一週間後、私と加納君は合宿で訪れた同じゲレンデに、今度は二人だけで来ていた。

 私が誕生日のプレゼントとして、〝一緒にボードに行きたい〟とリクエストしたから。
 日帰りでいいと言ったのに、せっかくだから泊まりで行こうと、宿を取ってくれた。


 空は快晴で、雪も程よく柔らかい。
 絶好のボード日和。
 スキー場で 隣に立つ人をじっと見つめる。

「……ん?」
「ん?」
「どうかした?」
「べつに、なんでもないよ?」
「?」

 見つめながら、無意識に ニヤニヤしていたらしい。
 合宿の時も着ていたが、加納君に相談して買った私のボードウエアは、彼のものと少し色合いが似ていて、お揃いみたい。


 やばい、ワクワクする。今日は加納君に、マンツーマンで教えてもらえる!

 一緒にリフトに乗れるし、ゲレンデのセンターハウスで一緒に食事できるし、上級者と初心者だけど一緒に滑ることもできる。
 合宿の時には、何一つ叶わなかった。
 
 
「何をそんなににニヤけているの、めっちゃ嬉しそうだな」
「嬉しいもん、サイコー!」
「そりゃ良かったね」
「じゃあ先に行くね。……あ、ところで合宿の時に加納君滑ってるの見たけどすごく格好良くてときめきました、よし行こ」
「は? あっ! なんで今そんな、言い逃げするみたいに──」


 すでにとても楽しい。
 一緒に来れて良かった。

 あの日感じたもどかしさも不自由さも、
 彼を独り占めすることで解消された。
 
 そして今日は、勿論夜も一緒だった。



❄️


「あ、降ってきた」

 元々泊まるつもりはなく、貧乏旅行仕様。部屋は狭いが構わない。豪華な装飾は要らない。ベッドだって一つあれば十分。
 窓側に設置されているベッドの上、下着姿の私に、加納君が後ろから毛布ごと覆いかぶさってくる。(ぬく)い。

「ほんとだ、すごい降ってきたじゃん」
「積もるなこれは。明日は新雪のゲレンデで滑れるね」
「圧雪されてると思うけどね。てか どんだけはまってんの」

 自分でも思っていた以上に夢中になっていた。加納君は自分の好きなものを好きになった私を見て、嬉しそうにしている。



 空から無数の雪の塊。

 深深(しんしん)と もさもさと、止まる気配はなく降り続けている。
 雪が綺麗だとは思わない。うわ、どんだけ降るんだよとうんざりする。だけど、

「雪国育ちだからさ、雪が降る時って、雪の匂いがわかる気がするよね」

 子どもの頃から当たり前のように感じてきた、そろそろ降るなあ、という澄んだ冷たい空気の匂い。
 そう言うと加納君も、わかるよと言った。

「こういう雪って思わず食べたくなるよな。子どもの頃空に向かって口開けなかった?」
「やだ、汚ったな……綺麗に見えて雪の核になる部分は塵だからね?」

 ケラケラと笑うと、後ろからまたぎゅっと抱きしめられる。

「雪妃」
「うん?」
「雪はもういいから、こっち向いて」

 振り返ると、もう何度目かは数えられなくなったキスが降ってくる。
 既に今夜も、やることはやっている。
 だから下着姿なわけで。
 
「またするの?」
「もう一回だけ」
「……うっ、またその言い方、加納君のその〝もう一回〟ってのズルい」
「いい?」

 そう言いながら、また脱がされていく。

「明日、滑れなくなっちゃうじゃん」
「そうだった。…………止めとくか」
「……止めないけどさ……んッ」

 一週間前にここに来た時、あなたに触れたいと思ったのにすごく我慢したんだもの。今日は我慢しない。好きにしていいよ、好きにさせてもらうから。
 蕩けるようなような深いキスをして、
 そのままセックスに雪崩れ込む。

 外は雪が降り積もり極寒なのに、部屋の中の二人は熱い。



 覚えたての猿は、会うたびに身体を重ねていた。顔を見れば(さわ)りたくなって、一緒にいれば必ず、自然とそうなってしまう。
 恋人達の平均回数は知らないが、セックスの頻度は多かったと思う。大学生だから暇だったし、というのは私たちには当てはまらないのだけれど、時間があれば求め合った。
おそらくお互いの裸を見飽きてしまうくらいには。

 でも全く、嫌だとは思わなかった。
加納君から求められることは嬉しかったし、私にも欲があって、行為自体が好きだったから。裸でくっつくのは気持ち良かったから。
これは人間の本能だからなあって、本気でそう思っていた。

それは、誰とでもそうとは限らないのだと、ずっと後になってから知る。


 《《もう一回》》が終わり、加納君に抱きしめられながら、とろとろと眠り掛けた時、耳元で「雪妃」と、小さく名前を呼ばれて、薄く目を開けた。
 目の前に差し出されたスマホの画面には、0:00と表示されている。
 ああそうか、日付が変わったのね。


「──雪妃、誕生日おめでとう」


 目を閉じたまま、笑ってしまった。
 去年までは家族と一緒で、家族にお祝いしてもらっていたのに、今はこんな淫らな格好で、彼氏に、日付が変わった瞬間に言葉をもらう。私も大人になったものだよ。

 いつの間に準備をしてくれていたのか、
ホワイトチョコレートでコーティングされた小さくて丸い誕生日ケーキを、翌朝二人で、つつきながら食べた。