軽音部の部室は、本校舎とは別の、部室棟って呼ばれる建物の中にある。
 元々はこっちが本校舎だったんだけど、十数年前に、新しい校舎が完成。
そっちが本校舎になって、ほとんどの教室が移動。元の校舎は、主に部活の拠点が置かれるようになったから、部室棟って呼ばれるようになったんだって。

 その部室棟へ入ると、たくさんの生徒が行き来していて賑やかだった。
 今の時期はどの部も新入部員獲得に向けて動いているから、余計に活気があるのかも。

「君、もう入る部活は決めたの? よかったら見学していかない?」

 私も早速声をかけられるけど、ごめんなさい。入る部活は決めてるんです。

「すみません。私、もう軽音部に入るって決めているんです。あの、部室ってどこにあるか分かりますか?」
「なんだそうなの。軽音部なら、二階の隅にあるから。昔、音楽室として使われてた場所なんだって」

 教わった通り二階に行って、軽音部室の前へとたどり着く。
 
 部室の扉は閉まってはいたけど、鍵はかかってなくて、ドアノブを回すとすんなりと動いた。
 これから、軽音部としての一歩が始まるんだ。そう思うと、何だか緊張してくる。

「失礼します」

 小さく挨拶をしながら扉を開き、中の様子を窺う。
 そうして目に飛び込んできたのは、誰もいない、ガランとした室内だった。

「…………」

 まあ、そりゃそうか。
 部員はゼロかもしれないって聞いてたから、こういうことになってるかもしれないって思ってた。

 けど、これからどうしよう。
 部員がいないのは仕方ないけど、顧問の先生までいないんじゃ、入部したくてもどうすればいいのかわかんない。
 困って部屋の中を見渡すと、黒板に文字が書いてあった。

「軽音部へ入部希望の方は、職員室まで──」

 職員室ってことは、またこれから本校舎まで戻らなきゃ。

 少し面倒だけど、仕方ないか。
部室を出て、そばにある階段を下りていく。
 だけど、階段を降り切って一階についたところで、ふと足が止まった。

「部室……階段……」

 どうしてだろう。なぜかその二つの言葉が頭に浮かんで、ぐるぐると駆け巡る。
 同時に、ズキリと胸に痛みが走った。

 そして、ずっと昔に聞いた言葉が甦えってくる。

『学校の階段から落ちて、頭を強く打ったんだって……』

 ユウくんが亡くなった日、お母さんが言ってた言葉だ。

 後になってもう少し詳しく聞いた話だと、たしかユウくんは、部活に向かう途中に階段から落ちたんだって。
 そして、軽音部の部室の一番近くにある階段が、ここだ。

 つまり、この場所が……

「ユウくんの、亡くなった場所」

 口にした瞬間、またズキリと胸が痛んだ。
 眩暈を起こしたみたいに足がふらついて、目に映る景色が大きく揺れる。何だか、酷く気分が悪い。

(もう、何年も前の話なのに……)

 どうして今更こんなにショックを受けているんだろう。

 あの時は、まるでこの世の終わりみたいに苦しくて悲しかったけど、あれから何年も経って、とっくに過去のことになっている。そのはずだった。

 なのに、こんなちょっとしたきっかけで思い出して、苦しくなっている。

(私、まだユウくんが死んだことを引きずったままなんだ)

 もちろん、ユウくんのことを忘れる気なんて無い。
 けどだからって、こんな風に引きずったままでいいかというと、多分違うと思う。

「ダメだな。こんなんじゃ。ユウくんが天国で安心できるように、しっかりしなきゃいけないのに」

 これは、ユウくんに最後のお別れを告げた時、心の中で決めたことだった。

 泣き虫で、いつもユウくんに頼っていた、弱い自分。
 ユウくんのためにも、そこから変わらなきゃって思った。なのに、何年経ってもこの通りだ。

 もしもユウくんが、今の私を見ていたら、きっと安心なんてしていられない。そう思うと、申し訳なくなってくる。

(こんなのじゃダメ。なんとかして、落ち着かないと)

 そう思って、大きく息を吸って吐いてを繰り返す。
 すると階段の上から、心配そうな声が聞こえてきた。

「君、大丈夫? 何だか具合悪そうだけど」

 誰? 今までのこと、見られてたのかな?

 けどまさか、何年も前に亡くなった人を思い出して落ち込んでたなんて思わないよね。

「平気ですから、気にしないでください」

 誰だかわからないけど、変に気を使わせちゃったらダメだよね。

 そう思いながら、顔を上げ階段の上にいる、声をかけてきた人へと目を向ける。

 そして相手の顔を見た瞬間、思わず息を飲む。

「な、なんで……」

 そこにいたのは、一人の男子生徒だった。そして、私がとてもよく知ってる人だった。
 けど、そんなはずはない。彼がここにいることなんて、この世にいるなんて、あるはずがない。

「……藍?」

 固まったままの私を見て、その人が、名前を呼んでくる。

 その人の名前は、有馬優斗。ユウくんだ。
 ずっと昔に死んだはずのユウくんが、あの頃と同じ姿で、私の目の前に立っていた。