大沢先生とわかれて学校を後にした、私、ユウくん、三島の三人。
こうして並んで帰るのなんてまだ数回しかないけれど、なんだかこ早くも慣れつつあった。
「ユウくん、ずっとあの曲の練習してたんだ。全然知らなかった」
「ちゃんと弾けるようになるまで秘密にしておきたかったから、黙ってたんだ」
「文化祭前だったのに、無理言ってごめんね。それと、ありがとう。すっごく嬉しかった」
さっきも言ったお礼の言葉を、もう一度改めて言う。
ユウくんの演奏を思い出すと、今もまだ、嬉しくなってドキドキしてくる。
するとそこで、三島が思い出したように言った。
「そう言えば、昨日大沢先生が先輩の話をしている時、俺に話題を変えろって言ったよな」
あぁ。そういえば、そんなこともあったっけ。
今まですっかり忘れてた。
「それで三島が、二人が付き合っていたのかって聞いたんだよね」
「それはどうでもいいんだよ。それより、話題を変えたのって、編曲や練習のことを知られたくなかったからなのか?」
三島の質問に、ユウくんは頷きながら答える。
「ああ。あの時はまさか、こんな形で演奏できるなんて思ってもみなかったからな。どうせ聞かせられないなら、ガッカリさせたくないし、黙っておいた方がいいって思ったんだ」
「そんな理由かよ」
三島が呆れたように声をあげるけど、私だって、教えてくれても良かったのにと思う。
「私は、ユウくんが練習してたってわかっただけでも、きっと嬉しかったよ」
もちろん、実際に演奏してくれた方がいいに決まっている。
だけど私のためにそんなに頑張ってくれたんだって知ったら、それだけですごく嬉しいのに。
「俺にとって、あれを聞かせられないまま死んだのは、大きな心残りだったんだ。二度と叶わないって思ったら、余計にな。こんなのを未練って言うのかな。だから、中途半端にそれを伝えたくはなかった」
未練。幽霊であるユウくんがその言葉を口にすると、すごく重く聞こえてくる。
元々、私が弾いてみてってねだったことなんだけど、ユウくんの中で、その約束はそんなに大きいものになっていたんだ。
「ちゃんと藍に聞かせられて良かった。これで、大きな未練が一つなくなった。こんなことが出来るなら、幽霊になるのも悪く無いな」
「おい。何度も言うけど、幽霊になるのは、本当は良いことじゃないんだからな」
ユウくんの言葉に、三島がすかさず食ってかかる。
だけど私も、ユウくんと同じような事を考えていた。
幽霊になってくれてよかった、なんて言ったら、また三島が怒るかもしれない。
けれどできることなら、ずっとこのままでいてほしいってさえ思ってしまう。
三島の言葉を聞いてユウくんは苦笑いするけど、だからと言って特別気を悪くしたようには見えなかった。
それから、改まったように三島に顔を向けて、言う。
「三島、今日はありがとな。お前のおかげで、藍とちゃんと話ができた」
「何だよ急に。さっき、部室でも一度言っただろ」
急なお礼に、戸惑う三島。
だけどユウくんは、構わず続ける。
「さっき、心残りが一つ消えたって言ったけど、それで思ったんだ。やりたいことや言いたいことが、いつでもできるとは限らない。ましてや俺は幽霊で、もしかしたらもうすぐ消えてしまうかもしれない。だから、これ以上何かをやり残すようなことはしたくないんだ」
ユウくんは一度亡くなっていて、今は幽霊になってはいるけど、それだっていつまでこの世にいられるかなんてわからない。
この言葉に込められた思いは、私が想像しているよりも、ずっと大きいような気がした。
「消えるかもしれない、か。その方法がわからないから、今もこうしてここにいるんだけどな」
「まあ、そうだな」
そうなんだよね。
どうすれば成仏できるかなんて、今もまだ、
何もわからないまま。
もうすぐ消えるかもしれないけど、まだ当分このままってこともあるのかも。
だけど、その時私は気づいた。
ユウくんの体に、ある変化が起こっていることに。
「ねえ、ユウくん。何だか、体が薄くなってない?」
「えっ?」
言われて、ユウくんも自分の体を見る。
ユウくんの体は、元々薄っすらと透き通っていたけれど、よくよく見てみると、前よりも透明に近くなっている。
ううん。正確に言うと、より透明になったり、元に戻ったりを繰り返していた。
少し前までは、こんなことなかったはずなのに。
「おい、大丈夫なのかよ?」
三島も驚いたように声をあげて、それから、何か思いついたようにハッとする。
「なあ。確かさっき、未練が消えたって言ってたよな」
「……ああ」
