麻衣子とA山君の距離は順調に近づいた。
私も彼女とのつき合いはまだ短いが、恋愛モードの麻衣子は実に可愛らしい。おっとりというか天然というか、癒し系なところがある。
A山君は寡黙ではあるが普通の男の子で、麻衣子から好意を持たれていることに気づいたようだが満更ではない様子。
五月の連休前に新歓がある。もしかしたら何か進展があるかもしれないな。……うん、あるな、きっと。くっつくのは時間の問題のような気がした。
ところがサークル内の恋愛事は、麻衣子とA山君の話だけでは終わらなかった。五月の大型連休が明けた頃、私は驚きの事実を知ることとなる。
*
「麻衣子がA山君なのはわかるんだけどさ、私はS川君みたいな人がタイプなんだよね、子犬みたいでめっちゃ可愛いくない?」
「え? S川君?」
子犬、たしかにそんな感じだが。
「三吉ちゃん、彼のこと狙ってないよね?ね? 実は私、新歓の時にちょっかい出しちゃってーー」
「ちょっかい、出しちゃって?」
「あ、それを言うなら私も、あの日の帰り道はM藤君と手を繋いで帰りましたけど」
「やっぱりな。いい感じだったもんM藤君とあなた」
「ふふふ♡」
「ええっ!?」
ちなみにもう一人の女子メンバーも、男子メンバーの一人に口説かれている最中で、連休中に二人だけで食事に行ったらしい。
みんな、いつの間に! 新歓??
歓迎会の最中は、私と一緒に先輩たちのところで話し込んでいたはずで、全然そんな雰囲気にはなっていなかった…………あ。
そういえば、会がお開きになりぞろぞろと駅に向かいながら、誰かが〝新入生だけでカラオケに行かない?〟とか言い出して、店に向かったんだ。私はその日なぜか体調が優れず、無理せず先に失礼したのだ。
「二次会で盛り上がったわけだ」
「そうそう」
そんな事ってある?
男女比5:5だからってそんな、合コンみたいに。五人の中から選ぶみたいに。
私にはわからない感覚だが、事実そうだった。たまたまタイミングと相性が合ったのかもしれない、それからひと月も経たないうちに、サークル内に四組のカップルが誕生していた。まるでパズルをはめるみたいに、最初から仕組まれていたかのよう。
昔から恋愛事に疎い私は、盛り上がる友人たちの話をただぼんやりと聞いていた。
高校は共学だったけれど、男子と積極的に話す方でもなかったし、誰かを好きになった経験もなく、恋愛偏差値はものすごく低いと思う。あまり気にしてはいないけど。
大学生になったからといって突然恋愛上手になれるわけもなく、好きな人、恋人、か。まだ全然想像できない。
私は初めてのアルバイトが決まったばかりで、課題も多くこなすのに精一杯。ようするに、思っていた以上に余裕はなかった。
「新歓の日さ、雪妃ちゃんも途中で抜けたけど、加納君は最初から来れなかったもんね」
「ああうん、そうだね」
私と、その日どうしてもバイトが休めずに不参加だった〝加納君〟が 完全に乗り遅れたみたいになっているけど、それ違うから。
キャンパス内の学生たちがとても大人びて見えて、出会いなんて、この先限りなくあるような気がしていた。
◇
夏休みに入ってすぐに行われる一泊二日のキャンプは、毎年恒例の夏のイベントらしい。その打ち合わせのために、集まる機会があった。
先輩たちから大まかな内容を説明してもらい、仕事の分担やどんな料理を作るかなどを話し合う。大勢で行くキャンプなんて経験がないから、打ち合わせの段階から楽しい。
大枠は決まり詳細はまた後日、今日はもう帰ろうかという流れだった。
「──三吉ちゃんと加納も、つき合っちゃえばいいのにな」
唐突に誰かにそう言われて、顔を上げた。
……M藤君たちか。どこかでそういう話題になっていたようだ。
名前を挙げられた加納君は、部屋の奥の方で先輩たちと談笑している。
私に言ってるのか? これ。
「つき合っちゃわないよ」
「瞬殺でダメなの? 二人 合うと思うけど。なんか似てる気がするし」
「三吉ちゃん今フリーなんでしょ? 加納も今、相手いないよ?」
「あーそうなんだ」
「あぶれた者同士くっついちゃえ」
「……いやいや、なんで、無いから」
自分たちが楽しいからといって適当な事を言うのは止めて欲しい。
