今日、余命宣告をうけた。いや、正確には「余命宣告に似たもの」といったほうがよいだろう。

「余命って、え、?」

信じられなかった。こんなに元気で、生まれてから頭痛すら経験したこともないのに?

「はい。いやまぁ、余命と言いましても鏑木さんの病気はまだ原因や治療法すらわからないものなので、命に関わるような症状が出るのが明日なのか、はたまた一生でないままなのかすらわかっていません。」

医者のロボットのような無機質な声が部屋に響いた。
このようなことを告げるのは慣れているのか、表情すら変えず物を言うので本物のロボットなのではないかとさえ思った。

「え、でも、たまに、心臓が痛くてなって、少し、運動すると息切れするくらい、ですよ?」

動揺を隠せず(隠す気すら起きないほどだったが)声が震えてしまう。
そんな僕を見て一瞬医者の眉間にシワが出来たような気もしたが、その後すぐまた無機質な声で淡々と話を続けていたから、気のせいだったのかもしれない。
その後の医者の言葉は、ほとんど覚えていない。
なんとなく覚えているのは、どうにも心臓の病気で前例がないものらしく、治療法もいまいち確定していないとのこと。
そんなことがあるのかと思いながらも、それが自分ごとだとはまだ思えなかった。
もともと病院に行ったのも、インフルエンザのワクチン接種をするためだった。その時、そこの先生に
「運動すると心臓がたまにいたくなるんですよねー。もう既に老化がはじまってるんですかね。」
なんて冗談交じりに言ってみたところ、そうなった日やその時の状況、服装まで事細かく聞かれ、正式に検査をしたほうがいいということになった。
最初に行った病院はよく行く町の小さな病院だったため、県の病院へと推薦状をもらって検査に来たためすでに大きい病院にいるのだが、今回の検査の結果を受けて、もっと大きな病院へ推薦状を書くこともできると言われた。
けれど僕はそれを断り、今できるだけのことをし「自宅療養」というものをすることにした。
そんなにしぶとく生きたいほどの未練はこの世には残ってもいない。
まず未練を残すものもないし、そんな人もいない。

僕には、身寄りはいない。
物心がつく頃には、すでに孤児院で生活をしていた。しかし、「そうゆう規則」ということで、15になったとき施設から追い出された。
そこからは、バイトしながらなんとか寮制の高校に通っているため不便はない。だからか、変に諦めがついてしまった。
普通はこんな状況になれば、死にたくないと思ったりするんだろうが、どうせ自分が死んでも、悲しむ人はいない。
そう思うと死ぬことがあまり怖く思えなくなってきた。
「可哀想な子」、「普通じゃない子」、「育ってきた環境が悪い子」。
昔から僕は異物だった。異物が一つ無くなったって、周りは何も気に留めないだろう。
そんなことを会計の待ち時間の間に考えこんでしまっていて、
気づいたときには若い受付の看護師さんが僕の持ってる会計待ちの番号札である67番を大きな声で呼びながら
受付近くを小走りにぐるぐると回っているところだった。

病院からの帰り道、いつもとは違う道を歩いてみたくなって少し遠回りの道を通っていくと、
どこからか少し甘いようななんとも言えない匂いがした。「春の匂い」だ。
そういえばこの近くに桜の名所って言われてる公園があるんだっけか。
いつもだったら何も思わずただ通り過ぎるのだが、なぜだかこの時は僕が考えるよりも前に足が公園へと歩きだしていた。
公園なんか行くのは何年ぶりだろう。昔、施設の人の目を盗んで公園に来たこともあったっけ。
遊んでいるときは、ちょっとした冒険をしてるような気分で楽しかったけれど、帰り道がわからなくて結局迷子になっちゃったんだよな。あの時どうやって帰ったんだろ。
いくら考えても帰り道のことは思い出せなくて、いつの間にか公園の入口についていた。小さい子のはしゃぎ声や、花見をしてるのであろう大人たちの舌が回っていないような声が聞こえてくる。
さすがに桜並木の下を自転車を持ったまま歩けないので公園の端にある駐輪場に自転車を止めようとした時、
強い風にあおられよろけた拍子に自転車から手を離してしまった。

ガシャン

「あ」

自転車が倒れたのと同時にかごに入れていたヘルメットが転がっていってしまった。わりかし傾斜が大きい坂のためヘルメットはとまることなく転がっていく。
なぜだかそれを止める気はおきず、ただ突っ立って転がっていくのを目で追っていた。

その時だ。

僕の横を誰かが小走りに通りすぎていった。
顔は見えなかったが長いきれいな黒髪の子で、僕は陽の光に照らされている髪を見て、一瞬神々しいとさえ思ってしまった。
その子は「待って待って待って」と小声で言いながら転がっていくおれのヘルメットを追いかけていった。

途中の石でヘルメットがとまったのとほぼ同時にその子がヘルメットを拾い上げる。
また強い風が吹き、桜の花びらがぶわっと空中に飛び出した。

その後の光景は、全てがスローモーションだった。

風で桜が踊りながら舞い落ちる様子も
鳥が羽ばたく動作も
周りを歩いていく人も
全て。
周りの雑音は全く耳に入ってこなかった。

スローモーションの中をその子が歩いてくる。

きれいな黒髪を風に揺らし、零れそうなほど大きい少し灰色がかった瞳にはアホ面をした僕が写っていた。

「なんで追いかけなかったんですか?」

彼女が口を開いたと同時に、変なスローモーションの現象は終わった。疲れてんのかな、僕。
そして彼女が発した言葉は、嫌味なんか一つもこもっていない、ただただ疑問に思ったから出た言葉なんだなということがわかった。


「あー、ちょっとボーっとしてて。」

すると彼女はおしとやかそうな見た目に反し子供のように無邪気な笑顔を見せた。


「そーゆー時ってありますよね!はいどーぞ、ってあっ!!」

「え、ど、どしたん?すか?」

「あっ、傷が割とついちゃってるなぁって思って、」

彼女のせいでもないのに少ししょんぼりとした顔になっているのを見て少し笑ってしまう。


「お、笑いましたね!」

「え?」

「いやぁ、自転車が倒れる前から見てたんですけど、あっストーカーとかではないんでご心配なく!」

慌てて顔の前で手を振りながらも彼女は言葉を続ける。

「なんかずっと悲しそうな顔してるなぁって思っちゃって!だから笑ってくれてなんか嬉しいです!」


驚きすぎて声が出なかった。
自分で言うのもあれだけれど、
あまり表情が顔に出なくクラスの友達からも「何考えてるかわかんねぇ」っていわれるくらいなのに、なんで彼女は気づいたのだろう

驚きと同時に、なんだか自分の心を見られたような、なんとも言えない気持ちになった。
なんだか、目の前にいるこの自分よりも背が小さい女の子が自分よりも大人のように思えた。

「まことー!!」

俺がなにか言う前に、彼女は彼女の親らしき人物に名前を呼ばれ

「じゃあまたね!」

と言い、走って行ってしまった。
また会える確証なんてないのに、「またね」と言って。
どうにも、あの人の心を見透かすような大きな瞳と、笑う顔と声が頭に残っている、




それが、僕と彼女との出会いだった。