「なんで? どうして?」

 目の前にあるのが、信じられなかった。だってこんなの、絶対におかしい。
 ユウくんはずっと昔に亡くなっていて、お葬式にだって出た。
 なのにそのユウくんが、あの頃と変わらない姿でここにいる。

(ユウくんのことを考えすぎて、幻を見てるの?)

 そう思ったけど、幻にしては、いつまでたっても消えてくれない。

「……藍?」

 ユウが、もう一度私の名前を呼ぶ。けどその直後、慌てたように言った。

「あっ、ごめん。君が知っている子に似てたから、つい。いや……似てるのかな? 背も歳も、全然違うのに……」

 もしかして、私のこと気づいてないの?
 全然別の誰かだって思ってる?

 だけど、気づかなくても無理ないか。

 ユウくんの姿は六年前からちっとも変わってないけど、私はその頃よりずっと背が伸びたし、それ以外だってそれなりに大人っぽくなってる。
 髪だって、あの頃は肩にかかるくらいだったのに、今はよりもだいぶ伸ばして、さらにリボンでまとめてポニーテールにしてある。
 これだけ変わってるんだから、むしろ最初に名前を呼んだことの方が不思議なくらい。

 けど、なんて言ったらいいの?
 わけがわかんないこの状況、何からどうやって話せばいいかなんて、全然わかんない。

 ただそれでも、このまま黙ってるのは嫌だった。

 死んだはずのユウくんがどうしてここにいるのかなんて、そんなのわかんない。
 けど目の前にいるのに、なにも言えずに、時間を無駄にしたくなんてなかった。

 何か、何か話したい。
 そう思って、もう一度ユウくんの姿をまじまじと見た時、あることに気づく。

「体、透けてる」

 よく見ると、ユウくんの体は薄っすらと透き通っていて、微かに向こう側の景色が見えていた。

「本当だ」

 どうやらそれは、ユウくん本人も気付いていなかったみたい。
 私の言葉を聞いて、興味深げに自分の体を見ている。
 そして、その透き通った体を一通り確認すると、改めて私の方を向いた。

「えっと、驚かせちゃったかな? 俺のこと、怖いと思ったならごめんね。こんな事言うと変な奴って思うかもしれないけど、俺って多分、幽霊だと思うんだ」
「幽霊……」

 やっぱりそうなんだ。

 普通なら、いきなりそんなこと言われても、とても信じられない。
 だけど、死んだはずの人間が現れたんだ。これが夢じゃないなら、幽霊ってのが一番しっくり来る。
 というか、そうでもなきゃ説明つかない。

「と言っても、俺が死んでからどれくらい経ったんだろう。数日? それとも数年?」

 その辺のところはよくわかっていないのか、ユウくんは首を捻りながらそんなこと言う。

 その仕草は、私の知っているユウくんそのまま。
 例え幽霊になっても、そういうところは何も変わってない。
 それを見て、なんだか妙にホッとする。

「──六年くらいかな」
「えっ?」

 死んでからどのくらい経ったのか。その答えを、ユウくんに教える。
 それを聞いて、ユウくんは小さく声をあげた。

 それは、そんなに時間が経ってたことに驚いてるんじゃなくて、どうして私がそれを知っているのか、それがわからず不思議がってるように見えた。

「君は、だれ?」

 私はそれに答える前に、自分の頭につけていたリボンを外す。パサリと音を立てて、ポニーテールにしていた髪が解けた。
 こうすれば、今の髪型は、まるで小学校の頃の髪をそのまま髪を伸ばしたように見えるはず。
 あの頃の私に、ちょっとだけ似るはず。

 だからユウくん、気づいて。

「藍! 藍なのか!?」

 ハッとしたように、ユウくんはまた、私の名前を呼ぶ。
 ただし今度のそれは、さっきまでとは違って、私が誰だかハッキリわかって言ってるような力強さがあった。

 その瞬間、私の目から涙が零れる。

「ユウくん……ユウくん……」

 私も、震える声でユウくんを呼ぶ。
 出てきた涙はますます溢れていって、次々に零れ落ちる。

 やっぱり私は、ずっとずっとユウくんの死を引きづっていたんだ。今もまだ、その悲しみは消えてなかったんだ。そのことに、改めて気づく。

 けどだからこそ、こうして会えたのが、すごく嬉しい。
 ユウくんが目の前にいるのが、名前を呼んでくれているのが、たまらなく嬉しかった。

「ユウくん。私、高校生になったんだよ」

 出した声は、もうすっかり涙声になっていて、顔はグシャグシャ。
 だけどこの涙は、決して悲しいものじゃない。

 たくさんの涙を零しながら、それでも私は笑った。
 それを見たユウくんも、笑いながらながら言う。

「大きくなったな。藍」

 六年ぶりに見るその笑顔は、あの頃と何も変わっていなかった。

 そして、私がユウくんに抱く気持ちも、あの頃と変わらない。
 私にとって、ユウくんは今も、優しくて、憧れていて、お兄ちゃんみたいな人。
 そして、今でも色褪せることのない、初恋の人だった。