加納君は私や麻衣子と同じ学部で、接点はあるけれど話したことはほとんどない。
頭が良さそうで、少々もっさりとした純朴な雰囲気の、ザ真面目な学生さん!といった感じの人だが、よく知らない。まだ友達ですらない。サークルでたまたま一緒になっただけのことだ。
こういったイベントを通して、これから仲良くなるのかもしれないが、そういうことを言われると、困るんだけどまじで。
「みんなはみんなでいいなって思ってるけど、私はいいからそういうの」
「加納嫌い? 他に好きな奴がいるとか?」
「嫌いもなにも、好きな人なんていないけど、そういう事じゃなくて」
「えー、逆になんで? あいつめっちゃいい奴だよ?」
「……えーと」
いい奴かもしれないが、迷惑なんだって。
善意からのお節介、そういえば最近なんとなく圧を感じていた。こんなに露骨に勧められたのははじめてだけど。
最初はM藤君も冗談のようなノリだったのだが、私が否定ばかりするせいでお互いに引っ込みがつかなくなり、変な空気になっていく。ああもう、嘘でも好きな人がいるとか言えば良かった。
ところが、自分の友人らのそれを上手く躱して場を和ませ、何事もなかったかのように丸く収めてくれたのは、横から飄々とそこに現れた加納君自身だった。M藤君達のことをよくわからない内輪ネタで笑わせて、黙らせてしまった。
「三吉さん」
「はい」
「コーヒー飲みに行かない、今」
「は? 今?」 なんでこの状況で?
思わず身構えてしまう。嫌なんですけど。彼らの思う壺っていうか。
「缶コーヒーじゃなくちょっとお高いやつ、奢るから」
「いや、わたしは、いいです」
「行ってこい行ってこい、二人で話し合って来いよ~」
「……」
まだ言うかM藤君、しつこい、腹立つ!
加納君は、眉間に皺を寄せる私を見て苦笑しながら、私にしか聞こえない声で、
「とりあえずここから出よう」と言った。
*
大学構内にある大手コーヒーチェーンのカフェで、本当にコーヒーをご馳走になった。
テイクアウトにしてもらい、カフェの前に設置されているベンチに、二人並んで座る。
店内で顔をつき合わせるよりも、その方がありがたかった。
「はあ、美味しい……」
「そう言いながらまだ、ご機嫌斜めな感じだけど」
「……ごめんね、加納君が悪いわけじゃないんだけど、M藤君達があまりにも無神経っていうかしつこくて。そんなにグループ交際がしたいのか! と思って」
「あー、なんか俺も言われるな最近。ほんと申し訳ないです」
「全然! だから加納君が悪いわけじゃないから!」
彼とこんな風に二人だけで話をするのは、はじめての事だった。
それなのに、八つ当たりのような態度を取ってしまっている。加納君だって私なんかとどうこう言われて迷惑してるだろうに。
「俺と三吉さんが居心地が悪いんじゃないかって、下手な気を回してるんだと思う」
「そんなの逆に居心地悪いんだけど。余計なお世話です」
「ほんとそうだな。ちゃんと言っとくから、ごめん」
「……」
また謝らせてしまった。M藤君は加納君と仲がいいから。友達だから。だから、加納君が悪い訳ではなくて……。
しかしまあ、いい人だよな、この人。
同い年だけど、落ち着いていて大人っていうか、気配りができるというか。
あの日、二次会のカラオケに加納君が行ってたら、もしかして別の恋愛の構図が出来上がっていたんじゃないだろうか。
わかんないけど。
「それにしても、皆さん早業だったよね、あっちもこっちも同時に。驚きすぎて顔が変になったもん」
「勉強ばっかしてたからな、俺たち。飢えてたんじゃない?」
「大学入ったら彼女作るぞって?」
「そうそう、作るぞってギラギラして」
「あはは、ギラギラ」
「でも、熱しやすく冷めやすいっていうのはあるから、あいつらのうちの誰かはそのうち別れるかもな」
「うわ、酷、いいの? そんなこと言って」
「別れて欲しいとは言ってない。けど全員が四年間続いてのちに結婚しましたとか、逆にあり得なくない?」
「ああ、たしかに。でもそれ気まずい」
適当なことを言って、あっけらかんと笑っている。いつの間にか、なぜここに連れて来られたのかも忘れて、いろんなことを喋り始めていた。