいて行った。
 そして、高くそびえ立つナギの木を見上げながら言う。

「ここはね、もう一つ思い出があってね。私の旦那との思い出の地でもあるんだよ。よく旦那とここに来て、この街の景色を見ていたんだよ。あと、このナギの葉は縁結びとも言われていてねー。このナギの葉のお陰かもねー、旦那と一緒にいれたのは。でも、早くに亡くなっちゃってねー……。旦那もあの世で私のことを待っているだろうね。早く会いたいな……」

 トキ子おばあちゃんはそう言っていたが、寂しい顔はしていなかった。
 むしろ、大好きな旦那ともう少しで出会える嬉しさを感じられる表情をしていた。

「ありがとうね。思い出の地にまた天音ちゃんと邪馬斗ちゃんと一緒にこれてよかったよ~」
「私もトキ子おばあちゃんと一緒にここにこれてよかったよ!」
「俺も。ありがとう、トキ子おばあちゃん」
「もう未練は無いよ。さぁ、旦那が待っているあの世に送っておくれ」
「うん」

 天音と邪馬斗は魂送りをした。
 天音が邪馬斗の笛に合わせて舞始めると、淡い光が辺りを包み始めた。
 その光は暖かくも優しい感じの光であった。
 魂送りをしていると、トキ子おばあちゃんの話す声が聞こえた。

「これからもわたしの大好きな神楽を引き継いでいってね。みんなが楽しみにしているよ。頑張ってね」

 そして、舞の終盤となり、天音は神歌を歌う。

『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』

 天音が踊り終わると、トキ子おばあちゃんの魂はあの世に行き、消えてしまっていた。

「トキ子おばあちゃん……。私、頑張るね。この神楽引き継いて、絶対に神鏡を元に戻すね……」

 天音は泣きながら言った。

「天音にもトキ子おばあちゃんの声が聞こえたのか」
「うん……。トキ子おばあちゃんのためにも、街のみんなのためにも、神鏡を元に戻すためにも……。がんばろうね、邪馬斗!」
「あぁ!」

 天音と邪馬斗は、トキ子おばあちゃん、街の人達のためにも、神鏡を元通りにすること、魂が待っている人の元へ行けるように魂送りをやっていくことを思い出のナギの木の元で強く誓うのであった。
 早朝。
 鈴の音がシャンシャンと家中に鳴り響いている。
 天音は一人、家の広い座敷で神楽の練習をしていた。
 何回練習したのか、額には汗が滲んでいた。
 鈴の音を聞いた鈴子が座敷に入ってきた。
 鈴子は天音が神楽を練習している姿を見て、目を丸くして驚いた。

「天音……。こんな朝早くから率先して練習して……。その気になってくれたんだね……私は嬉しいよ……」

 感激の涙を流しながら、鈴子は言った。
 天音は鈴子の声に気づき、練習を中断した。

「あ、おばあちゃん。おはよー」
「おはよう。こんなに朝早くどうしたんだい?」
「あぁ……。えーっと、実は昨日、トキ子おばあちゃんを魂送りしたんだけど……。トキ子おばあちゃんが神楽を引き継いで頑張ってって言っててさー。トキ子おばあちゃんの気持ちを考えたら、頑張らなきゃと思って、朝練してたの……」

 天音は照れくさそうに言った。

「トキ子って……二年前に病気で亡くなったトキ子さんのことかい!? お前、トキ子さんに会ったのかい!?」

 天音は昨日、邪馬斗と一緒に魂送りしたことを鈴子に話した。

「うん。会ってすぐ魂送りをしたんだけど、送れなくてさ。トキ子おばあちゃんがこの世に未練があることを知って、邪馬斗と一緒に未練を晴らしてから魂送りをしたら、魂があの世に行けたんだー」
「ほぉー……。ただ、魂送りをやれば良いって事ではないようだね。よく頑張ったのー、天音」
「おばあちゃん! 私、もう一度真剣に神楽と向き合って、巫神社の力を取り戻せるように頑張るよ!」
「うん! うん! ……ん? なんだね? この匂いは……」

