幽霊が見える。
 三島は、いつもそう言っていた。それに、どんな幽霊とも会うことができるって。

 本当かどうかなんてわかんなかったし、嘘だったらいいなって思ってた。
 だけど今は、どうか本当であってほしかった。
 それなら、ユウくんにだって会える。

「お願い、ユウくんに会わせて!」

 三島は困った顔をして何も答えなかったけど、それでも私は、何度も何度も頭を下げて頼んだ。

 それが十を超えた頃、ついに三島が口を開いた。

「……幽霊が見えるなんて、嘘だよ」

 ────嘘?

 その瞬間、ピタリと声が出なくなる。
 堪えていた涙が、再び頬を伝う。

「幽霊が見えるなんて、そんなの嘘に決まってるだろ。お前、本気で信じてたのかよ!」

 三島が怒鳴るように言う。
 だけど、もうそんなのどうでもよかった。

 三島の言葉なんて、もう聞こえてなかった。

「う……うわぁぁぁぁぁっ!」

 もうユウくんとは会えないんだ。
 最後の頼みの綱がなくなって、泣き叫ぶ以外にできることなんてなかった。

 涙は後から後から出てきて、いくら泣いても止まらない。
 だけど叫ぶ声はだんだんと枯れてきて、いつの間にか、声が出なくなる。
 それから私は、しゃがみ込んで、ただ涙を流し続けた。

 それを見て、三島がまた近づいてきた。
 しゃがみ込んでる私の隣に、ドカッと座る。

 まだ何か言おうとしてるの?
 幽霊が見えるなんて、そんな嘘を信じた私を笑おうとしてるの?

 三島は、小さな声でボソボソと呟くように言う。

「あのさ……死んだやつには、もう二度と会えないんだよ。どんなに会いたくても、二度と」

 少しだけ顔を上げて、三島を見る。
 今の三島は普段とは全然違ってて、ひどく沈んだ、悲しそうな顔をしていた。

「俺の父ちゃんが言ってたんだけどさ、葬儀ってのは、亡くなった人に寂しい思いをさせないためにするんだって。亡くなった人にしてみたら、生きてた頃の知り合い全員と一気に会えなくなるわけだろ。それって、残される人よりもずっと寂しいんじゃないのか?」

 言われて、想像してみる。
 お父さんに、お母さんに、学校の友だち。今まで今まで生きてきた中で出会ってきた人全てと、会えなくなることを。

 それは、寂しいなんて言葉じゃ足りないくらい、辛くて悲しいんだと思う。

「……うん」

 やっとの思いで、三島の言葉に頷く。

「だからさ、最後に知り合いみんなで集まって、ちゃんとお別れを言わなきゃいけないんだ。亡くなった人が安心して旅立てるように」
「……そう……だね」

 小さく返事をすると、その度に喉の奥が痛くなる。
 それでも、三島の言葉はちゃんと聞いてたし、返事をするのをやめようとは思わなかった。

「なのにお前が行かなかったら、アイツはきっと全然安心なんてできないと思うぞ。あの世に行った後だって、きっと凄く心配する。いいのかよそれで」

 三島はそこまで言うと、じっと私の返事を待つ。
 私は、三島の言った事をもう一度頭の中で繰り返し、それから、ユウくんのことを考える。

 そして、言う。

「……嫌だ」

 ユウくんからは、今までたくさんの楽しい時間や思い出を貰ってきた。
 ユウくんがいてくれたおかげで、毎日が楽しかった。
 なのに最後の最後、自分のせいで心配かけるなんて、寂しい思いをさせるなんて、そんなの絶対に嫌。

「どうする? いくか、アイツのとこ」

 もう一度、三島が聞いてくる。
 私は、すぐに返事はできなかったけど、目をゴシゴシとこすって涙をふいて、ゆっくりと立ち上がる。

「……行く」

 そう言って歩き出すと、三島は黙ってついてきてくれた。

 いつもはイジワルばっかりする三島。
 だけど今は、そばにいてくれて嬉しかった。
 もしも三島が来てくれなかったら、きっと今も、泣き続けることしかできなかった。

「三島、ありがとう」

 お礼を言うと、三島は顔を真っ赤にしながら口ごもる。

「お……おう」

 それからは、私も三島も黙ったまま、二人一緒に歩いていく。

 そうして向かったユウくんの家で、私はようやく、棺に入れられたユウくんと対面した。

 もう二度と目を開くことの無いユウくんを見たら、やっぱり涙が出てきた。
 多分、そこにいた誰よりも泣いた。

 けどそれでも、ユウくんの前に立って、最後のお別れの言葉は、しっかり贈った。

(ユウくん、いままでありがとう。ユウくんのおかげでいつも楽しかった)

 不思議。ここまで来たのはいいけど、お別れの言葉なんて、なんて言えばいいのかさっぱりわかんなかった。

 だけどユウくんを前にしたら、自然と言葉が出てきた。

(ユウくんのこと、お兄ちゃんみたいだって思ってた。でもそれだけじゃなかったんだよ)

 それは、今まで一度も言ったことのなかった言葉。
 だけど、いつか言いたかった言葉だった。

(だってお兄ちゃんなら、一緒にいてあんなにドキドキしないもん。胸がギューってなったりしないもん。ずっとそばにいたくて、自分がまだ子供なのがちょっと嫌で、早くユウくんの隣にいるのが似合うような大人になりたかった)

 ユウくんの棺の中に、持っていた花をそっと置く。

(大好きだよ。ユウくんは、私の初恋だったんだよ)

 でしたら、生きている時に言いたかった。
 今の言葉、ユウくんに届いたかな?

 ユウくんと一緒の日々は、それに私の初恋は、こうして終わりを迎えた。

 恋として好きなんだって、一度も言えないままだった。

 それでも、ユウくんのことを思い出せば、何度だって思う。
 大好きだったって。




 そして時は流れて、今の私は高校生。
 ユウくんが亡くなった時と、ほとんど変わらない年になりました。