それだけで、三島が何を言おうとしているのか、わかったような気がした。
「未練が無くなったってことは、もう幽霊でいる必要がなくなったってことなのか?」
やっぱり。
どうしたら幽霊になるのかなんてわからないけど、お話とかだと、この世に残した未練が原因で現れるってことが多い。
なら、ユウくんにその未練が無くなった今が、成仏する時なのかも。
「……ユウくん、成仏しちゃうの?」
気が付いた時には、不安が声になって漏れていた。
もちろん、成仏できるならその方がいいのかもしれない。
だけどこんなのって、あまりに急すぎる。
「どうだろう。特に、痛いとか苦しいとか、意識が無くなりそうとかは無いけど」
ユウくんはそう言うけど、その声は強張っていた。
ユウくんも、急に起きた出来事に、驚きを隠せていなかった。
そうしている間も、ユウくんの体は、透明になったり元に戻ったりを繰り返している。
だけど、次第に透明に近い時間の方が長くなっていく。
それを見て、ますます不安が強くなる。
「──藍」
不意に、ユウくんに名前を呼ばれる。
「な、なに?」
オロオロしたまま、それでも何とか返事をする。
するとユウくんは、こんな時だってのに、なぜかにっこりと笑ってた。
「俺の事情、全部聞いてくれて、それでも嫌いにならずにいてくれて、ありがとう」
「な、なんで今、それを言うの?」
ユウくんの事情って、さっき話してた、両親の事や人間関係のことだよね。
それを知らない三島は、何を言っているのかわかってない様子だったけど、私だって、どうして今わざわざそんなことを言うのかわからない。
「今だから言いたいんだよ。もしかしたら、藍と話せるのも、これで最後かもしれない。だから、さっきも言った通り、言いたいことを残したままにはしたくない」
「最後……」
落ち着いて告げられたその言葉が、痛いくらい胸に刺さる。
今ユウくんに何が起きているのか、このまま成仏してしまうのか、本当のところは何もわからない。
だけどユウくんの言う通り、もしかしたら、これが話しができる最後のチャンスなのかもしれない。
だから私も、必死になって言葉を探した。
ユウくんがそうしたように、私だって、ユウくんにしっかり言葉を伝えたかった。
一番伝えたいものを、言い残したままにはしたくなかった。
こうして並んで帰るのなんてまだ数回しかないけれど、なんだかこ早くも慣れつつあった。
「ユウくん、ずっとあの曲の練習してたんだ。全然知らなかった」
「ちゃんと弾けるようになるまで秘密にしておきたかったから、黙ってたんだ」
「文化祭前だったのに、無理言ってごめんね。それと、ありがとう。すっごく嬉しかった」
さっきも言ったお礼の言葉を、もう一度改めて言う。
ユウくんの演奏を思い出すと、今もまだ、嬉しくなってドキドキしてくる。
するとそこで、三島が思い出したように言った。
「そう言えば、昨日大沢先生が先輩の話をしている時、俺に話題を変えろって言ったよな」
あぁ。そういえば、そんなこともあったっけ。
今まですっかり忘れてた。
「それで三島が、二人が付き合っていたのかって聞いたんだよね」
「それはどうでもいいんだよ。それより、話題を変えたのって、編曲や練習のことを知られたくなかったからなのか?」
三島の質問に、ユウくんは頷きながら答える。
「ああ。あの時はまさか、こんな形で演奏できるなんて思ってもみなかったからな。どうせ聞かせられないなら、ガッカリさせたくないし、黙っておいた方がいいって思ったんだ」
「そんな理由かよ」
三島が呆れたように声をあげるけど、私だって、教えてくれても良かったのにと思う。
「私は、ユウくんが練習してたってわかっただけでも、きっと嬉しかったよ」
もちろん、実際に演奏してくれた方がいいに決まっている。
だけど私のためにそんなに頑張ってくれたんだって知ったら、それだけですごく嬉しいのに。
「俺にとって、あれを聞かせられないまま死んだのは、大きな心残りだったんだ。二度と叶わないって思ったら、余計にな。こんなのを未練って言うのかな。だから、中途半端にそれを伝えたくはなかった」
未練。幽霊であるユウくんがその言葉を口にすると、すごく重く聞こえてくる。
元々、私が弾いてみてってねだったことなんだけど、ユウくんの中で、その約束はそんなに大きいものになっていたんだ。
「ちゃんと藍に聞かせられて良かった。これで、大きな未練が一つなくなった。こんなことが出来るなら、幽霊になるのも悪く無いな」
「おい。何度も言うけど、幽霊になるのは、本当は良いことじゃないんだからな」
