「あ、え、い、う、え、お、あ、お」
歯切れよく、よく通り、元気になる。
そんな声が、青空へ溶けていく。
昼休み、屋上、青空、あの子の声。
最高だ。
隠れて、発声練習を聞くのが僕の唯一の楽しみだった。
転校してきて友達もいないし、学校なんてつまらない。
早く高校卒業して……。
僕は卒業したら何をしたいのだろう。
進学もしたくないし、やりたい仕事も見つからないし。
父親は俺の後を継いで『歯医者になれ』と言うけれど『やれ』と言われると反発したくなる。
あのまま東京で生活していたかった。友達とゲームしてカラオケ行って、それなりに楽しかったのにさ。
わざわざ北海道の余市というところまで引っ越してきた。
父は『ウイスキーに惚れた』と言って、大学病院をやめて余市で開業したのだ。
自分の親なのにものすごく勝手だなと思う。
工場見学に行ったことがあるけど、煙臭くて何がいいのか僕にはよくわからない。
だから歯医者だけには、絶対になりたくない。
けど、仕事と言ったって、やりたいことも見つからないし、僕は夢に向かって邁進しているあの子のことが羨ましくもあった。
彼女の名前はまだわからない。
全校生徒がすごく少ないので、学年関係なく交流はあるらしいが。
「そ、こ、の、き、み」
高すぎなくて、落ち着く声だ。
「ぬ、す、み、ぎ、き」
うん、いい声だ。
「そこのきみ。盗み聞きしてるの、わかってるんだからね! あたしが気がつかないと思ってたんでしょ? 甘いな!」
青空を見ていたのに、突然僕の視界に可愛い女の子の顔がどアップで映った。
びっくりして起き上がると、彼女がしゃがんで僕の顔をジトッと見ている。
ストレートのサラサラとした髪の毛が揺れていて、目がパッチリと大きくて、口も大きくて、アイドルみたいに可愛い女の子だった。
「盗み聞き! 変態」
「ち、違うって」
「知らんぷりしてたけど、いつも明らかに聞いてたでしょ?」
顔をさらに近づけてくるから思わず暴露する。
「……ごめん。いい声だったから。アナウンサーになれるよ」
「マジで? 本気にしちゃうよ?」
楽しそうに笑う。あまりにもキュートという言葉が似合う。まるでテレビ局の看板アナウンサーだ。
「あたし、河合福笑(かわいふくえ)二年生。きみは?」
「浩(こう)。一年生」
苗字は言いたくなかった。言えばきっと最近開業した歯科医の息子だということがわかるからだ。
「こうと、ふくえ。こうふく! なんか、相性がよさそうだねっ」
明るく楽しそうに笑う福笑につられて僕も笑っていた。