箒で地面を掃いていると、 ジリジリとした太陽の光が容赦なく照り付けてくる。
季節はもうすっかり夏になっていた。
刈り取っていた草を全部集めて、ゴミ袋に入れる。
梅雨の間にたっぷりと水を吸ってだいぶ伸びていたけど、これでようやくすっきりした。
ひと仕事を終えて見つめる先には、一つのお墓がある。
ここは、私の家の近所にある、お寺の中の墓地。
そして、目の前にあるこのお墓は、ユウくんのものだった。
「終わったか?」
いつの間にか、三島がそばに寄ってきて言う。
このお寺は三島の家でもあって、さっきまで使っていた掃除用具も、彼が貸してくれたものだ。
「ありがとう。おかげで綺麗になった」
三島や家族の人たちだって、墓地の掃除はしているんだけど、ユウくんの家族は、誰もここにやってこない。
だから、放っておくと他のお墓と比べて、どうしても汚れが目立ってしまう。
梅雨明けの今だと、特にそう。
この時期にユウくんのお墓を掃除するのは、私にとって毎年恒例のことになっていた。
次に墓石を磨き始めたところで、三島が言う。
「でもよ、何もここまですること無いんじゃないか?」
「なんで? 綺麗になっていいじゃない」
「だけどよ……」
どうしてそんなこと言うんだろう。
首をかしげていると、三島はさらに言ってくる。
「それって、先輩のためにやってるんだよな?」
「うーん。私がしたいからって言うのが大きいと思うけど」
「それにしたって、やっぱり先輩のためだろ」
「そうなるのかな?」
私は、本当にただやりたいと思ってやっているだけだし、ユウくんのためなんて言ったら、何だか恩着せがましいような気がするんだけどな。
だけど三島は、まだ何か納得いってないみたい。
そして、私の隣を指差して言う。
「先輩、そこにいるよな」
三島の指差した先には、透き通った体をしたユウくんの姿があった。
「本人がそこにいるってことは、この墓はカラッポだろ」
まあ、そうなんだけどね。
ユウくんが幽霊になってこの世に現れてから数ヶ月。
それ以来、ずっと変わらず幽霊のままで、今も私たちのそばにいる。
「俺も、無理に掃除してくれなくてもいいって言ったんだけどな。自分の墓だし、俺が掃除できたらよかったのに」
「いや、それもなんかおかしい。幽霊が自分の墓の掃除なんてしてたら、うちの寺の管理に問題があるみたいじゃねえか」
確かにそれは、お寺からしたら微妙かも。
なんて思いながら、とりあえず墓石を磨き終える。
「だって、ずっと続けてきたんだもん。今更やめようって気にはならないよ」
「ずっとやってくれてたんだ。ありがとう」
ユウくんがにっこり笑ってお礼を言うもんだから、とたんに顔が火照ってくる。
この数ヶ月、ユウくんとはずっと一緒にいるのに、今もこんな風にドキドキすることがたくさんある。
私の初恋は、まだまだ終わることなく続いている。
「なかなか成仏しねえな」
三島がそう言いながら、自分のお墓の前に立つユウくんを見る。
ちなみに、今のユウくんの服装は、最初幽霊になって現れた時と違って、夏服になっている。
幽霊の格好ってのは、本人のイメージによって作られ、その場に一番合ってると思う姿に変化していく。
そう三島が言ってたけど、その結果が、今の季節に合わせた夏服なんだろうね。
なんだか成仏するどころか、ますますこの世に順応していってるような気がするよ。
「てっきり、あの時消えると思ったんだけどな」
それを聞いて、あの日の事を思い出す。
ユウくんが、ユウくんの体が、次第に薄くぼやけて言ったあの日を。
きっと、ユウくんはこのまま成仏しちゃう。
そう思って、悲しくなって、涙した。
だけど結局ユウくんは消えることなく、今もこうしてこの世にいる。
その場にいたみんな、てっきり成仏するんだって思ってたから、ユウくんがいつまでたっても消えないのを見て、あれ?って思ったんだよね。
三島なんて、「消えねーのかよ!」って大声で叫んでたっけ。
だけど、少しだけ変わったところもあった。
ユウくんの体を見ると、透き通っていて、向こう側にある景色が見える。
それ自体は元々なんだけど、あの一件以来、それまでよりも透明度が増していた。
「未練が一つ消えたんだ。成仏するのに、一歩近づきはしたんだろうな」
三島がそう言っていて、なら近いうちに、本当に成仏するのかもっても思った。
だけどあれ以来、ちっともそんな気配ない。
「いったい、俺はどうやったら成仏するんだろうな?」
ユウくんが、自分の体を見て言うけど、それは誰にもわからなかった。
「もしかして、他にも未練があったりしねーか?」
「そりゃ、無いわけじゃ無い。けど細かいところまで挙げていったらきりが無いって、何度もいってるだろ」
「だよな」
こんな二人やり取りも、実はこの数カ月の間に何度かあった。
だけどどれだけ話し合っても答えは出なくて、最後はいつも、私がこう言って終わらせる。
「まあ、ゆっくり探せばいいじゃない」
だから今回もまた、この話はこれでおしまい。
「まったく。こうも堂々と居座られると、幽霊でいるのが悪いことってのに自信が持てなくなってくる」
三島がそう言うけど、私も似たようなことを思ってる。
不謹慎かもしれないけど、ユウくんが消えずにいてくれて、少し──ううん、すっごく嬉しかった。
