夏の草原に銀河は高く唄う
 胸に手を当てて感じる

 君の温もりは宇宙が燃えていた
 遠い時代の名残り 
 君は宇宙

 百億年の歴史が
 今も体に流れてるーーー

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窓から黄色い陽光が差し込む部屋、そこに一人の青年が無表情で座っていた。
どうやらここは病院の待合室らしい。
子供たちが笑いながら走り回っている、小児科なのだろうか。

「………」

すると前の席に座る子連れの女性が抱き抱える赤ちゃんと目が合う。
すると。

「……うえぇぇん!!!」

目が合った途端赤ちゃんは泣き出してしまう。

「……っ」

周りが一斉にこちらを向いた。
別に何か悪い事をした訳じゃない、しかし大周のその目は"お前がわざと泣かせた"と言っているかのように見えた。

「ぅ……」

果てしない罪悪感と不安感が訪れ、身体から魂が離れるような感覚に襲われる。

「……はぁ、はぁ」

まるで離れた所からテレビで自分を見ているようだ。霧のようなモヤモヤに包まれて。
頭を抱えて不安に襲われているとある"幻聴"が聞こえてきた。



『君は大丈夫、大丈夫だから!』



必死にポジティブな言葉をぶつけてくるような。
そんな言葉に何の意味がある。


「大丈夫よ〜ほら、ガラガラ」

「……⁈」

"大丈夫"という幻聴と同じ言葉に驚くがどうやら一人の看護婦が子供をあやしに来たようだ。
おもちゃのガラガラ音を鳴らして見事に子供を泣き止ませた。

「キャッキャ!」

「………………………!!」

その光景に思わず見入ってしまう。
子供を泣き止ませた彼女はその母親や周りの人間にとって"英雄"のはずだから。
そして気付けば不安感は消えていた。
その代わり、新たな感情が。

「…………」

意味深に彼女を見つめる。
その目には複雑な感情が写っているようだった。

「どうしました?」

しばらく見入っていると流石に視線に気付いたのか声を掛けられる。

「いえ別に……」

慌てて視線を逸らすが見ていた事がバレた。
恥ずかしい事この上ない。
しかしその声色から別に自分に対して"子供を泣かせた野郎"などとは思っていない事が受け取れたので少し安心した。
が、恥ずかしいのと泣かせてしまった罪悪感は別だ。

「……はぁ」

看護婦がその場を去った後、彼は1人悩んだ。
子供と目が合っただけで泣かれて慌て、泣き止ませた英雄を見つめ、その女性を見ていた事がバレ、今彼の心の中は焦りと恥ずかしさでいっぱいだった。

