莉子さんとマスターにお礼を言ってお店を出た私たちは、駅に向かった。約十分間、ずっと無言で。

駅に着くと、里美くんはそこで立ち止まる。

「行かないの?」

パスを鞄から取り出した私は、振り返って改札を指差しながら聞いた。

「俺の家、この辺だから」

「えっ、もしかして私のことを駅まで送ってくれたってこと?」

「そうだけど。そんなに驚くことじゃないだろ」

じゅうぶん驚くことだ。私をわざわざ駅まで送ってくれたのだから。しかも時間はまだ十六時で、真っ暗なわけでもないのに。

「じゃー、また月曜な」

「あ、うん」

「今日は色々つき合ってくれてありがとう」

里美くんが突然そんなことを言うもんだから、私は瞬きを忘れ、ついあっけに取られてしまった。

「なんだよ」

その反応に納得がいかなかったのか、里美くんは不満そうに眉を寄せた。

「いや、だって、ありがとうとか言うんだなと思って……」

「あのなぁ、俺をなんだと思ってたんだよ。お礼くらい普通に言うし。今日一日、雨沢は俺に気を使ってばっかりで正直ジュース十本でも足りないくらいだけど、つき合わせたのは事実だからな」

「私は、別に……」

「まぁいいけど。じゃ、月曜な。遠いんだから気をつけろよ」

「うん。送ってくれてありがとう」

ぶっきらぼうにそう言って、私に背を向けてから軽く右手を振った里美くんは、来た道をまた戻っていった。

里美くんが昔は気遣いの塊だったなんて、やっぱり信じられない。だけど、決して気を使えないわけではないということは分かった。

お礼を言われる前と後では、ちょっとだけ里美くんに対する気持ちが変わったかもしれない。里美くんの言葉が本心かどうか判断できないから、苦手なことに変わりはないけれど。