キレイな子を追って入った神社の敷地内。
でも真っ直ぐ伸びた参道には彼女の姿は無くて、俺は周囲を見回した。

「あ……」

いた。
手水舎の水盤の前に背筋をピンと伸ばして立っている。

しっとりと濡れたような、青みがかった艶のある黒髪。
長く伸びたそれが風にそよいで、彼女が振り返った。

目が合って、ニコリと微笑まれてドキッとする。
キレイな笑みにすぐに声を掛けられないでいると、彼女の手がチョイチョイと俺を招くように動いた。

それに誘われるように歩き出す。
いつものように靴底をこすって歩いたせいで、砂利がぶつかり合う音がうるさい。
キレイな彼女にそんな音を聞かせたくないなってなんとなく思って、俺はだるそうに歩くのを止めた。

「あ、あのさ、君は――」

隣に立って、今度こそ名前を聞こうと声を上げる。
でも、最後まで言い終わらないうちに彼女の白くて細い指が俺の唇に触れた。
俺の言葉を止めたその指はゆっくり彼女の口元に向かう。

『しずかに』

と可愛らしい仕草をされ、俺はドキドキと胸が高鳴るのを感じた。

俺が黙ると、彼女は口元の指をスイ……と流れるように動かし、水盤に置かれていたひしゃくを手に取る。
そのまま、とてもキレイな仕草でお手本みたいなお清めをした。
あまりにもキレイで見蕩れる。
俺はこんなキレイには出来ないなって思ったのに、お清めを終えた彼女は俺を見てまた微笑みひしゃくを指した。

俺もお清めしろってことか?

正直面倒くせぇって思ったけど、なんでだろうな。
彼女の微笑みを見ると、逆らえないような気分になる。

一つ息をついて諦めた俺は、彼女のように上手くは出来ないけれど一応手本通りお清めをした。

ひしゃくを置いて「これでいいか?」って聞くと、満足げな笑みが見えてまたドキリとする。
今度こそ名前を聞こうと思ったのに、彼女はすぐに手水舎を離れて行ってしまった。

「あ、ちょっと!」

ここまで来て名前を聞かないなんてあり得ない。
彼女も俺を嫌がってるわけじゃないみたいだし、このまま帰れるかよ。

俺は靴底をこすらないように気をつけて、彼女を追って境内へと向かった。