たった1人異様に暗いオーラを放つ。
まるで闇の中に1人で住んでいるかのように。
少しばかり心が脆すぎるように思えるかも知れないが、これが"彼"だ。

これはこの不器用で人より遥かに心の脆い青年の生涯を描いた物語である。


『創さん、創 快(ハジメ カイ)さ〜んどうぞー』


院内のアナウンスで名前が呼ばれた。

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「で、どう調子は?」

「いつも通りです。」

この青年、創 快/ハジメ カイ。
今はこの病院、"宇治原クリニック"で月に一度の診察を受けている。

「前回薬変えてみたんだけど、この1ヶ月どうだった?」

この先生は院長の宇治原。
快の主治医だ。

「相変わらず"パニ障"と幻聴は…」

パニ障とは"パニック障害"の事。
快の場合は先程の魂が身体を離れてテレビから自分を見ているような感覚になってしまう。
"うつ病"によくある症状だ。

「そっかー、夜は眠れてる?」

「眠れるんですけど夢を見ます……」

「どんな夢?」

「みんなに嫌われる、仲良い人とか家族からも。みんなが俺の事を嫌って罵倒する夢です……」

辛い現状を語る。

「それで起きたら不安になって、学校とかバイト行くのが怖いです」

これは障害者や鬱病患者にはよくある事だろう。

「完全に鬱病の症状だね」

「はい……」

宇治原は丁寧に快の病状をカルテにメモしていく。

「でも夢といったら君には将来の夢があるじゃない、"ヒーロー"でしょ?」

「……!!」

将来の夢の話を振られて顔が強張る。
少しもどかしそうに語った。

「最近思うんです、こんな自分がヒーローになれるのかって。発達障害で鬱病持ちの俺が……」

自分のような事情がある者がヒーローになれるのか不安になる。

「でもずっと思い続けてる夢なんでしょ?」

「そうです、本当にそれしか希望がないんです。誰かに必要とされたい、愛されたい。初めてヒーローを見た時、自分もこんな風になれたらなって感じたんです」

脳裏に浮かぶのは小さい頃に見た特撮ヒーローの画面越しの姿。

「こんな風に必要とされて愛されたい、そんな欲望が止まらないんです。この鬱を治すためには叶えるしかない、じゃないとずっとこのまま……!」

不安に怯えながらもヒーローになりたいと言う気持ちが抑えられないのだ。


「ヒーローに、ならなきゃいけないんです。誰かじゃない、自分自身のために」


その発言を聞いた宇治原はメモを続けながら快に問う。

「それで、どんなヒーローに君はなりたいの?」

「え?」

「いやさ、例えば悪者をやっつけたり困ってる人を助けたり。快くんの目指すヒーローってどんなイメージなのかなぁって」

当たり前かのような顔で聞いて来る宇治原に思わず思考が停止してしまう。
しばらく考えるフリのような素振りを見せてから快は答えた。

「……考えた事なかったです、イメージはテレビの変身ヒーローだけど別にそこに拘りはないっていうか……」

何とか振り絞った言葉だったため声がどんどん小さくなっていく。

「じゃあ別にヒーローってのに拘る必要もないんじゃないかな?愛されるならそれ以外にも沢山手段はある訳だし」

彼の言う事は最もだと思う。
しかし快にとってそれは残酷な発言だった。

「違うんですっ!どうしてもヒーローじゃなきゃ、死んだ両親に……」

図星を突かれて焦る。
そんな快の脳裏にはある光景が浮かんでいる。
そこには血だらけで倒れる彼の両親らしき存在と血濡れた包丁を持つ男。

『ヒーローなんてこの世に居ねぇんだよ!!』

その男がまだ小さな快に向かって怒鳴り散らしていた。
その光景を思い出した快は震えていた。

「ヒーローに、ならなきゃ。じゃないと両親に振り向いてもらえない……っ!!」

宇治原は震える快を見て少し考える。
そしてまたメモを続けた。

「("あの時"のまま時が止まってるね……)」


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帰り道、快はいつもの電車に乗っていた。
車内は少し混んでいる。
快はつり革につかまりながら電車に揺られていた。顔は俯いている。

「ぁ……」

その時電車がガタンと揺れて向かいに座っていた若い女性の足を踏んでしまった。

「痛……」

「あ、すみません……わっ」

慌てて後ずさると今度は後ろに立っていた男性の背中にぶつかってしまう。
ジロジロ……
冷たい視線が集まって来る。

「う……」

まただ、またパニック障害。
周りの人間の視線が異様に冷たく感じる。
本当はそんな事ないのだろうがとにかくそう感じて仕方がなかった。

『まもなく練馬〜、練馬に留まります』

ここは本来降りる駅では無い。
しかし今はとにかくこの場から離れたかった。
なので駅に着いた途端急いで電車を降りる。
その際にも数名にぶつかったがそんな事気にしてられなかった。

「ふぅ……はぁはぁ……」

駅の付近は人が多かったので人通りの少ない住宅地にやって来ると自販機を見つけたので水を購入。
そして先ほど病院で処方された頓服薬を飲みパニックを和らげようとした。

「ゴクッ、ぷはっ……」

しかしすぐには治らない、数分経ってから効き始めるためだ。

「ん、はぁっ…?」

ふと近くの一軒家を見ると小学生ほどの子供が自宅に帰って来た様子が伺えた。

「ただいま〜!」

「おかえり、楽しかった?」

仲睦まじそうな家族だ、"ただいま、おかえり"と挨拶をする様子を羨ましそうに見ている快。

「……っ」

そんな羨ましそうな目をする理由は?
しかしそんな彼に息つく間もなく次の災いが降り注いだ。

「ポテトいる?」

「いらないですっ」

「えぇ?美味いのに〜」

ガラの悪い男3人組がフライドポテトを片手に女性をナンパしている。女性は明らかに嫌そうだ。

「チラッ……」

その女性は快を見つけると助けて欲しそうに見つめた。

「くっ……」

ヒーローになるチャンスだ。
しかしまだパニックは治まっていない、震える足は彼を動かさなかった。
助けを求める女性と目が合っているのに何もできない。
自分の弱さに腹が立っていると。