 鈴子は、ふと匂いを気にし始めた。

「ん? ……なんか焦げ臭い……。あぁー!!!」

 天音はハッとして台所へ急いで走って行った。
 オーブンを開けると、朝食用に準備していた食パンが真っ黒に焦げていた。

「あちゃ~、やっちゃったぁ……。しょうがないか……」

 天音はがっかりしながら、真っ黒になった食パンにジャムを塗って齧りつく。
 食べながら家を出ると、ちょうど邪馬斗が家から出てきた。

「おはよー!」
「おー、おはよう。なんだその黒いパンは? 新作のパンか?」

 天音が食べていた真っ黒に焦げたパンを見て、邪馬斗はからかうように言った。

「ただ、焦げただけ!」
「お前、お菓子作りが下手な上に、食パンですらろくに焼けないのか」
「うるさいなー。神楽の練習してたらパン焼いていたこと忘れてたんだよ!」
「あー、やっぱり。なんか鈴の音聞こえるなーって思ってたんだよなー。実は俺も朝早くにヤギの木の所に行って、街の景色を見ながら笛の練習をしてたんだ」
「へー。よくいつもどおりの時間に家出れたね」
「お前と違って、時間に余裕を持って行動してんだよ。お前もちゃんと時間にゆとりを持って行動しろよ」
「でも、間に合ってるから良いじゃん」
「まったく……」

 会話をしながら学校に登校した二人。
 教室に着き、それぞれ席についた。
 天音が席に着いてのんびりしていると、咲が話し掛けてきた。

「おはよー、天音! 昨日部活休むなんて珍しいね! なんかあったの?」

 天音も邪馬斗も、魂送りの件については家の人以外には誰にも話していない。
 話したところで、誰も霊のことなんて信じてくれないからだ。

「あー、まぁー……。家にいるおばあちゃんがちょっと具合悪くてさー。ほら、私の両親って出張が多くて家にいることないじゃん? だから、私がおばあちゃんの看病をやんなきゃいけなくてさー」
「そうだったんだー。大会近いのに大変だねー」
「あっ……。大会……」
「えっ!? あんなに部活熱心な天音が大会のこと忘れることあんの!?」
「いやいや、忘れてないよー! ただ最近、ちょっと目まぐるしくてさー」
「しっかりしなよ、天音! あんた、優勝候補なんだから!」

 天音はダンス部の中でもなかなかな実力者である。
 そのため、今度のダンス部の県大会では優勝候補と言われていた。

「大丈夫! 練習はバッチリだよ!」

 天音は自信満々に答えた。

 そして、放課後。

「ワンツースリーフォー、ファイブシックスセブンエイト……」

 天音はダンスの練習に励んでいた。
 天音はソロの部に出場する。

「ふぅ……。もう一回! ……ん?」

 天音が何か気配を感じた。
 周りをよく見ると、一人見慣れない女の子が部室の隅でダンスを踊っていた。
 天音と同じくらいの歳に見える。

「あの子……。もしかして、霊? にしても、メッチャ上手い!」

 天音は女の子を見ながら感嘆の声を漏らした。
 すると、その女の子が天音に気づいて近づいてくる。

「君、あたしのこと見えるんだね! 良かったー! 話せる人いて! 私のこと見える人が居ないから退屈してたよ~」

 馴れ馴れしく女の子は話し掛けてきた。
 元気いっぱいでテンションも高かったため、天音は困惑してしまう。

「えーっと……。元気が良いね……」
「元気だけが取り柄なんだー!」

 すると、心配そうに咲が話し掛けてきた。

「どうしたの? 独り言なんて珍しいね。大丈夫?」
「あー、ちょっとトイレに行ってくる!」

 天音は女の子に小声で「ちょっと来て」と言って部室を出て、外まで走って行った。
 周りに人が居ないことを確認し、天音は小声で話し掛けた。

「ふぅ……。ここなら人気を気にせずに話せるね。あなた、名前は?」
「あたし、茜! ねえ! 本当にあたしのことが見えるの!?」
「うん。茜ちゃんはなんでこんなところにいるの?」
「うーん……。気づいたらここに居たー。あたし、高二の時に交通事故で死んじゃってさー。ていうか、君! ダンス上手いね! 見てたよ!」
「ありがとう……。私も高二なんだー」
「そうなの? 同級生じゃん! イエーイ!」

