「じゃあ、人を好きになるのが怖いって気持ちは、無くなりかけてはいたんだ」
「ああ。あくまで、無くなりかけてた、だけどな。恋愛に関してはどうしても両親のことを思い出して、そんな気にはなれなかった。それに、母親が戻って来た時は平静じゃいられなかったし、結局、俺はそのまま死んじゃった」

 死。
 今更ながら、その言葉を聞くとどうしても身構えてしまう。
 特に、お父さんとお母さんの揉め事について話した後だと、それさえなければ死なずに済んだんじゃないかって、やるせない気持ちになってくる。
 だけどユウくんは、そこには一切の悲壮感を見せることなく、話を続けた。

「だからさ、やっぱり藍には、こんなの絶対に知られたくなかったんだ。藍にとって、いつだって良い兄貴でいたかったから」
「ユウくんは、いいお兄ちゃんだもん」

 そりゃ、驚いたしショックもあった。
 だけど、それでユウくんを見る目が変わるなんてことはない。

 話を聞く前も聞いた後も、ユウくんは私の理想のお兄ちゃんで、一番大好きな人だった。

「いいお兄ちゃんでいられたのは、藍のおかげだよ。藍がいたから、俺だって少しずつではあるけど、確かに変わっていけたんだと思う。人も自分も、信じてみたいって思えるようにはなった。軽音部に入って仲間を作ることができたのだって、そんな変化の中のひとつだった」

 大沢先生を見て、ユウくんが嬉しそうにしていたのを思い出す。
 それに昔だって、軽音部のことを話すユウくんは、いつも楽しそうだった。

 ユウくんにとって、軽音部は本当に大切な場所だったんだろうな。

 そんなユウくんは、とても、人を好きになるのが怖いなんて思ってたようには見えなくて、変わっていってたんだってのを、何よりも証明しているような気がした。

「それで、さっきの、藍への気持ちは変わらないって言った話に戻るけどさ。やっぱりどんなに考えても、こうして俺を変えていってくれた藍を、嫌いになることなんてありえない。何があっても、藍を好きって気持ちは、絶対に変わらない」
「────っ!」

 好きって言葉に、心臓がドクンと大きく音を立てる。

 ユウくん。そんな言い方だと、まるで愛の告白みたいに聞こえるんだけど、わかってる?

 ううん。家族愛って意味なら、正真正銘の愛の告白って言っていいのかもしれない。

「こんなので、納得してくれるか分からない。だけど……って、藍!」

 そこまで言ったところで、ユウくんは慌てて言葉を止める。
 そして私は、今までとは比べ物にならないくらいに、ボロボロと大粒の涙を流して泣いていた。

「藍! 藍、大丈夫?」

 心配そうに、何度も声をかけてくるユウくん。

 けど違うの。
 私が泣いてるのは、決して悲しいからなんかじゃないから。

「……あ、ありがとう」
「えっ?」

 どうしてお礼を言われたのかまるでわかってないみたいで、困惑したような声をあげるユウくん。

 けれど、私は感謝の気持ちでいっぱいだ。

「私を好きになってくれてありがとう。家族みたいだって思ってくれて、ありがとう」
「……藍」

 ユウくんは、私がいるから変わっていけたって言ってたけど、それなら私は、ユウくんのおかげでたくさんの楽しいをもらってきた。
 誰かを好きになるって気持ちを教えてくれた。

 そんなユウくんに、こんなにも大事に思われているのが、すごく嬉しかった。

 泣きじゃくる私に向かって、ユウくんはそっと手を伸ばす。

「ごめんな、こんなに泣かせて。酷いアニキだな」
「いいの。これは嬉し泣きだから」

 たくさんの涙を流しながら、それでも私は笑った。

 好きな人に、ここまで大切に思われていたんだ。
 そこに込められた思いが例え家族愛のようなものでも、私の胸は、嬉しさと暖かい気持ちでいっぱいになっていた。