ユウくんの言葉に、三島がすかさず食ってかかる。
だけど私も、ユウくんと同じような事を考えていた。
幽霊になってくれてよかった、なんて言ったら、また三島が怒るかもしれない。
けれどできることなら、ずっとこのままでいてほしいってさえ思ってしまう。
三島の言葉を聞いてユウくんは苦笑いするけど、だからと言って特別気を悪くしたようには見えなかった。
それから、改まったように三島に顔を向けて、言う。
「三島、今日はありがとな。お前のおかげで、藍とちゃんと話ができた」
「何だよ急に。さっき、部室でも一度言っただろ」
急なお礼に、戸惑う三島。
だけどユウくんは、構わず続ける。
「さっき、心残りが一つ消えたって言ったけど、それで思ったんだ。やりたいことや言いたいことが、いつでもできるとは限らない。ましてや俺は幽霊で、もしかしたらもうすぐ消えてしまうかもしれない。だから、これ以上何かをやり残すようなことはしたくないんだ」
ユウくんは一度亡くなっていて、今は幽霊になってはいるけど、それだっていつまでこの世にいられるかなんてわからない。
この言葉に込められた思いは、私が想像しているよりも、ずっと大きいような気がした。
「消えるかもしれない、か。その方法がわからないから、今もこうしてここにいるんだけどな」
「まあ、そうだな」
そうなんだよね。
どうすれば成仏できるかなんて、今もまだ、
何もわからないまま。
もうすぐ消えるかもしれないけど、まだ当分このままってこともあるのかも。
だけど、その時私は気づいた。
ユウくんの体に、ある変化が起こっていることに。
「ねえ、ユウくん。何だか、体が薄くなってない?」
「えっ?」
言われて、ユウくんも自分の体を見る。
ユウくんの体は、元々薄っすらと透き通っていたけれど、よくよく見てみると、前よりも透明に近くなっている。
ううん。正確に言うと、より透明になったり、元に戻ったりを繰り返していた。
少し前までは、こんなことなかったはずなのに。
「おい、大丈夫なのかよ?」
三島も驚いたように声をあげて、それから、何か思いついたようにハッとする。
「なあ。確かさっき、未練が消えたって言ってたよな」
「……ああ」
それだけで、三島が何を言おうとしているのか、わかったような気がした。
「未練が無くなったってことは、もう幽霊でいる必要がなくなったってことなのか?」
やっぱり。
どうしたら幽霊になるのかなんてわからないけど、お話とかだと、この世に残した未練が原因で現れるってことが多い。
なら、ユウくんにその未練が無くなった今が、成仏する時なのかも。
「……ユウくん、成仏しちゃうの?」
気が付いた時には、不安が声になって漏れていた。
もちろん、成仏できるならその方がいいのかもしれない。
だけどこんなのって、あまりに急すぎる。
「どうだろう。特に、痛いとか苦しいとか、意識が無くなりそうとかは無いけど」
ユウくんはそう言うけど、その声は強張っていた。
ユウくんも、急に起きた出来事に、驚きを隠せていなかった。
そうしている間も、ユウくんの体は、透明になったり元に戻ったりを繰り返している。
だけど、次第に透明に近い時間の方が長くなっていく。
それを見て、ますます不安が強くなる。
「──藍」
不意に、ユウくんに名前を呼ばれる。
「な、なに?」
オロオロしたまま、それでも何とか返事をする。
するとユウくんは、こんな時だってのに、なぜかにっこりと笑ってた。
「俺の事情、全部聞いてくれて、それでも嫌いにならずにいてくれて、ありがとう」
「な、なんで今、それを言うの?」
ユウくんの事情って、さっき話してた、両親の事や人間関係のことだよね。
それを知らない三島は、何を言っているのかわかってない様子だったけど、私だって、どうして今わざわざそんなことを言うのかわからない。
「今だから言いたいんだよ。もしかしたら、藍と話せるのも、これで最後かもしれない。だから、さっきも言った通り、言いたいことを残したままにはしたくない」
「最後……」
落ち着いて告げられたその言葉が、痛いくらい胸に刺さる。
今ユウくんに何が起きているのか、このまま成仏してしまうのか、本当のところは何もわからない。
だけどユウくんの言う通り、もしかしたら、これが話しができる最後のチャンスなのかもしれない。
だから私も、必死になって言葉を探した。
ユウくんがそうしたように、私だって、ユウくんにしっかり言葉を伝えたかった。
一番伝えたいものを、言い残したままにはしたくなかった。