あの日から何度か柚葉に写真を送った。言葉では何と言っていいかわからなくて、完成した文化祭のポスター。道端に寝そべる猫。柚葉に送ると言ったら嬉々として映り込んできた姉。朝早く目が覚めたとき寝ぼけて撮った朝日、のつもりが窓に反射した腫れぼったい顔面の自分。

柚葉は毎回律儀に返信を寄越した。僕はそれに写真で応えるから、会話にはならなくて、でもそれが不思議と日々のルーティンになり始めたころ。


「ゆずちゃん、帰ってきてるって」
「……は?」
「だから家に帰ってるって。最近連絡取り合ってるんでしょ?⠀何で知らないの」


友人達と駄弁って日が沈みきってから帰宅した僕を見つけ、風呂上がりらしき姉に呼び止められた。ゆずちゃんに会ってたの?って。何馬鹿言ってんだって嘲たら、至極真面目な顔付きで落とされた爆弾。

頭の中で何度考えても、事実が追いついて来ない。いやだって、柚葉はいつも通りだったし。新発売のお菓子の写真を送ったら、動物の形が入っていたらラッキーって端っこに書いてあるよ、出たら教えてねとだけ返信があった。帰ってくるだなんて、今日も昨日もその前も一言もなかった。


「ちょ、行ってくる!」
「待て待て待て、夕飯時なのに迷惑でしょうが」
「だって聞いてないしいつ戻るかもわからないだろ」
「せめて連絡してから行きな。家族で過ごすのも久しぶりなんだから邪魔しちゃ駄目だよ」


勢いで飛び出しそうになった僕の鞄の紐を引っ張って止める姉に諭され一度はその場に留まるけれど、でもやっぱり居ても立ってもいられなくて、連絡は連絡でも柚葉に電話をかけた。

電話も一緒だとか急にかけたら迷惑とぎゃあぎゃあうるさい姉の手をすり抜けて、玄関の外へ。壁に背中を預けてずりずりとへたり込む。コール音が続いて、家族と過ごす時間にスマホは持ち込んでいないんだろうなと気付き耳元から離したと同時に通話中に切り替わった。


『あ、良かった切れる前で。どうしたの?』
「帰ってきてるなら言えよ」
『ええ……ごめん、びっくりさせたくて言わなかった』
「そんなサプライズいらないから決まった時点で伝えてほしい」
『変わるかもしれなかったから言えなくて。ごめんね、今会えるの?』


一瞬、電話口に仄暗さがちらついた気がしたけれど、その後の発言に全て持っていかれた。今、会えるの?会えるが、会いに行くが。


「家に行っていい?」
『うん、大丈夫。あかねちゃんもいるなら一緒に……』
「一人で行く、すぐ行くから待ってて」


言い切って電話を切り、玄関ドアを開ける。廊下に突っ立ってアイスをかじる姉に、柚葉のところに行ってくるとだけ伝えてまたすぐに飛び出した。道を挟んで斜向かい。何歩で届くだろうか。先を急いて歩数を数える余裕なんてなかった。

柚葉の家のインターホンを押すと、鳴り終わる前に扉が開いた。


「晃明だ」
「ち」
「ち?」
「ちっさ、かったっけ。柚葉、そんなに」


出迎えた柚葉の姿が余りにも、以前の様と変わらなくて。少し背は伸びたし顔付きも多少、と思うが後者は髪型のせいかもしれない。胸まであったはずの髪は短く切り揃えられていた。


「すっごい失礼。だけど寒いから先に上がって。それからお説教」
「ああ、うん……いや、説教はいいや。お邪魔します」


付け合せは結構ですみたいなノリで断ると、何それと笑った。
そうだ、この笑顔。写真の顔と変わらない。鋭い雌雄眼が笑うと綻んで柔らかい目元とすぐに赤みを帯びる頬が可愛らしくて、好きだった。


「いつ戻るの、病院」
「明日」
「明日って。知らなかったら会えないままだったかもしれないだろ。何で言わなかったんだよ」
「だから帰れるかわからなかったんだって。夜連絡するつもりだったよ、明日の朝に顔だけでも見れないかって」
「柚葉はそれで良かったのかよ」


姉も何も知らなくて柚葉の帰省を知らないままで、たとえば本当に夜に連絡があって朝に顔だけを合わせたとして。それでさようなら、また今度となって、それで満足だったのかと、静かにじっと見つめて伝える。