 茜ははしゃぎながら、天音にハイタッチを求めながら言った。
 あまりのテンションの高さに、天音は苦笑いを浮かべ、ぎこちなく茜とハイタッチを交わす。

「ごめんね。うるさくて」

 茜は気を遣ったのか、少しトーンを落とす。

「うんうん。大丈夫。ところで、茜ちゃん。私、茜ちゃんみたいにこの世にいる霊をあの世に行けるように魂送りしているんだけど……。もしかして茜ちゃんがまだこの世に居るのって、何かやり残したことがあるからだと思うんだけど、何か心当たりないかな?」
「あー、だからあたしのことが見えるんだね。う~んとね~……」

 少し考えると、茜は何か思い出したのか、ポンと手を叩いた。

「そうそう! あたしが交通事故で死んじゃった日、ダンスの大会があったんだ! 会場に向かっていた時に事故にあって死んじゃったんだよね。団体戦に出ることになってたんだー……。凄く悲しくて、悔しかったんだけど、亡くなってから結構時間が経って、死んじゃった現実と向き合うことが出来て、その間にちゃんと家族とダンスの仲間にお別れを言えたんだけど、何故かこの世に留まっていたんだよね。これからどうしたら良いのか分からなくなっていなんだけど、誰もあたしに気づいてくれなくて。踊っていれば、誰か気づいてくれるかなって思って、色んな所で踊っていてさー。そしたら、この高校からポップスの音楽が聞こえて来てみたら、ダンス部見つけてさー。んで、踊っていたら天音ちゃんが見つけてくれたんだよねー。そこでお願いがあるんだけど、今度天音ちゃんが出る大会で一緒に踊りたいんだけど……。お願いします!」

 茜は一気にまくし立てて、深々とお辞儀をする。

「でも、私が出るのって個人の部だよ?」
「邪魔だよね……」
「いや。それでも良いのであれば私は構わないけど」

 天音がそう言うと、

「いいの!? ありがとう! 本当にありがとう! めっちゃ嬉しい!!!」

 と、茜は嬉しそうに飛び跳ねた。

「んじゃ、明日から練習しよう!」
「うん! よろしくね、天音ちゃん!」

 茜が右手を差し伸べた。
 天音が茜の手を握ろうとするも、すり抜けて握手ができなかった。

「あ……。そうだった」

 霊体の茜と握手ができないことに気づき、お互いに笑い合った。

「あっ! 部活抜け出していたんだった! 早く戻らないと! そうだ茜ちゃん。帰り、魂送りを一緒にやっている相方のこと紹介するから待ってて!」
「分かったー。あたしのせいでごめんね。部活頑張ってね。振り付け考えながら待ってるねー」
「うん!」

 そう言って、天音は部室へと走って戻った。
 部室に戻ると、既に練習は終わっていてミーティングをしているところであった。
 天音はそっと忍び足で部室に入り、こっそりミーティングに加わった。
 天音が戻ってきたことに気づいた咲は、小声で天音に話し掛けた。

「天音、大丈夫? トイレ長すぎない?」
「ごめんごめん。 ちょっとお腹痛くて……。でももう治ったから大丈夫だよ」
「なら良いんだけど……。大会まであと二週間だね。優勝候補、頑張れ」
「ありがとう! 咲も団体戦頑張ってね!」
「うん!」

