部活動紹介はそれからもどんどん進んでいって、私たち軽音部の出番もだんだんと近づいてきていた。
なのにユウくんは、まだ戻ってこない。少し外すって言って、どこかに行ったきりだった。

 ユウくんの様子が変わったのは、集まった人達を見ていた最中。
あの時、いったい何を見たんだろう。考えてもわかるわけないけど、それでも気になって仕方ない。

「藤崎────おい藤崎!」

 三島に呼ばれて、ハッと我に返る。

「ごめん。何だっけ?」
「何だっけじゃねえよ。俺達の出番はもうすぐだぞ。いいのかよ、そんなにボーっとしてて」

 そうだ。
私たちの出番は、今発表している部の二つ後。もうすぐだ。
ユウくんのことを気にしすぎてたせいで、そんなことにも気づかなかった。
 三島は、そんな私を見て溜息をつく。

「お前、アイツのこと気にしすぎ。どうせ演奏するのは俺達なんだから、戻ってこなくたって何とかなるだろ」
「そんな言い方って無いじゃない」

 三島の言い方だと、まるでユウくんはいらないみたい。そんなのってないよ。

ムッとするけど、三島は三島でイライラしてるようだった。

「実際そうだろ。正式な部員は俺たちだけなんだし、そもそも本当なら、あいつがここにいる方がおかしいんだ」
「酷い!」


 確かに、ユウくんはもう正式な部員じゃないし、そもそもずっと前に亡くなっているんだから、ここにいるのがおかしいってのはその通りなのかもしれない。
けど、だからってそんな風に言うなんて酷い。

「ユウくんは軽音部の先輩なんだから、無関係じゃないでしょ!」

言い合ってるうちに、だんだんと口調がきつくなっていく。
もうすぐ出番だってのに、こんな言い争いをしている場合じゃない。
そうとわかっていても、気持ちを抑えることができなかった。

 だけど、そんな私の言葉を飲み込むくらいの勢いで、三島が叫んだ

「ユウくんユウくんって、一緒に演奏する俺のことはどうでもいいのかよ!」
「────っ!」

 思いがけない言葉に、出かかっていた言葉が止まる。
近くで待機していた人達も、何事かって感じでこっちを見ていた。

 一方三島は、そんな周りの視線に気づいて慌てる。

「あ……いや、つまりだな……」

 注目を浴びて恥ずかしいのは、私も同じ。
いちいち事情を説明することもできないし、ここは黙って視線に耐えるしかない。

 けどそのおかげで、さっきまで感情的に言い合っていたのが、少し冷静になれた気がした。

 多分、三島もそうなんだと思う。
さっきまでとは打って変わって、申し訳なさそうに言ってくる。

「……悪い、今のは言いすぎた。ほとんど八つ当たりみたいなもんだ」
「八つ当たり?」

 謝られた事にも驚いたけど、その言葉の意味がわからなくて、思わず聞き返す。
 すると、三島はポツポツと話し始めた。

「俺、これでも結構楽しみにしてたんだよ。お前と一緒に音楽やるの……」

 ハッキリ言うのが恥ずかしいのか、口調が少したどたどしい。
それでも少しずつ、思っていたことを話していく。

「なのにお前はずっと、アイツのことばかり気にしてるじゃねえか。一緒に演奏するのは俺なのによ。これじゃ、俺はいらないんじゃないのか、なんて思って、変にすねてた。悪い」
「三島……」

 話し終えた三島の顔は、いつの間にか赤くなっていた。
けどそれは、それだけ真剣に本音を語っていた証拠だ。

 それを聞いて、私も申し訳なくなってくる。

「私の方こそごめん。三島の言う通り、また会えたのが嬉しくて、気がついたらユウくんのことばかり考えてた」

 もちろん、三島をいらないなんて思ったことは一度も無い。
けど昨日の練習の時も、本番の迫った今だって、一番に考えていたのは常にユウくんのことだったかもしれない。

 三島の言う通り、一緒にステージに立って演奏するのは彼なのに。
これじゃ、怒るのも当たり前だ。

「ごめんなさい」

 もう一度、謝りながら頭を深く下げる。
だけどそこで、二人の間に全く別の声が割って入ってきた。

「軽音部、そろそろ出番だから準備始めて」

 声の主は、進行役の先生だ。
 ステージを見ると、既にひとつ前の部の紹介が始まっている。
私たちも、もう準備に取り掛からないとまずい。

「あ、でも……」

 それでも、まだ三島に謝り足りない。
時間が無いのはわかってるけど、それでももっとちゃんと伝えたい。
けどそれより先に、三島が口を開いた。

「もういいって。俺も、あんないい方しなくてもよかったって思うから、お互いさまって事にしといてくれ」

 それだけ言って、三島はさっさと準備に取り掛かる。
ここで私がモタモタしてたら、余計に迷惑をかけそう。

 言いたい事はまだたくさんあったけど、こうなったら、私も準備を始めないと。

 それでも、準備を進めている途中で、こっちに背中を向けている三島に向かって言った。

「三島がいらないなんて、思ってないから。一緒に音楽ができる仲間がいて、私だって嬉しいんだから」

今更こんな事を言っても、信じてもらえないかもしれない。
けど、これだって、私の紛れもない本心だ。

 音楽を始めたきっかけは、やっぱりユウくん。
けど同じくらいの時期に始めた三島には、それとは違う仲間意識があるし、励みにだってなってた。
三島がいなければ、もしかしたら今回の発表だって辞退してたかもしれない。

 三島は、何も答えず黙々と作業を続ける。
さっきはもういいと言っていたけど、もしかしたら、本当はまだ引きずっているのかな。
そう、不安になる。

 だけど、そんな気持ちで準備をしていると、今度は三島の方から言ってきた。

「俺も、お前と一緒にできて嬉しいからな」

 思わず、作業の手を止め三島を見る。
相変わらずこっちに背中を向けたままで、顔を見ることはできなかったけど、後ろからでも耳が赤くなっているのがわかった。

 準備を終えたところで、ちょうど前の部の発表が終わった。
次は、いよいよ、私たちの出番だ。
 震えそうな体を押さえながら、私も三島も、それぞれの楽器を手に取る。

そうしてステージに向かう途中、三島が囁くように言う。

「それと、アイツが戻ってこないこと心配してたけど、多分いらない心配だぞ」

 アイツってのは、もちろんユウくんのことだよね。

「アイツが、お前の出番に遅れるわけねえだろ。きっと今頃、最前列にでもいるんじゃないのか?」
「そうかな?」
「ああ。多分な」

 そうして上がった、ステージの上。
見下ろす先には何人もの人がいて、その数に思わず圧倒されそうになる。
 けどその中の一人を見て、大勢の人の一番前にいるたった一人を見て、少しだけホッとした。。

(ユウくん──)

 そこにいたのは、ユウくん。
人や物をすり抜けられるって幽霊の特性を利用したのか、この人数の中で、ちゃっかり最前列に陣取っていた。

「ほら見ろ」
「本当だ」

 さっき三島が言ってたこと、そのままだ。
 それがなんだか可笑しかったけど、今はそれを笑ってる場合じゃない。

(とうとうやるんだ。人前で、初めての演奏を)

 少し大きく息を吸い込みながら、持っていたベースを構える。そして静かに右手を添えると、その手で力強く音を鳴らした。