季節はもうすっかり夏になっていた。
刈り取っていた草を全部集めて、ゴミ袋に入れる。
梅雨の間にたっぷりと水を吸ってだいぶ伸びていたけど、これでようやくすっきりした。
ひと仕事を終えて見つめる先には、一つのお墓がある。
ここは、私の家の近所にある、お寺の中の墓地。
そして、目の前にあるこのお墓は、ユウくんのものだった。
「終わったか?」
いつの間にか、三島がそばに寄ってきて言う。
このお寺は三島の家でもあって、さっきまで使っていた掃除用具も、彼が貸してくれたものだ。
「ありがとう。おかげで綺麗になった」
三島や家族の人たちだって、墓地の掃除はしているんだけど、ユウくんの家族は、誰もここにやってこない。
だから、放っておくと他のお墓と比べて、どうしても汚れが目立ってしまう。
梅雨明けの今だと、特にそう。
この時期にユウくんのお墓を掃除するのは、私にとって毎年恒例のことになっていた。
次に墓石を磨き始めたところで、三島が言う。
「でもよ、何もここまですること無いんじゃないか?」
「なんで? 綺麗になっていいじゃない」
「だけどよ……」
どうしてそんなこと言うんだろう。
首をかしげていると、三島はさらに言ってくる。
「それって、先輩のためにやってるんだよな?」
「うーん。私がしたいからって言うのが大きいと思うけど」
「それにしたって、やっぱり先輩のためだろ」
「そうなるのかな?」
私は、本当にただやりたいと思ってやっているだけだし、ユウくんのためなんて言ったら、何だか恩着せがましいような気がするんだけどな。
だけど三島は、まだ何か納得いってないみたい。
そして、私の隣を指差して言う。
「先輩、そこにいるよな」
三島の指差した先には、透き通った体をしたユウくんの姿があった。
「本人がそこにいるってことは、この墓はカラッポだろ」
まあ、そうなんだけどね。
ユウくんが幽霊になってこの世に現れてから数ヶ月。
それ以来、ずっと変わらず幽霊のままで、今も私たちのそばにいる。
「俺も、無理に掃除してくれなくてもいいって言ったんだけどな。自分の墓だし、俺が掃除できたらよかったのに」
「いや、それもなんかおかしい。幽霊が自分の墓の掃除なんてしてたら、うちの寺の管理に問題があるみたいじゃねえか」
確かにそれは、お寺からしたら微妙かも。
なんて思いながら、とりあえず墓石を磨き終える。
「だって、ずっと続けてきたんだもん。今更やめようって気にはならないよ」
「ずっとやってくれてたんだ。ありがとう」
ユウくんがにっこり笑ってお礼を言うもんだから、とたんに顔が火照ってくる。
この数ヶ月、ユウくんとはずっと一緒にいるのに、今もこんな風にドキドキすることがたくさんある。
私の初恋は、まだまだ終わることなく続いている。
「なかなか成仏しねえな」
三島がそう言いながら、自分のお墓の前に立つユウくんを見る。
ちなみに、今のユウくんの服装は、最初幽霊になって現れた時と違って、夏服になっている。
幽霊の格好ってのは、本人のイメージによって作られ、その場に一番合ってると思う姿に変化していく。
そう三島が言ってたけど、その結果が、今の季節に合わせた夏服なんだろうね。
なんだか成仏するどころか、ますますこの世に順応していってるような気がするよ。
「てっきり、あの時消えると思ったんだけどな」
それを聞いて、あの日の事を思い出す。
ユウくんが、ユウくんの体が、次第に薄くぼやけて言ったあの日を。
きっと、ユウくんはこのまま成仏しちゃう。
そう思って、悲しくなって、涙した。
だけど結局ユウくんは消えることなく、今もこうしてこの世にいる。
その場にいたみんな、てっきり成仏するんだって思ってたから、ユウくんがいつまでたっても消えないのを見て、あれ?って思ったんだよね。
三島なんて、「消えねーのかよ!」って大声で叫んでたっけ。
だけど、少しだけ変わったところもあった。
ユウくんの体を見ると、透き通っていて、向こう側にある景色が見える。
それ自体は元々なんだけど、あの一件以来、それまでよりも透明度が増していた。
「未練が一つ消えたんだ。成仏するのに、一歩近づきはしたんだろうな」
三島がそう言っていて、なら近いうちに、本当に成仏するのかもっても思った。
だけどあれ以来、ちっともそんな気配ない。
「いったい、俺はどうやったら成仏するんだろうな?」
ユウくんが、自分の体を見て言うけど、それは誰にもわからなかった。
「もしかして、他にも未練があったりしねーか?」
「そりゃ、無いわけじゃ無い。けど細かいところまで挙げていったらきりが無いって、何度もいってるだろ」
「だよな」
こんな二人やり取りも、実はこの数カ月の間に何度かあった。
だけどどれだけ話し合っても答えは出なくて、最後はいつも、私がこう言って終わらせる。
「まあ、ゆっくり探せばいいじゃない」
だから今回もまた、この話はこれでおしまい。
「まったく。こうも堂々と居座られると、幽霊でいるのが悪いことってのに自信が持てなくなってくる」
三島がそう言うけど、私も似たようなことを思ってる。
不謹慎かもしれないけど、ユウくんが消えずにいてくれて、少し──ううん、すっごく嬉しかった。