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窓際のうしろの席、向かい合わせたふたつの机の上には、緑、青、ピンクと、いつも通り三つのカラフルな弁当箱が置かれている。
 
私、雨沢(あまさわ)()(れん)と、クラスで一番仲のいい(いま)()()()()(ざき)菜々(ななこ)のお弁当だ。

「体育祭まであと二週間かぁ。大縄とか借り物競争はいいとして、リレーなんて走りたい人だけ走ればいいじゃん。なんで全員リレーなわけ? 全員走るって勝手に決めないでよね!」
 
ほんのりピンクに色づいた唇を(とが)らせた菜々子は、(ほお)(づえ)を突きながら()()(くさ)れた。
 
ミルクティーベージュの髪を今日は緩く編み込んでいて、涙袋にのせられた薄いオレンジのラメは、いつもよりキラキラ感が増している。

「何言ってんの。菜々子は普段運動しないんだから、ちょっとは動かないと体がなまるよ。体育祭の時くらいは頑張って走んな」
 
菜々子の正面に座っている千穂は、足だけじゃなく食べるのも速くて、手元のお弁当に視線を下げたまま次々と箸を口に運んでいる。お弁当の中身は、いつの間にかあと三分の一ほどになっていた。

「千穂は走るのが速いから簡単にそんなことが言えるんだよ。あたしはこれからも絶対、運動とは無縁の人生を送ってやる!」
 
どういう決意なのか分からないけれど、「体育祭や体育の授業はしかたなく参加してるんだよ」と不満をたれる菜々子の気持ちは、同じく運動が苦手な私にもなんとなく分かる。
 
全員リレーなんて、走るのが遅い子にとっては地獄だ。抜かされたらどうしようという重圧に耐えながら、とにかくバトンだけは誰よりも上手く受け渡しができるように練習して走り切るしかない。

「運動は大事だよ。花蓮もそう思わない?」
 
千穂に話を振られた私は箸を下げ、ふたりの顔を順によく見た。それから少しだけ考えて、口を開く。

「んー。私も運動はあまり得意じゃないし、自分のせいでクラスが負けたらと思うと、プレッシャー感じちゃうかな」

「でしょでしょ? 花蓮なら分かってくれると思ったよ~」
 
前のめりになって人懐っこい笑顔を浮かべる菜々子の頭を()でた私は、続けて千穂に目を向けた。

「でも、運動が大事だっていう千穂の気持ちも分かるな。運動する習慣をつけたほうが健康にもいいし。だからさ、激しいのは無理でも、できるだけ歩くようにするとかなら菜々子にもできるんじゃない?」
 
当たり障りのない、けれどどちらも不愉快にならないようなちょうどいい言葉を並べた。
 
相手の気持ちを考えて、どちらの意見も否定しない。どちらの意見も受け入れる。そうすれば誰も傷つかないし、なんの問題も起こらずに今という時間を楽しく過ごせるから。

「確かに。あたし、歩いて三分のコンビニでも自転車で行くからなぁ」

「よし、じゃあ明日から一緒に早朝ランニングでもしよっか」

「え~! 無理無理、それは絶対に無理!」
 
両手と首を思い切り振って拒否する菜々子を見て、千穂が笑った。
 
菜々子と千穂のやり取りは、陽だまりみたいな明るいオレンジだ。心から楽しんでいるのが伝わってくるその色に、私は頬を緩ませながら玉子焼きを口に入れた。