 ミーティングが終わり、天音は制服に着替えて学校を出た。
 校門を出ようとすると、茜が声を掛けてきた。

「天音ちゃん、お疲れー!」
「おまたせ。あ、ちょっと待っててね。もう少しで、邪馬斗が来ると思うから」
「なに、男? 彼氏?」

 茜は、ニヤニヤしながら天音に言った。

「違うよ! 一緒に魂送りしている相方のことだよ!」
「ふ~ん」

 茜はさらにニヤニヤしながら、天音を見た。

「あ! 邪馬斗!」

天音は手を振りながら、校舎の玄関から歩いてきた邪馬斗を見て言った。

「お疲れー。誰、その子? てか、霊だな」

 邪馬斗は、茜を見るなり言った。

「そう。茜ちゃんっていうの」
「茜です! よろしくね、邪馬斗君!」

 茜は元気に邪馬斗に挨拶をする。

「こんにちは。ところで、この子の未練って聞いたの?」

 邪馬斗は早々、天音に聞いた。

「うん。この子もダンスを高校でやっていたらしいけど、ダンスの大会の当日に事故で亡くなっちゃったんだってさ。んで、今度私が出る大会で一緒に踊りたいんだってさ」
「なるほど。確か、天音のダンスの大会って二週間後だったな。ということは魂送りするのは二週間後の大会の後ってわけだな」
「そういうこと。邪馬斗、大会に来れる?」
「うん。何も予定ないから行けるよ」
「ありがとう! 茜ちゃん、大会頑張ろうね!」
「うん! もう一度大きいステージで踊れるって思うと、ものすごくテンション上がる! 頑張るぞぉー!!!」
「おー!!!」

 天音と茜は、そろって拳を掲げて気合いを入れた。

「お前ら、本当に今日知り合ったばっかりなのか? 知り合ったばかりとは思えないくらい意気投合してんな」

 邪馬斗は二人のことをポカーンと口を開く。

「だって私達、コンビで踊るんだもん!」
「イエス! 天音ちゃん!」
 
 天音と茜は、まるで昔からの親友のように笑い合った。

 それから、天音と茜はダンスの大会に向けて練習に励んだのであった。
 茜は天音の振り付けに合わせながら、自分らしいダンスの振り付けを考えて練習に励んだ。
 学校では周りの目もあるため、お互い自主練をし、朝練や休日の時に巫神社で一緒に練習をしていた。

「茜ちゃん、短時間で私のダンスに合わせて、しかも茜ちゃんらしい振り付けを考えれるなんて……。しかもこの完成度の高さ。凄すぎる! もしかして茜ちゃん、ダンスの大会とかで入賞したことあるでしょ?」

 茜のハイレベルなダンスのクオリティーに、天音は驚いていた。

「あたし、亡くなった日、初めて大会に出る事になっていたんだ。でも叶わなくて……。プロダンサーを夢見てたんだよねー」
「そうだったんだ。大会では思いっきり踊ろうね!」
「うん! ありがとう、天音ちゃん! ほんと天音ちゃんと出会えて良かったー!」

 二人は手を取り合うようにして、楽しそうに飛び跳ねていた。
 そして、大会当日。
 控室に邪馬斗が顔を見せた。

「天音、茜ちゃん頑張れよ」
「わざわざ控室まで来てくれたの? ありがとう!」

 天音がお礼を言うと、邪馬斗が天音のほっぺたをつねる。

「何言ってんだよ! お前、緊張しすぎ! 巫山のおばあちゃんがお昼の弁当忘れて行ったから届けて欲しいって頼まれてきたんだよ! ほら! 弁当!」
「あ! 忘れてた! ごめん!」

