【三島side】

「ひとつ聞くぞ。藤崎の様子がおかしいのは、先輩が原因っぽいんだな」
「ああ、多分な」

 やっぱりそうだよな。
 それだけわかれば、もうこれ以上詳しい話は聞かなくてもいい。

 最初は、有馬先輩の態度次第では、しつこく問い詰め怒りをぶつけようかとも思っていた。
 けど先輩も、本気で藍のことを心配しているのがわかって、いつの間にかそんな気も失せていた。

「なあ。大沢先生って、今日は教職員会議で遅くなるって言ってたよな?」
「ああ、言ってたけど?」
「俺も、今日は部活に来るのが遅れる。だから放課後になってしばらくは、ここには先輩と藤崎しかいなくなる。その時に、二人で話せ」

 できればこんなこと言いたくなかった。
 お膳立てだけしておいて、後は全部任せるなんて、自分には何もできないって言ってるようなもんだ。

 けどその通りだ。俺が藤崎に何か言っても、解決できるとは思えない。
 だが、有馬先輩は違う。

 先輩が原因だからってのももちろんあるけど、例え藤崎が全く別のことで落ち込んでいたとしても、こいつならきっと力になってくれるって思った。

 そんなの認めたくないし、できることなら俺がこの手で何とかしてやりたい。
 けど、そんな気持ちを押さえながら言う。

「何があったか知らねえけど、あんたが原因だって言うなら、何とかしてくれ」
「三島……」

 俺にとってこの人は、恋敵みたいなもの。
 そんなやつと藤崎とを仲直りさせようなんて、本当なら絶対にしたくない。
 それでも、落ち込んでいる藤崎の姿を見ていると、こうするしかなかった。

 先輩は、俺の言葉に驚いていたようだったけど、それからしっかりと頷いた。

「ああ。ありがとな」

 感謝なんてされても、ちっとも嬉しくない。なのに先輩は、俺を真っ直ぐに見つめながら、きちんと礼を言う。

(まったく、幽霊のくせに、色々人を振り回しすぎなんだよ)

 この人は幽霊で、本来ならとっくに過去の人になっているべき存在だ。
 なのに、未だにその言動で藤崎を一喜一憂させ続けている。
 俺には、それがすごく悔しかった。

 きっと先輩は、俺がこんなこと考えてるなんて知らないだろう。

「悪いな。色々気を使わせて」

 ほらこれだ。
 人がこんなに悔しがっているのに、当の本人はこの調子だ。こんな態度をとられたら、腹は立っても、嫌いだとは思えなくやってしまう。
 だからこそ、心がザワつくんだ。

「そんなのいいから、藤崎のことを頼むぞ」

 精一杯の強がりを言いながら、いっそこいつが、もっと嫌な奴ならよかったのにと思う。
 もっとも、そんな奴ならそもそも藤崎に好かれることは無かっただろうけど。

 そこまで話したところで、入ってきた扉を開いて、部室を後にする。

 バタンと扉を閉めた途端、一気に汗が吹き出て、全身に疲れを感じた。
 今のやりとりの最中、自分でも気づかないうちに緊張していたようだ。
 疲れを吐き出すように、深く長いため息をつく。

(何やってるんだろうな、俺)

 これで、俺にできることは終わり。後は有馬先輩に期待する他無い。
 そう思うと、どんどん気持ちが沈んでいく。

 それでも、こうするしかなかった。落ち込んでいる藤崎を見てると、なりふりなんて構ってられなかった。

「……ったく、しっかりしろよ」

 誰に言い聞かせるでも無く呟いたその言葉。
 それは、藤崎がこうなった原因を作った有馬先輩と、何もできない自分、その両方に向けられていた。