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幼いころの写真を散りばめたスクラップブック。クローゼットの棚上を漁っていたら、探し物とは別のそれが頭の上に降ってきた。
褪せた写真、黄ばんだ縁、古くなった本独特の匂い。
踏み台に腰掛けてアルバムを捲る。どのページにも、僕ともう一人。あどけなく笑う女の子が写っていた。僕が拗ねている日も泣いている日も、カメラに気付いていない日も、とびきりの笑顔を向けた日も、隣でいつも笑っていた。
「晃明、見つけたの?⠀絵の具セット」
「まだ。けどそれっぽい箱は見えてる」
「中見なきゃわからないんだから早くして……って、うわ、懐かしい。ちょっとそれ見せてよ」
開けっ放しのドアから顔を見せた姉が、僕の手元に目を留めて部屋に入ってくる。アルバムを差し出すと、壊れ物を包むように優しく受け止めて、姉は椅子を引いた。机にアルバムを広げ、一ページ、また一ページと丁寧に捲っていく。そんな姉を横目に、もう一度踏み台に乗り、今度こそ目的の箱に手を伸ばす。
蓋が閉じ切っていなかったようで、指先を引っ掛けた拍子にバラバラと絵の具のチューブが散らばる。パレットだけは胸を抱きとめて床に降り、ばらまいたチューブを集める。白と、青色の絵の具はほとんど残っていない。濃くなってしまったら、思う色にならなかったら、一先ず白を混ぜていたからだ。どんな絵にも空を紛れさせるほど、青が好きだったから、これも中身は残っていない。
「足りそう?」
「いや、白と青は買わないと足りない」
「そう。文具屋の方が近いけど、ホームセンターの方が安いよ」
「わかった」
絵の具セットなら昔使っていた物があるかもなんて言い出さなければ、もっといえば文化祭のポップ作りのグループにならなければ、こんなことしなくて済んだのに。面倒だなとは思いながら、一旦絵の具を箱に収める。
母の字で一本一本に名前が書かれていた。そのうちのひとつを手に取って、一瞬、瞬きを忘れた。早瀬晃明、ではなくて、阿久津柚葉と書かれた橙色の絵の具を持って止まっていると、怪訝そうに姉が手元を覗いた。
「それ、柚ちゃんの名前が書いてあるね。借りてたの?」
「一本しかないし、取り違えたんだろうな」
「アルバムも柚ちゃんと写っている写真ばかりだし、今日はそういう日なのかもね」
「なんだよ、そういう日って」
「絵の具、買いに行くならK病院の前を通るでしょ?⠀川沿いから行けば病室側見えるし、柚ちゃん、いるかもね」
312号室。川沿いを通る日にはいつも、その部屋の窓を見上げる。柚葉の姿を見かけることはほぼないけれど、姉の言う『そういう日』なら、もしかしたら。
「あー、なんか、お母さんの字を見てたら懐かしくなっちゃった」
「泣くなよ」
「泣かないよ。お母さん、私たちのこと大好きだったんだなあって嬉しくなっただけ。私も自分のアルバム見返そう」
ちゃんとしときなよって返されたアルバムは、クローゼットの棚には戻さずに机上に並べた。背表紙には『晃明へ』と書かれている。
アルバムなのに、手紙のような書き方をする。母は、このスクラップブックを作ったころには、もうほとんど身体が動かなかったらしい。
僕とともに、このアルバムの中で微笑む彼女──柚葉も、母のいた病院で、この数年を過ごしている。