 天音は邪馬斗から弁当を受け取った。

「ほんと仲が良いんだね。お二人さん付き合ったら?」

 茜が言うと、天音と邪馬斗が声を大きくして、

「絶対にあり得ない!」

 と叫ぶ。
 周りにいた人達が驚くのに気づいて、天音と邪馬斗は気まずくなり、顔を引きつらせながら頭を下げて謝罪した。

「と、とにかく頑張れよ! じゃーなー!」

 そう言って、邪馬斗は客席へと走って行った。

「さて、お弁当食べて時間まで待とう」

 天音は弁当を食べながら、時間まで控室で待機した。
 その間も、茜は振り付けの復習を必死にしていた。

「そろそろ時間……。茜ちゃん、舞台袖に行こう」
「うん!」

 天音と茜は、舞台袖に行って出番を待つ。

「天音ちゃん、緊張してきたー」
「茜ちゃん、大丈夫だよ! 思いっきり踊ろう! 楽しむことが一番だよ!」
「そ、そうだね!」

 いよいよ、天音と茜の出番となる。
 ステージの中央まで行き、二人は顔を見合わせて頷く。
 まもなく幕が上がり、ポップスの音楽が流れ、二人のダンスが始まった。

 観客からは天音だけしか見えていない。
 しかし、不思議なことに茜の存在も感じられるようになっていた。
 観客の間にどよめきが走る。
 一人のはずなのに、コンビのダンスのように見えたのだ。

 二人は、満面の笑顔で決めのポーズをとる。
 観客席から、大きな拍手と歓声が響いた。
 ステージ袖にはけると、茜が天音の周りをぐるぐると飛び回る。

「めっちゃ、気持ち良かったー! 楽しかったー!」
「私も楽しかったよ! ありがとう、茜ちゃん!」
「こちらこそ! 天音ちゃん!」

 二人はステージが終わっても、気持ちが高ぶったままだった。
 そして、結果発表。
 天音は手を合わせながら、発表の時を観客席で待っていた。

「あ~、ドキドキする~」
「あたしもー!」
「では、発表します。個人の部優勝は…………。巫高校二年、巫山天音さん!」

 その瞬間、天音と茜は飛び跳ねて席を立ち、喜びを爆発させた。

「やったー!!!」

 こうして、大会は優勝という輝かしい結果に終わった。
 会場の玄関では、邪馬斗が微笑みを浮かべながら待っていた。

「二人とも、優勝おめでとう」
「ありがとう!」
「ありがとう、邪馬斗くん」
「そういや、茜ちゃん。踊っていた時、凄い霊気立ってたよ。天音が後継者の力も発揮して、二人の霊力の波長が合ったんだな。会場に居たみんなが、茜ちゃんの存在を感じていたよ。ダンスが終わった後、茜ちゃんの気を感じられなくなってしまったけど……」
「それでも、あたしのダンスをみんなに見てもらえたこと、何より、叶わなかったステージに立てて踊れたことに、ものすごく幸せを感じた……。もう、思い残すことないよ!」
「良かったね、茜ちゃん」
「ありがとう、天音ちゃん。さ、あたしをあの世に送って」
「うん。じゃー、人気のない所に……」

 会場に近くで、人のいないところを探す。

「あ、天音。預かってた鈴だよ」

 邪馬斗は、カバンから天音の鈴を取り出した。

「サンキュー。じゃー、始めようか」

 邪馬斗の笛に合わせて、天音は鈴を鳴らしながら魂送りの舞を舞った。
 すると、茜が光に包まれていく。

『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』

 魂送りが終わる間際、茜が二人に話しかける。

「ありがとうね! マジ二人ともお幸せに! 邪馬斗君、イケメンだから他の女に取られないうちに旦那さんにしなよ、天音ちゃん!」
「だから、そんなんじゃないってば!」

 天音が慌てて言い返すも、既に茜の姿はない。
 茜の魂の光は、笑い声を響かせながら天へと登っていったのであった。

「最後の最後まで、だいぶイジってきたな、茜ちゃんは……」

 邪馬斗は呆れながら言った。

「まー、年頃だったし、ましてや私達高校生の男女だから、周りにそう言われてもおかしくないよ」

 天音も呆れながら言った。

「さて、帰ろうか」
「うん! あ、邪馬斗。優勝したから何か奢ってよ! 焼き肉! 焼き肉!」
「もう少し、女子高校生らしい物、ねだれねーのかよ!」
「えー、だっておなか空いたんだもん。ガッツリしたもの食べたい!」
「はいはい……」

 邪馬斗は、天音に焼き肉を奢る羽目になってしまったのであった。
 天音と茜が二人で取った優勝トロフィー。
 日差しを浴びてキラキラと輝いている。
 それはまるで茜の笑顔のようだった。
 この先も忘れることはない大会だと、天音は心の中で思っていた。