君が思い出になる前に


あの日から約1年が経った。

お気楽だった2年は終わり、今日から地獄の受験生。
とはいっても、未だに志望校も何も選んでいない僕にとっては他人事のような感じだ。

お決まりの眠くなる校長や生活指導の話が終わったと思ったら
今度はホームルームの時間。

俺の通っている高校は、所謂進学校ってやつで新学期初日だっていうのに既に進路の話ばかりしている。

とりあえず聞いてるふりをしながら、窓の外を眺める。
空は重苦しい雲で覆われていて、そのせいか少し心臓のあたりがいたんだような気がした。

そんなわけないか、偏頭痛じゃあるまいし。と自分で心のなかで突っ込んでみる。

面倒くさい進路の話も終わり、自習の時間になった。自習なら帰らせてくれればいいのに。
ふいに肩をトントンと叩かれ後ろを向くと頬をツンと刺された。こうゆうのって大体女子がやるもんじゃなかったっけ。

「お、引っかかった。なんか秀ちゃんが引っかかるのいがーい。」
なんておどけたことを真顔で言うこの男は数少ない僕の友達の一人で、寮のルームメイトの坂田真悠(さかたまゆ)。最初は名前を見て女子が同室かと勘違いしてしまった。
こんな変な男のなのに、いや、だからこそすぐに打ち解けてしまった。というよりかは絆されてしまったのほうが適切だろう。

「僕のことをなんだと思ってんのお前は。てか秀ちゃんてやめろ、普通にキモい。」
「やだ、辛辣。」

こんな変な男なのにも関わらず、顔は整っているからか女子からは「ミステリアスでかっこいい...」なんていわれてるんだから、人は見た目が九割というのもあながち間違っていないんだな、とこの男を見るたびに実感する。

「ちょっとー、秀!そんな事を言う子に育てた覚えはないわよ!」
「うおっ、急に背後から喋りだすのやめろって...。てか育てられた覚えないんすけど。」
「いつもナイスツッコミ!お前のお陰で俺の面白さは成り立ってるわ。」

そう言って何故か手でグットを作りドヤ顔をしているこの男は、真悠の幼馴染の海崎結(かいざきゆい)。いつでも明るくてクラスでも所謂ムードメーカー的存在だが、真悠を通して仲良くなり、1年の頃からいつの間にかこの3人でいるのが習慣になってしまった。

「はぁ、いつも意味不明だねお前らは。そして真悠肩に頭のせないで。女子からの視線が痛い。」
「別に俺だけが原因はないじゃんー。秀ちゃんも割とおモテになるしねー。」
「確かに秀って顔はいいよな。顔だけだけど。」
「だよね。顔だけだけど。」
「そっくりそのまま返すわ。」


あぁ、今日も平和だなと思う。けれど、どうしても楽しいときや嬉しいときは必ず頭に病気のことがよぎってしまう。こんな生活もいつまでできるんだろうか。そんな事を考え始めると、なんだか今していることや、生きていることさえも無駄なように思えてしまう。

「秀?」

気づくと真悠が少し心配そうな顔をして僕の顔を覗き込んでいた。普段鈍いくせに、こうゆうときだけは鋭い。
「ん?どした?」
真悠につられて結までこっちの顔を覗き込んできた。なんか、男のきれいな顔を間近で見ているのって複雑な気分になるんだな。うん。

「なんともないよ。眠かっただけ。昨日も真悠がずっとゲームしててうるさかったしさ。」
「真悠?夜のゲームは程々にしろって言ったよな?」
「まぁまぁ、そんなに怒ると血圧上がるよ。」

どうにも、こいつらにはまだ病気のことは話せていない。信用してないからとか、そうゆうことではない。ただただ、この関係性がもしも崩れてしまうことになったら怖いからだ。変に気を使ってほしいわけでも、泣いてほしいわけでもない。僕はただ...

「そういえばさ、今日転校生が来るらしいぜ。」
逃げた真悠を捕まえて戻ってきた結が開口一番にそう言った。捕まった真悠はというと、結のうでにがっちりと首を捕まえられて逃げれないらしく、諦めたようでそのまま寝そうな顔をしている。

「へえ、高校で転校生とかくるの初めてだな。どんな奴なん?」
「あれ?秀ちゃんも興味あり?」
「そりゃ転校生とか誰でも興味はあるだろ。」
「それがな、めちゃくちゃ可愛いらしい!」

可愛いという言葉を聞いて、1年前に会ったあの子が頭に出てきた。今でもまだ鮮明に覚えている。ちょっとキモイだろうか。

「結の情報はあんまあてにならんからなー。」
「今回はほんとだって!ちゃんと見たってやつもいるんだしさ!秀は信じてくれるよな??」
「こっちにふるな馬鹿。」

そんな事を言っている間にいつの間にか先生が戻ってきていた。

「ほら結ー。さっさと座れー。」
「え、俺だけ?!」
「立ってんのはお前だけだろーが。ほらさっさとせい。」

僕と真悠は自分たちの席に座っているだけだったため、本当にクラスの中で立っているのは結だけだった。

「さてー静かになったところで皆に大事なお知らせがあるー。」
「もう進路の話はたっぷりでーす。」
「大丈夫だ結。お前にはあとで個別にたーっぷりとお話があるからな。」
「うげっ」

どっと笑いがおこった。結は先生の言葉を聞き体全体がしおれているように見えた。

「んで本題に入るぞー。既に耳に入ってるやつもいるだろーが、このクラスに転校生がくることになったー。」

あきらかにクラスがザワザワしはじめた。転校生が来るのは知っていたが、実際に自分達のクラスにくるとなると落ち着かないんだろう。

「はい静かにー。それじゃあ早速入ってもらうか。いいぞー。」
「はい!」

胸騒ぎがした。
けれど、ドアの向こうから明るく響いたその声は、あの時声をかけてくれたときと同じ声だった。
いやいや、そんなわけない。そんな偶然あるわけないだろう。

ガラガラ

「はじめまして!隣の県の高校から来ました、柊真琴です!よろしくお願いします!」

ガタッ

反射で立ってしまった。目の前にいるのは、あの日出会った僕より小さい黒髪の女の子だった。なんだろうこの少女漫画みたいな展開は、と自分の中で少し冷静にツッコミを入れてみるが、自分が舞い上がっているのは確かなことで。椅子の音で僕の方を向いた女の子は一瞬大きく目を見開くと、胸の位置で手を小さく振ってくれた。

「どうした鏑木。一目惚れでもしたか。」
「な、んな訳!反射ってやつです反射!」

なんて自分でもよく分からないことを言いながらずれてしまった椅子をひきなおし、急いで座り直した。その間も、彼女はずっと僕の方を見ながら少しにこにこしていた。後ろと斜め後ろの方から何やら視線を感じるが、今は気づいていないことにしておこう。

「んーとな、じゃあ席は一番うしろの窓側の席なー。鏑木ー色々教えてやれよー。」
「いや、席離れてるやん!なんでっすか!」
「だって知り合いなんじゃねーの?」
「そうです!」
僕が答えるよりも先に、彼女に答えられてしまった。
彼女はにこにこしたまま僕の前まで来ると
「これからよろしくね!鏑木くん!」
といい、自分の席に足早にむかっていった。

「はい、じゃあ次は今度の大学見学の話だー。」

そこからの話は言わずもがな、全くといっていいほど頭に入ってこなかった。