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 かつかつ、とチョークが黒板を引っ掻く音が教室に響く。
 教室内はしんとしていて教師の朗読だけが右耳から入ってきていた。

 かくいう自分は、窓の外に出来た飛行機雲を眺めている。
 胸中に渦巻くのは「こころ」の中身でもなく、余命や死という文字。

「伊沢、聞いてるか?」

 気付けば隣に教師が立っていた。
 この生活がすぐに終わるとはいえ、形だけでも聞いてる風をとる。

 それがいま出来る学生の本分だからだ。

「いまからそんなんじゃ、将来やっていけないぞ?」

 はは、と。
 教師は半ば呆れ顔で小言を言うだけ言って、朗読を再開した。

「将来、ね……」

 勉強を始め、ここで頑張れなくては将来も頑張れない人間になってしまう。
 一般的に大人が子供に向ける説法だ。

 ……正直、俺に将来を正そうという高尚な頭はない。
 
 それは、俺が余命宣告をされた難病患者であることに由来する。
 難病と言っても体が動かなくなって次第に息絶えるだとか、先端から壊死していくとかのものではない。

 ただ緩やかに内側から死んでいく。
 その事実だけが、俺の頭の中心にある。

 想像するような痛みや自覚症状は、毎朝に飲む薬が抑えてくれている。

 このまま何事もない日常が続いて。
 若くして、何もないまま終わってしまう。

 そう一度思ってしまうと、何するにしても無駄だ。
 所詮、高校生の自分がやれることなんて限られている。

 俺は何も遺せず死んでいく。
 真面目な態度で授業を受けても、テストの優劣があったとしても意味はない。

 卒業までに自分はこの世にはいない。
 みなが望むような将来を想像できるわけもなかった。

 そうなるとやりたかったことも、してみたかったことも。
 忘れてしまったかのように手がつかない。やる気がなくなってしまう。

 しかしその症状は外に出ないというのだから苦痛以外の何物でもない。
 自分は難病患者で、寿命が近くて……なんて、触れ回るつもりなのか。

「それとも捨てられた子犬よろしく、看板でもつけるかな」

 そんな姿を考えただけで、情けなくて泣いてしまいそうだ。

 さながら学生のキャラをロールプレイしてるような気分だった。
 現実から、レールから外れた人生。どこまでも自分の人生に直結しない。出来ない。

 終わる未来に繋がる道はないのだ。
 ありきたりだが、青空を飛ぶ鳥にでもなってしまいたい気分だった。

「やることねえ……」

 いっそ自分で絶ってしまった方が自分の選択として映るのではないか?
 そう思うほど陰鬱な気持ちに苛まれていた。

 この病気の行く末を聞いたとき、
 自分の人生が終わったものだと思って仕方がなかった。

 これが何度も生きる道を考え、模索し、次第に諦めた人間の思考だ。
 故に「何もする気が起こらない」。見るのは下り坂の人生だけ。

 それが彼女に出会うまでの自分だった。