「お?何、ジロジロ見てどーしたの?」

不良が快の視線に気付きターゲットが移った。

「え、いや……」

腹が立ったのか快の周りにやって来て囲う。

「ポテト欲しい人?」

「それはねーだろ笑」

嘲笑うかのように快を見つめる不良たち。
全身を寒気と震えが襲う。

「うぅっ……」

しかし自分はヒーローになりたい、こんな所で諦められるか。
チャンスが来たなら証明しろ。
そう思い拳を構えて見せる、とても弱そうに見えたが今の快には精一杯だった。

「お、やる気か?」

すると不良の一人が快の背中から手を回し羽交締めにする。

「あっ……くぅっ」

何とか抵抗しようと足を出して蹴ってみる。
それが余計に不味かったようで。

「蹴ったぞコイツ!」

「そのまま押さえてろよー、おらっ!」

思い切り快の顔面を殴り付けた。
そのまま羽交締めの手は離され地面に倒れてしまう。

「ははっ!」

そして不良たちは嗤いながら動けない快を何度も蹴り付けた。

「無抵抗だぞコイツ笑」

「よし、逃げるぞ!」

ひと通り蹴り飛ばして満足したのか不良たちは走ってその場を去っていった。

「…………」

倒れたまま動かない快。
そこへ先ほどまで不良に絡まれていた女性がやって来る。

「大丈夫ですか⁈」

心配そうに駆け寄り快を起こそうとしてくれる。
しかし今の快の心はそれどころではなかった。

「(助けるどころか逆に心配されるヒーローって……)」

そんな思考が止まらない。
するとまたあの幻聴が聞こえる。

『君は大丈夫、安心して!』

そんな事はない、見て分かるだろう。
幻聴に対しても呆れてしまう快であった。

「大丈夫じゃないです……」

そう呟きながらも自分で立ち上がり快は泥だらけで帰る事にした。
大丈夫じゃないのは心の方なのだ。

「(こんなに苦しいのに"涙が出ない"……)」

彼はいくら辛くても泣かない体質なのである。
過去に一体何があったのだろうか。

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俯きながら自宅へと戻る。

「……」

一言も喋らない、ただいまも言わなかった。
すると廊下の奥から姉である"美宇/ミウ"の声が聞こえる。

「帰って来たなら言ってよ……」

向こうもおかえりとは言わない、少し気まずそうな空気が流れている。
しかし快の姿を見て驚愕の声をあげた。

「何これ泥だらけじゃん!どうしたの⁈」

先ほど不良たちによって蹴られた時に出来た汚れを見られて心配そうな声をあげる。

「……ヒーローになれなかった」

快がこのように答えると美宇は少し弱くため息を吐いた。

「はぁ、まだそんなこと言ってんの?それで無茶した訳?」

「うん……」

「もう、心配かけるような事しないでよ。本当にさぁ……」

そして仕事の準備をしながら快に着替えを渡す。

「早く着替えちゃって!」

そして仕事に向かおうとした。

「今から仕事?」

「そうなの、今日の人が体調崩しちゃったからヘルプで……」

忙しそうにしながらぼやく。

「ただでさえ休み取れてないし婆ちゃんの介護もあるのにさぁ……」

そのまま玄関の扉を開けた。

「じゃ、行ってくるから」

「あい」

そして美宇が居なくなると快はテレビの前に向かった。
リモコンを手に取りサブスクを開いて憧れのヒーロー番組を点けた。

『大丈夫かい?』

画面には女性を見事に助けるヒーローの姿が映し出されていた。
先ほどの快とは真逆で華麗に悪を倒して女性からも賞賛されている。

「いいなぁ……」

そんな画面越しに誰からも愛されているヒーローを見ながらポツリと呟く快が寂しそうな背中をして座っていた。